228 悪い噂
王様とお父様はそのまま急遽会議をすると言う事で私とリオンは馬車でアカデメイアに戻る事になった。どうやらマリーアンジュ・メジェールの情報はそれ位衝撃的だったみたいで二人共終始深刻な様子のままだった。
結局詳細に付いては分かり次第教えてくれるそうだ。まあ黙っていると勝手に動いて却って危険って事だろう。大体王様もお父様も何か分かれば報告しろと言うけど逆に分かった事は教えてくれない。そんなやり方じゃこっちだって有用な情報の判断なんて出来ないし。やっぱり報連相は重要だよね。まあ隠し事の多い私が言っても全然説得力がないかもだけど。
戻る途中、リオンは沈んでいたけど声を掛けられなかった。私に分かっていたのはリオンが悲惨な目に遭う事だけだった。戦争になって大勢の関係ない人達が命を落とすと言うのは言われて知った事だ。言われてみれば私って他国から見た英雄の立ち位置も知らない。周辺国家からどんな風に思われているのかなんて外の世界を知らない私には知る由も無かった。
そうやってアカデメイアの門をくぐって裏口へ回った処、そこにはテレーズ先生の補佐官をしているアンナ・クレーマン先生が待ち構えていて私達が馬車から降りるなり近付いてきた。
「――ああ、お帰りなさい。マリーさん、リオンさん」
「あれ? アンナ先生、どうされたんですか?」
「ええと、テレーズ師がお二人が戻り次第お話をしたいと仰って」
「お話? んー、何だろ?」
それでアンナ先生に先導されてテレーズ先生の教室へと向かう。だけどいつも使う廊下じゃなくて裏の目立たない通路だ。そこを通り抜けて扉に入ると小さな部屋がある。その先にもある扉に入るといつものテレーズ先生の教室だった。どうやら準備室か何かを経由して入ったみたいだ。部屋の中でテレーズ先生は椅子に座っていて私達に気付くと立ち上がる。
「お帰りなさい、ルイーゼ」
「只今王宮から戻りました。それであの、何かお話ですか?」
「ええ、先ずは二人共、そちらに座ってくださいな」
そう言われて先生の正面のソファーに座る。リオンは無言でずっと考え事をしていて全然反応しない。それで私はテレーズ先生に尋ねた。
「それであの、何かあったんですか?」
「ええ……ルイーゼは最近流れている校内の噂を知っていますか?」
「え、噂ですか? 私最近まで倒れてましたし部屋で身体を動かす練習をしてましたから知らないですけど?」
「……そうですか。なら今回呼んで正解でした」
「正解? って……何です、その噂って?」
それで私が首を傾げるとテレーズ先生は憂鬱そうにため息を吐いて現在アカデメイアの生徒達の間で流れている噂について話し始めた。
先日あったドラグナン王国の奇襲が噂になっているらしい。その事件の中心にいたのが私で、私の所為でアカデメイアが襲撃されたと言う噂だ。
生徒達に被害は一切なかったものの、仲良くなっていた卒業生の先輩達が戦闘で負傷している。エマさんの結婚式もその影響で未定になった事が知られている。特に校内での結婚式は珍しいから結構話題になっていたらしくて中止になった原因が全部私の所為と言う事になっているらしい。
……いや、まあ……うん。目的が私の誘拐だったみたいだし私が原因と言うのも間違ってないから何とも言えない。それにこう言う噂は今回が初めてじゃない。前にだって何度か流れた事があった。それでどうした物かと考えているとテレーズ先生が眉間に皺を作りながら続ける。
「……全く馬鹿な話ですが教導官の誰も把握していませんでした。勿論私もね? 生徒の噂は大人に黙って話さない事が多いですが、流石に今回の件は余りにも考えが浅過ぎます。ですがコレット・モンテールが相談してくれなかったら私達も知る事すらありませんでしたからね」
「え? コレットが?」
「ええ。彼女が私に相談してくれたのですよ。お陰で比較的早い段階で教導官側も調査を開始出来ました。ですが今回は陰謀等ではなくてどうやら自然発生した噂の様です。それに卒業生の護衛騎士達が貴方に助けられた事を話してくれているらしく、拡散の度合いもかなり緩やかですね」
まさかコレットがそんな相談をしてるなんて思わなかった。確かにコレットには私よりも勉強を優先する様にお願いしてある。と言うのも今の私に関わると嫌でもベアトリスの事を知ってしまうからだ。今回だってもしクラリスと一緒に私の世話なんてしようものならマリーアンジュと言う名でドラグナンで行動している事を知る事になっただろう。
今はセシリアやルーシーと会う約束をしていないのも情報が出回るのを防ぐ為だ。マリエルは――まあ、あの子はいきなり窓から来るからどうしようもないけど私の部屋で聞いた事は口外しない様に口止めはしてある。
何より私が本当に死に掛けた事は伝えていない。エマさんの結婚式の為に皆それぞれ準備していて私も頑張って準備していると思っている筈だ。
だけどあの時助けた騎士――確かセルジュさんだっけ。多分あの人が同僚の騎士達に話してくれたんだろう。アカデメイアに常駐している騎士団は元卒業生ばかりで構成されていて仲間意識がかなり強いらしいし生徒に慕われていて相談される事も多い。それにあの事件で負傷者も出ているし詳しい事情も知っている。親切は最も素晴らしい投資だ、なんて言うけど正にその通りだ。エマさんの時もそうだったしあのセルジュさんって騎士も同じかも知れない。そう言う繋がりは大事にしないとダメだね。
だけどそんな時、以前クラリスに言われた事が蘇る。私は自分の人生で自分を主人公として見ていない――それは主人公のマリエルや攻略対象の皆、そして自分自身を悪役令嬢と言う配役でしか判断出来ていなかったと言う事なのかも知れない。半端に日本の知識がある所為で固定概念に左右された見方しか出来ていなかったのかも。実際私を助けてくれたのは全員人間として触れ合った人ばかりだ。それを忘れちゃいけない気がする。
「だけど……ごめんなさいね、ルイーゼ。こう言う噂に私達の様な立場の人間が口を出すと陰謀や優遇を疑われて一層貴方を窮地に追い込む事になってしまうのです。ですから噂の否定や注意も出来ないのですよ」
そう言うと先生は突然立ち上がって私に頭を下げた。だけどそれを見て私は慌ててしまう。だってテレーズ先生は何も悪くないし、先生が言った通り教導官が何か言えば絶対にもっと噂が広まる事になってしまう。
「先生、辞めてください。もう分かってますから」
「……ですがルイーゼ……」
「それにテレーズ先生は私の先生でしょ? ならこう言う時は笑顔で試練を乗り越えなさい、って言ってくれなきゃ。いつもみたいに『学んできたレディクラフトをしっかり活用なさい』とか――ね、リオン?」
少し茶化しながら私はリオンに話を振る。だけどリオンは何やら深刻に考え込んだまま反応が鈍い。それで肩を揺するとハッと顔を上げる。
「あ……うん、そうだね。リゼは強いから……」
「……いや、そこで強いって逆に酷くない?」
「……なんかごめん……」
どうも王宮でお父様に言われた事が後を引いているらしい。折角この前真夜中に話して明るくなったと思ったのに逆戻りだ。これはちょっと後でガツンと言わなきゃダメかも知れない。
私はテレーズ先生とアンナ先生にお礼を言うと教導寮の自分達の部屋へ戻る事にした。




