229 ドラグナン王国
「――リゼは全部、知ってたのか?」
「ん? 何を?」
「僕が行けば戦争になって大勢人が死ぬって話だよ」
部屋に戻ってからすぐリオンは尋ねてきた。だけど残念ながら私が見たのはリオンの未来だけだ。その中で無関係な人達が命を落とす事は予想出来るけどお父様程具体的には知らない。
「それは知らないよ。と言うか私、政治とかは知らないし。単にリオンが失敗する事しか見てないよ?」
勿論これは嘘だ。リオンは実際には成功してしまう。失敗するのはその後の事でリオン自身の人生が終わってしまう。当然その場合の自分がどうなるのかなんて全く分からないままだし英雄魔法も発動していない。
だけどリオンが一人動くだけでそこまで未来に大きな変化が現れるだなんて全然思ってなかったのも本当だ。お父様の英雄魔法は知らないけど私みたいな未来視は殆ど生まれてないみたいだし予知みたいな力じゃない事だけは確実だろう。そう言えばお父様の英雄魔法って何なんだろう?
「……そうか。そう言われてみたらリゼはそう言う事を話した事もないもんな。でも……本当に最悪の未来にならなくて済んだ。本当に有難う」
「まあ私、世界情勢も知らないし。ドラグナンがどう言う国なのかも知らないんだよね。リオンってどう言う国なのか知ってるの?」
私が尋ねるとリオンは少し憂鬱そうな顔に変わる。どうみてもこれは知ってるって顔だ。それで返事を待っているとリオンは話し始めた。
「……質実剛健な国だよ。今でこそ戦争ばかりしてるけどね。レイモンドのブレーズ家には昔、ドラグナンから女性が嫁いでた筈だ。彼が真面目で実戦向きの性格なのはそれも関係してるのかも知れない」
「え、そうなの? それってブレーズ家は危なくないの?」
「それは無いと思う。さっきも言ったけどドラグナンって質実剛健な性格の国なんだ。実力さえあれば女性でも出世が出来るからうちやこの国より性別の差別は少ないかな。クレバロイって言う女性だけの部族もいて普通に女戦士もいるし。基本的には善良な人達の多い国だよ」
「でも……じゃあどうして戦争してるの?」
「あの国ってさ、悪い意味でも真面目なんだよ。ドラグナンじゃ僕ら英雄一族は『魔王一族』って呼ばれるんだ。対外的には英雄って呼んでるけど国内じゃ魔王扱いだよ。それでうちもここも魔王を擁する悪って感じ?」
それを聞いて以前聞いた話が脳裏を過ぎる。そう言えばリオンは知らないかもだけど英雄一族って魔王が始祖なんだよなあ。魔王シャザリオンと王女マリアステラって言ってた筈だ。アレクトー家はイースラフト発祥の一族だからきっとマリアステラってお姫様はイースラフトの王族なんだと思う。あの童話ってアンジェリン姫の話では殆ど知られてないらしいけど多分英雄一族の由来を意図的に隠したんじゃないかなあ。
だけど他国から見れば英雄一族って凄く厄介だと思う。そこにいるだけで魔法は使えなくなるし呪文も何も無しでいきなり魔法を発動するし多分チートで狡いみたいな感じ? 実際お医者さんも魔法を医療に使えないしうちも生活魔法が使えないからちっとも便利じゃないけどね。
「ふぅん……じゃあ魔王だから倒す、みたいな感じなんだ?」
「ん? いや、そうじゃないよ?」
「え? それってどう言う事?」
「普通そんな理由で戦争を仕掛けないよ。あの国は資源が少なくて内紛も多かったんだ。その原因が魔王の所為だって事にして戦争を仕掛ける理由にしてる。要するに大義としての対魔王で実際は単なる資源戦争だよ?」
凄く馬鹿な理由かと思ったら超普通だった。でも何だろう……何か釈然としない気持ちになる。童話が真実で、それが発端になって戦争になったみたいな感じだと思っていたら普通の政治的な戦争だった事に幻滅してる自分がいる。いやまあ戦争だからどっちでもロクな話じゃないけどさ。
そしてそんな話をしている時に丁度クラリスが戻って来た。今日は二人で王宮に行ったからクラリスは普通に授業を受けている。だけどクラリスの後ろからもう一人一緒に入ってくるのが見える。コレットだ。
「――あ、お嬢さ……マリーさん!」
「クラリス、お帰り……あれ? お久しぶりコレット。どうしたの?」
「あの、実はマリーさんに話しておいた方が良いと思って。それで来ない様に言われてましたけどクラリスちゃんに話して一緒に伺ったんです」
「えーと……もしかして私の良くない噂が流れてるって話?」
「え……どうしてもうご存知なんですか⁉︎」
「さっきテレーズ先生から聞いたの。そう言えばコレットが話してくれて助かったってテレーズ先生が褒めてたよ。本当に有難うね」
私が答えるとコレットは少しホッとした顔付きに変わる。どうやら本当に心配してくれていたみたいで何だか和む。この子って本当に素直で良い子なんだよね。だから絶対にベアトリスに関わらせちゃいけない。
「それで? 実際に流れてる噂ってどんな感じなの?」
「あ、ええと……他愛ない物なんですけど、この前の騒ぎがマリーさんの所為って言う物ですね。犯人を連れて来たとか言う話もあります」
「あ、あははははは……」
どうしよう、笑えない。多分それってあの庭園から案内した時に見てた生徒もいたって事だよね? 本当の噂って実は根拠があるんだなあ。
「それで……私、ちょっと驚いてしまって」
「ん? 驚いたって何が?」
「マリーさん、私に余り来ない様にって言ったでしょう? そのお陰で皆私がマリーさんと関係ないと思ったみたいで。それで今回の噂も普通に話してくれるんです。それでずっと一緒にいない事でも得られる情報があるんだなあって。その為に余り来ない様にって言ってたんですよね?」
「……え」
え、ちょっと待って? 私そこまで策士じゃないよ?
「凄いな……リゼ、まさかそんな事まで考えてたのか……」
「……さ、流石、お姉ちゃん……凄いです……ぷふっ」
いやちょっと待てや! なんでリオンまで肯定してんの⁉︎ そして気が付くとキッチンの扉の前でクラリスが顔を背けて身体をブルブル震わせるのが見える。いやこれクラリス全部分かった上で笑ってるでしょ!
私が何かしたら全部陰謀みたいに思われるのはちょっと傷付く。これも悪役令嬢の属性の所為かも知れない。
「はいそこ! 私は別にそんな事は考えてないから! それとクラリスも笑い過ぎ! ほんと失礼しちゃうわ、私そんな策略家に見えるの⁉︎」
「あ……違ったのか。それはごめん、リゼ」
素直にすぐ謝るリオン。コレットは扉の前で事情が分かっていないのかキョトンとした顔で首を傾げている。流石にそんな彼女を弄る訳にもいかず私は噂について尋ねた。
「それでコレット、他には何かあるの?」
「あ、でも騎士団の人達が色々訂正してくれてるみたいです。マリーさんが騎士の人を助けたとか。エマ・ルースロット先輩の事も身を挺して守ったとか、レイモンド君が色々聞いて来て他の皆に話してましたよ?」
「……ふぅーん……レイモンド君、ねぇ……」
「え……あ! あの、その……私……」
途端にコレットは頬を赤くして俯いてしまう。別に茶化すつもりじゃなくてさっき聞いた話を思い出していただけだ。もしかしたらレイモンドに聞けばもっと詳しい話が聞けるかも知れない。
「……まあでもコレットも元気にやってるんだ?」
「あ、はい。おかげさまで……」
「レイモンド君と一緒にね?」
「……もう! マリーさん、意地悪です……」
恥ずかしがるコレットを眺めながら私はドラグナン王国がまだ仕掛けてくるかも知れない――そんな事をずっとと考えていた。