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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
233/318

233 帰る事の出来る場所

 結局、夕食が終わるまでいたけれど味も何も分からなかった。お母様が一体どうなっているのか分からなくて気が気じゃなかった。それでも何とか表に出さない様にしてリオンの部屋に向かうと、私が入るのと同時にそれまでベッドに座っていたリオンが立ち上がって歩み寄って来た。


「……リオン。あれ、どう言う事?」

「うん。叔母さんの感情が普通の状態じゃなかったんだよ」


「普通じゃないって……どう言う事?」

「何て言えば良いかな……安心と恐怖が同時にある感じなんだ」


「安心と恐怖? それって……」

「分かり易く言うと叔母さんは軽い錯乱状態だ。リゼの心臓が止まった事が相当ショックだったんだろうね。精神的に不安定なんだよ」


 それを聞いて私は自分の胸元を掴んで俯いてしまった。激しい動悸と心臓が脈打って頭の中でどくどくと音が聞こえる。動揺が隠せない。


 そう言えばお父様が言っていた筈だ。お母様は情緒不安定気味になっているって。私が顔を見せなくて物凄く心配してるって。私と会った時お母様は酷い状態だった。必死に私を抱きしめて凄く泣いてた。なのに私はいつもと同じでそんな事に全然気が付かなかった。お母様は凄くしっかりしてるから大丈夫だと思い込んでいた。お母様だって普通の人間なのに。


「……どうしよう……全部、私の所為だ……」

「……リゼ……」


 両腕を抱いて震える声で呟くとリオンは私の肩に手を置く。だけど後悔しか浮かばない。どうして私はすぐにお母様に会いに来なかったのか。そんな考えだけがぐるぐると頭の中で回り続ける。そんな私にリオンは落ち着いた様子で話し掛けた。


「……多分だけど叔母さんは今、必死に耐えてる。僕の事もちゃんとリゼの婚約者だって覚えてた。記憶の改竄までは起きてない。だけどリゼに関してだけ時々別の誰かが混じってる。それが誰か僕には分からないんだ」


 そう言われて思い当たる人なんてたった一人しかいない。私と同じく病弱で五歳までしか生きられなかった、お母様の妹姫――


「――エリーゼ叔母様だわ。私バカだ、どうして聞き間違いだなんて思ったんだろう。確かにルイーゼとエリーゼって似てるけど……」

「……エリーゼ? それは一体誰?」


「お母様の妹で身体の弱かった女の子。お母様とお父様が結婚するより前に五歳で死んじゃった叔母様よ。多分私の『ルイーゼ』って名前にはその叔母様の分も生きて欲しいって思いが込められてる。なのに私の心臓が止まったりしたから……どうしようどうしよう、全部私の所為だ、私があんな事になってお母様を傷付けちゃったんだ、私どうすれば――」


――ダメだ何も考えられない、気持ちだけが焦る、私の所為でお母様は傷付いておかしくなったんだ、どうすればいいの、どうしたら元のお母様に戻ってくれるの、でも分からない、どうしたらいいか全然分からない!


 そんな時、私の両頬を挟むみたいにリオンがペシンと叩いた。それで我に返って顔を上げると目の前にリオンの顔がある。


「リゼ、落ち着いて。兎に角フランク先生を呼ぼう。僕らじゃ知識がないからちゃんと対処出来ない。だけどこんな状態の叔母さんを一人で家に置いていく事も出来ないし、今は叔父さんが帰ってくるのを待つしか――」


 だけどリオンがそう言いかけた時、隣の部屋から何かを倒すみたいな音が聞こえてきた。続いて半狂乱になったお母様の声が聞こえる。私なのかエリーゼ叔母様なのか必死に呼んでいる。それで私は立ち上がった。


「……リオン、有難う! 私、お母様の処に行って来る!」

「え、リゼ⁉︎」


「私の所為で大事な人が滅茶苦茶になるの、我慢出来ないから!」


 それだけ言うと廊下に飛び出して自分の部屋に走る。開いたままの扉の中を見るとお母様がベッドの上を必死に探している。それで私はお母様を呼びながらまっすぐズンズン近付いて行った。


「――お母様!」

「……もう、何処に行って……ああ……リオン君の処……御免なさいね、姿が見えなくて少し取り乱してしまったわ」


 だけどそれでも構わず私はお母様に抱きつく。丁度ベッドの処にいたお母様はその勢いでベッドの上に倒れ込んだ。そのまま私はキョトンとしたお母様の両頬を手でそっと挟み込むと尋ねる。


「お母様。私は誰?」

「……え? え、一体どうしたの?」


「私は誰⁉︎」

「…………」


 お母様は答えない。私の名前を呼んでくれない。もしかしたらもう私とエリーゼ叔母様の区別が付かないのかも知れない。だけどそれでお母様が元に戻ってくれるのなら構わない。私が生きても死んでも大事な人が傷付いてボロボロになっていくのだけは絶対に耐えられない。


 私は呆然と見つめるお母様の首筋に抱きついた。しっかり抱えて離さない様に。そしてお母様の耳元で呟く。


「……お母様……もし、私の事で、不安になって、辛いのなら……もう私は死んだと思っていいよ……最初から、いなかったと、思っても……」


 そう言いながら涙が出てしまう。声の震えが抑えられない。私はお母様の元に帰る為に頑張ってきた。だけどもうそれが叶わなくなってもお母様が元に戻って、お父様やお兄様と一緒に幸せになれるなら別に構わない。


 どうせ私は死ぬかも知れない人間だ。いなくなるかも知れない人間の事で苦悩して、大好きなお母様がおかしくなるのは耐えられない。そうなる位ならもう私は最初からいなかったと思ってくれた方がいい。私がいなくなるだけでお母様が幸せに笑っていられるのなら絶対にその方がいい。


 だけど……もうダメだ。お母様は私を呼んでくれない。きっと私はもうここには戻れない。この手を離せば帰る事の出来る場所を永遠に失う。だけど良いんだ。その方がお母様にとって良いなら、その方が絶対に良い。


 私はしっかり抱いていたお母様から手を離す。もう二度と大好きなお母様に甘える事は出来ない。私の所為でお母様がおかしくなってしまうならここはもう私が帰って来れる場所じゃない。


「……お母様。ずっと愛してるわ」


 そう言ってお母様の身体から離れようとする。だけどそんな時、お母様の腕が私の身体をしっかり抱き寄せた。絶対に離さない様に力を込めて。


「――マリールイーゼ。貴方は私の可愛い娘でしょう? そんな可愛い娘の事を忘れる母親なんていないのよ。それに……こんな危なっかしい娘を野放しに出来る訳がないでしょう? 貴方はちゃんと生き延びて、アカデメイアを卒業して、リオン君に嫁入りする為に花嫁修行をするのよ?」

「……お、か、さ……」


 お母様、と呼ぼうとするけどとても言葉にならない。必死に堪えても嗚咽が喉から溢れてしまう。涙で顔もぐちゃぐちゃだ。きっとあの時、私を抱いて凄く泣いたお母様はこんな気持ちだったんだと思う。大切な家族にもう触れる事も出来ない――それは家族を愛する人にとって悪夢だ。


「……だけど……ごめんなさいねルイーゼ。どうして私、ルイーゼの部屋にいるのかしら? それに何だか頭がはっきりしないのだけれど……」


 だけど私はお母様の胸に顔を埋めたまま何も答えない。お母様に顔を合わせるのが憂鬱だなんて本当にバカだ。私は大好きなお母様の元に戻って幸せに暮らしたいから頑張っていたのに、その事を忘れて一番大事な物を全部失くす処だった。きっとお母様は私が戻ってくるのをずっと待っていてくれる。いつか死ぬ運命を乗り越えて帰って来られるまでずっと。


「――クレア! どうした、一体何があった!」


 そんな処にお父様が駆け込んできて大きな声を張り上げた。どうやら帰宅して家の様子がおかしい事に気付いたらしい。少しだけ振り向くとお父様が険しい顔で立っている。その向こう側で扉の外にリオンが立っていて優しく笑っているのが見える。彼はそのまま何も言わず自分の部屋の方に行ってしまう。本当に有難うね、リオン。


 こうして私は帰る事の出来る場所を失くさずに済んだのだった。


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