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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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225 マリーアンジュ・メジェール

「――お待たせ、リゼ、クラリス。それで……どうしたのリゼ、顔色が悪いけど大丈夫?」

「……え、う、うん……大丈夫……」


 部屋に来て私の顔を見るなりリオンが心配そうに言う。私はクラリスに言われた事が気になって仕方がない。どうしても何か気付いていない事がないかと考えてしまう。


「ああ……やっぱりあの青い炎は体力を消耗するんだな。無理はしない方が良いよ。いつでも横になれる様にベッドに座って、リゼ」


 さっき力が発動した事で勘違いしてくれたみたいだ。だけど実際は以前ほど辛くない。多少身体は怠いけど倒れる程じゃない。クラリスは何も言わずに私をベッドに連れていく。それで私も素直に従った。ベッドの上に座って膝にシーツを掛けるとリオンとシルヴァンはテーブルに腰掛ける。


「……それでリゼ、一つ聞いておきたいんだけど……」

「……うん、何?」


「リゼは僕がどんな失敗をする未来を見たんだ?」

「……え……まあ、別にいいじゃん、そう言うの……」


「そう言う訳にもいかない。もっと強くなる為に自分がどんな失敗をする筈だったのかを知っておきたいんだよ。頼むから教えてくれないかな?」


 だけどそう言われても話したくない。正確に言うと説明出来ない。だって本当はリオンはベアトリスの暗殺に成功する筈だったから。問題はその後に起こる事だけど、本当はもっと大きな別の問題がある。


「……ごめん、ちょっと……思い出したくない……」

「思い出したくないって……そんなに僕は酷い失敗をするのか……」


 リオンは勝手に解釈して沈んだ様子に変わる。だけど私はクラリスに言われた事を一旦振り払うと大人しく座っているシルヴァンに顔を向けた。


「そう言えばシルヴァンって王族だし、世界情勢とか知ってるの?」

「ん? 僕? まあそうだね。最近は父上がそう言う話をする時には必ず呼ばれてるね。但しまだ発言権は与えられてないけど」


「なら……例えばドラグナン王国の人の名前って分かる?」

「まあ今、それが問題視されてるからね。よく話題に上がる話題だからある程度は分かるかな? 例えば王族や主要貴族の名前とかね」


「そっか……じゃあさ。『マリーアンジュ・メジェール』って名前の貴族がドラグナン王国にいるかどうかって分かる?」


 だけど私がそう尋ねるとシルヴァンの顔色が僅かに変わった。黙ってやり取りを聞いていたリオンも神妙な顔付きに変わる。


「それは誰なんだ? リゼと似た名前な気がするけど……?」

「……ベアトリス・ボーシャンのドラグナン王国での名前よ」


 私が呆気なく答えるとリオンの顔が驚愕に染まった。


「な……どうしてリゼがそれを知ってるんだ⁉︎」

「そりゃあ……リオンの未来は変わったけどそこに至るまでの流れ自体は変わってない筈だもん。まあだからリオンが苦悩して決意したのは無駄になってなかったって事だよ。良かったじゃん、役立って」


 私がそう答えるとリオンは黙ってしまう。別に皮肉を言うつもりじゃないけど今回のリオンの行動がベアトリスを炙り出す結果に繋がった。本来なら絶対に分からない筈の情報を得る事が出来た。私の英雄魔法にまさかこんな使い道があるなんて私自身想像もしていなかった事だ。


 あの青い光景の中でリオンはベアトリスに対峙する筈だったけれどその時にベアトリスが使う偽名が分かってしまった。それがマリーアンジュ・メジェール。まるで私の名前から転用したみたいなのはきっと私と出会った事と無関係じゃない。だけど貴族とは言ってもどれくらいの地位があるのかまでは分からないし私には他国の情勢や構成の知識がない。


「……その名前、確かに聞いた事があるよ」

「え、あるの?」


 何やら考えていたシルヴァンがボソリと呟く。私もまさかシルヴァンが聞いた事があるなんて思わなくて少し驚いた。難しい顔をしたシルヴァンは思い出すみたいに話し始める。


「女性の名前は基本的に情勢の話で出てこないんだよ。だからそれ以外の話題、例えば王族や力のある貴族に嫁ぐみたいな話だったと思う」

「何処かの上流貴族に養子に入る、とかは?」


「養子に入るなんて他国にまでそう伝わる物じゃないよ。その養子が余程上位貴族と結婚するとか権力を得るって話なら話題になるけど、女性が養子になっても話題性がない。ほら、例のコレット嬢だってモンテール家の養子になったけどその話自体は殆ど知られてないだろ? だから逆に褫爵(ちしゃく)されたボーシャン家の血統だって事も知られてない。女性は嫁げば家名が変わるから国際的には殆ど話題になる事って無いんだよね」


 シルヴァンにそう言われて初めて気が付く。確かに今の貴族社会って男性主権だから女性がどうなっても余り話題にならない。それが話題になるのはあくまで女性の間だけで大抵はやっかみだ。例えば下流貴族が上流貴族の元に嫁げば叩く為に噂を調べたりする。嫁ぎ先がどれだけ自分達より上位であっても元の出身が低ければバカにする。ルースロット家は男爵家だからエマさんもジョナサンと結ばれればイースラフトの貴族女性達から色々言われるかも知れない。まあ叔母様もいるし英雄公爵家自体が貴婦人に避けられる面もあるから大丈夫だとは思うけど。でも貴族女性はそんな感じで話題にするだろうけどそれが国外にまで伝わる事は無い。


「――マリーアンジュ・メジェール……その名前、憶えた。それでシルヴァン、名前に聞き覚えがあるって事は王様に聞けばもっとはっきりした事が分かるかも知れないって事だよな?」


 聞いていたリオンが物騒な笑みを浮かべる。シルヴァンもニヤリと笑って頷く。


「ああ、多分ね。父上は僕よりも情報を持ってる筈だよ。それにマリーの護衛に付いてたロック・レロックって言う男も確か叔父上の命令で調査に駆り出されてた筈だよ。どうもあのロックって男、レンジャーギルドでも相当な実力者みたいだね。父上も知ってたみたいだから」


 そう言われてみるとこの処、ロックの姿を全く見ていない。まさかお父様の命令でそんな調査をしてたなんて知らなかった。それにシルヴァンもまさかそこまでしっかり話を聞いているなんて想像してなかった。だけどもしかしてシルヴァンって普段からわざと間抜けな振りをしてる? 私の事が好きだったとか言うのも実はその一環で本気じゃなくて、能ある鷹は爪を隠す的な事をしてた? ちょっと油断しない方が良い気がする。


 だけどそんな事を考えていると私の顔を見たクラリスが言葉を漏らす。


「……そう言えばシルヴァンお兄ちゃんはルイーゼお姉ちゃんの事が今でも好きなんですか? もうリオンお兄ちゃんがいますけど、もしいなかったらお姉ちゃんと結婚したいとか思ってましたか?」


 そんな問い掛けに私もリオンも一瞬ドキッとした顔になる。でもシルヴァンはもっと大きなリアクションで椅子をガタッと大きく震わせた。


「そ、そりゃあ姉上や父上にはマリーが婚約者になるかも知れないとは言われてたけどさ! 今はもう絶対に無理だよ!」

「……今はもう絶対に無理、ってどう言う事です?」


「クラリスだって分かってるだろ⁉︎ 僕にはマリーみたいな怖い女の子は絶対無理! だからリオンに何処かに行かれると一番困るんだよ! そう言う訳だからリオン、しっかりマリーの手綱を掴んどいてくれよな!」

「お……おう……うん、まあそれは……」


 胸元を押さえながらシルヴァンが凄い剣幕でリオンに訴える。リオンも反応に困ってるみたいでちょっと一歩引いた感じだ。そんなシルヴァンを見つめていたクラリスがちょっぴりゲンナリした顔で私を見上げる。


「……本気で言ってますね……お姉ちゃん、良かったですね?」


 あ? 私が怖い? 何言ってんのこいつ。私程貞淑かつ尽くすタイプの女の子はそうはいないでしょ? 喧嘩売ってんのか? だけどそう思った矢先、クラリスが私をじっと見つめているのが見える。おっと危ない、下手な事を考えちゃダメだ。別に私はシルヴァンを親戚の男子としか思っていないし、だからと言って異性として好きになって欲しい訳でもない。


 だけどシルヴァンは王様やアンジェリン姫にそうなる事を望まれてたって事なのね。道理でアカデメイアに入学してからお姉ちゃんがあんな風に私に言ってきた訳だ。お母様は王様と血縁関係にあるけどその子供同士で結婚する事には問題視してなかったみたいだし、王族と英雄一族が結ばれるのは国を強化する意味も大きい。まあでも残念ながら私はシルヴァンにキスしたいかと言われても全然そうは思わないんだけど。だけどシルヴァンはぶちまけた勢いのまま気落ちした様子で余計な事を漏らし続ける。


「……大体さ? 普通、同級生の男女が目の前でチューとかすればもっとドキッとすると思うじゃないか。でもマリーがリオンにチューする処を見ても全然ドキドキしなかった。何と言うか、父上と母上が仲良くしてるのを見てるのと大差なかったんだよな。何と言うかもう、熟年夫婦がイチャイチャするのを見ても生温かい目でしか見られないみたいな感じだ……」


 そう言うシルヴァンを見ながらクラリスは苦笑している。と言う事はこれも本気で言ってるって事だ。シルヴァン、てめえやっぱ許さん。


 大体私はさっきのアレが人生初のキスだった訳よ。いやまあ甘酸っぱいとかそう言うのとは完全に無縁だったけどさ? でもそれを見て熟年夫婦の愛情表現って言われるとそれはそれで何かムカつく。うら若き乙女の必死の努力をそんな風に言う? いやまあ自分でもアレだと思うけどさ!


「……ま、まあ……取り敢えずシルヴァン、その話は置いといてさ。出来たら王様と面会してその話を詳しく聞けないかな?」

「えー、そりゃ別に構わないけどリオンはどう思ってるんだ? 女の子の方からチューされて悔しくないのか? 普通男がエスコートするのが常識だろ? 唇を奪うマリーも怖いけどそれで平気なリオンも怖いぞ?」


「……だ、だから置いとけって……まあほら、リゼも僕を嫌ってないって分かっただけで充分だよ。それに……どうもアレクトーの女の人って全員男前な処があるみたいだし、何とも言えない……って何言わせるんだ!」


 リオン、お前もか! いやまあ確かにお母様も叔母様も頼り甲斐があって男性陣よりよっぽど信頼出来るけどさ! それを言うに事欠いて男前って評するのは一体どう言う了見なのよ? 本気で泣くぞ?


「……まあ、お姉ちゃんも実際、かなり男前だと思いますけどね……」

「うぐっ……く、クラリスまでそんな……」


「……もう良いじゃないですか。それで上手く行くのなら……」


 なんかクラリスにも諦められてる気がする。十二歳の女の子に諦められる位私って女の子らしくないのかと考えるだけで凄く気が沈む。


 そんな感じで――取り敢えずシルヴァンから王様に連絡を取って貰ってプライベートに会って話が出来る様にして貰う事になったのだった。


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