230 届けられた招待状
王様と面会して数日後、再び私達は王様の私室を訪れていた。但し今回は私達だけじゃない。ハイレット伯爵家夫妻とその子供達まで一緒だ。
「――陛下、それで……妻に何か御用向きでもあったのでしょうか?」
伯爵がそう尋ねると王様とお父様はお互いの顔を見る。それで王様が申し訳なさそうに答えた。
「すまんな。実は奥方に用事があったのだ。但しこれは表に出せぬ話でな、申し訳無いのだがお主は別室で待っていて貰えるか?」
「……宜しければ妻への御用とは何か伺っても?」
「まだ今は話す訳にはいかんのだ。それと子供達もここにいては退屈だろうから我が息子と娘にその相手をさせようと思うのだが」
王様がそう言ってお父様が扉を開くとシルヴァンとアンジェリンお姉ちゃんが姿を現す。シルヴァンが床に屈んで子供達に声を掛けた。
「ええと、確か……アラン、それにクレリアとマリエだったね。王宮は初めてだろう? 僕が案内してあげるよ。お茶とお菓子もあるからね」
そう言うと長男のアランは少し不安そうな顔になる。だけど妹のクレリアとマリエはすぐにシルヴァンに近付いて行った。まあシルヴァンって顔は良いから女の子なら喜ぶだろう。だけどその隣にいたお姉ちゃんがにっこり笑った途端子供達はびくりとする。
「ほーら、私も一緒に遊んであげるわ。何をしたい?」
だけど子供達はシルヴァンにくっついて怖い物を見るみたいにアンジェリン姫を見つめて黙っている。シルヴァンを警戒していた筈のアランまでくっついてその影に隠れている。
「……え、えー⁉︎ どうして私、避けられてるの⁉︎」
「……いや、姉上……姉上が怖いって子供にも分かるんでしょ……」
「何言ってるのよシルヴァン⁉︎ 私は優しいのに! ねえマリー、マリーだって私は優しいと思うわよね⁉︎」
と言うかここで私に振るの止めて欲しい。だけど名指しされて子供達やシルヴァンまで私をじっと見つめている。それで仕方なく答えた。
「あー、えーと多分、お姉ちゃんは王族のオーラが滲み出てるから皆もそれで怖がってるんじゃないかなあ?」
「……マリー酷いな……じゃあ僕は王族らしく無いって事なのか?」
「あーいやいや、シルヴァンは地味――げふんげふん、まあ親しみ易い感じだからね。それに顔は良いからクレリアとマリエも懐いてるでしょ?」
「……『顔は』って何だよ……」
だけどそう言いながらシルヴァンは子供達を連れて部屋を出て行く。その後にお姉ちゃんが続くのを見て伯爵も流石に王族に子供達の面倒を見させるのがまずいと思ったらしい。末っ子のローランを抱いたテオドール伯爵も慌ててその後ろについて行く。
まあお話って多分ベアトリス関連だろうし先にクロエ夫人が話すのなら私もここにいる意味がない。それでリオンと伯爵の後に続こうとした時、お父様が私に声を掛けてきた。
「……ルイーゼ、お前も残りなさい」
「え? だって……クロエ様とお話があるんでしょ? それなら私がいても邪魔にしかならないじゃない?」
「いや、今回の話は夫人とお前に話があるのだよ」
「……え……クロエ様と私に……?」
それでどうしようかと躊躇しているとリオンが苦笑する。
「……リゼは残って。僕は伯爵と一緒にシルヴァン達と子供の相手をしてくるから。話せる事なら後で教えてね?」
「……え、あ、うん……」
そして扉が閉められて部屋の中には王様、お父様、クロエ夫人、そして私の四人だけになる。そこでやっと王様は困った顔になって笑った。
「すまないね、二人とも。実は二人に招待状が届いている。差出人はドラグナン王国のマリーアンジュ殿だ。どうやら結婚式の招待らしい」
「……マリーアンジュ? それはどなたですの?」
「この度ドラグナン王家に嫁ぐ女性だ。二人と何処かで会った事があるらしく招待状を出して来た。我が王家には送ってないのにな?」
「……はあ……」
「王立議会でも決まらなくてね。それで本人達の意向を聞いてそれをそのまま採用する事になった。かなり遠い土地だし片道三〇日から四〇日は掛かるから猶予もない。信義の問題もあるから今ここで決めて欲しい」
そう言われてクロエ夫人は少しだけ考えるとあっさり答えた。
「ええと、申し訳ありませんが辞退させて頂きますね?」
「クロエ殿、良ければ理由を教えていただけるだろうか?」
「子供を産んで時間が経ってませんし体調の問題もあります。遠方過ぎて幼い子供達を連れては行けませんし、置いて行くのは私が嫌ですから」
「……ふむ、そうか……確かに相当時間が掛かるし身体への負担も大きいだろうからな。成程、理解した。では――マリールイーゼ、お前は?」
クロエ夫人から今度は王様とお父様の視線が私へと向く。だけど私は間髪入れずに速攻で答えた。
「え、行きませんよ、当然」
「な、即決か? それは……どうしてか教えてくれるかな?」
「だって私、そんな長く馬車で移動したら体調崩すもの。きっと到着する前に死んでるわ? 貧弱さには自信がありますから!」
私が胸を張って答えると王様とお父様は黙り込む。いやだって明らかにベアトリスの罠だけど、それ以前に私が長旅に耐えられない。考えてみたら私が身体弱い事って知らない筈なんだよね。だって私、鬼ごっことか身体を動かす場面しか見られてなかっただろうし。だけど王様は物凄く複雑な顔でお父様に尋ねる。
「……なあ、セディ。俺の姪っ子は何故貧弱だと自慢してるんだ?」
「……まあ、うちの娘は変わった子ですから……」
「えっ、お父様酷いですわ! 私がちょっと変な子みたいに!」
「いや、ちょっとじゃないだろう? ルイーゼはかなり変だよ?」
「本当に酷い! これでも貞淑で可憐だと評判ですのに!」
「……言いたい事は色々あるがこう言う時だけ令嬢らしい口調になるのは止めなさい。何だか凄く騙そうとしているみたいに見えるから」
「……えー。そっちの方が酷いよ、お父様」
私が答えると王様は額を押さえてお父様は苦笑する。クロエ夫人も最初は驚いていたけど今は笑いを堪えるのに必死だ。
冷静に考える間でもなくこれは罠だ。誘拐する為にアカデメイアを襲撃した直後なのに招待する事自体挑発にしか見えない。それに入学してから大分体力もついたけど絶対長期旅行なんて無理だ。バスティアンの専用馬車は快適だったのにそれでもグレフォールまでの三日間だけで体調を崩したんだもの。多分、確実に死出の旅になってしまう。
「……まあ、本人達にちゃんと理由があって辞退を望む訳だしな。議会も何も文句は言えんだろうよ……よし、それじゃあ話はこれで終わりとしよう」
結局王様はそうぼやいて大事な話とやらはかなり早くに終わってしまった。