210 恋愛って難しい
部屋に戻った私は早速リオンに相談していた。
「――それでリゼはそのハイレット伯爵の奥さんに会いたい、と……」
「うん。あのベアトリス先輩に関係あるかも知れないんだよね。」
「……うーん……でもその伯爵家と接点がないからなあ……」
リオンにそう言われて私も頭を抱える。うちは公爵家だけど伯爵家と交流がある訳でもない。自分より下の階級の貴族だからと言って面識が無い状態で声を掛ける事なんて出来ないのだ。
貴族は上が下に対して好きに出来る訳じゃない。貴族と言っても派閥や繋がりもあるし命令出来る訳でもない。派閥と言うと争ってる印象があるかも知れないけど要するに仲良しグループとか部活動みたいな人間関係がある。これは私達、準生徒組も同じでもしそこに見知らぬ上流貴族の生徒がやってきて命令しても誰も従わない。これは命令系統がはっきりしていて管轄があるからだ。だから王家は貴族に命令出来るけど基本的にしない。
縁のない貴族とやり取りする為には仲介が必要になる。社交界や舞踏会でちゃんと手順を踏まえて繋がりを作っていくしかない。アカデメイアが重宝されているのもそんな繋がりを比較的作り易いからだ。
問題はアレクトー家は余り他の貴族と繋がりを持っていない事だ。元々英雄一族は単独で戦場に赴く事が多い。他の貴族と連携して仕事をする事が余り無いし王家との繋がりが強過ぎる。だから貴族全体から尊敬と畏怖の目で見られてしまう。一方的に知られている芸能人みたいな物だ。
「それでリゼは具体的に何を聞きたいのさ?」
「んー? そうだなあ……クロエって人はベアトリスと親友だったらしいしやっぱりベアトリスの事は聞きたいかなあ。それに男爵家が一足飛びに伯爵家に嫁ぐって普通は無いんだって。リオンは知ってた?」
「え、いやあ……そう言うの僕、全然詳しくないしなあ」
「だよね――ってそうだ。エマさん、やっぱりネイサンから求婚されてたらしいよ? もうエマさん物凄く悩んでて大変だったんだよね」
だけど私が思い出して言うとリオンは複雑そうな顔に変わる。というかなんだかちょっと拗ねてるみたいにも見える。その理由が分からない。
「……ん? どしたの、リオン?」
「……いや……ネイサン、女の子に興味がないみたいな事を言ってたのにいきなり求婚とかしてるんだもんな。どうこう言ってもやっぱりネイサンは物凄くマイペースだし誰にも相談したりしないんだ、って思ってさ……」
あれー? もしかしてリオン、お兄ちゃんが相談してくれなかった事に拗ねてる? なんだ、可愛い弟な処もあるじゃん。そう思っていると――
「――で? 苦悩するエマさんを見てリゼは何とも思わなかったの?」
「……へ? ええと……エマさん立ち直れてよかったな、って……」
「そうじゃなくて。ネイサンに求婚されて悩むエマさんにリゼは何とも思わなかったの? 一応僕とリゼも将来的には結婚する訳なんだけど?」
……藪蛇でした。なんかリオン、ちょっと目が座ってる。これってアレですよね? お前は恋愛について何も思わなかったのかって事だよね?
「……えっと……その、なんか、すまねっす」
「何で変な口調になってるんだよ。リゼも婚約すれば多少意識する様になるかと思ってたのに全然意識してないんだもんな」
「……あ、あはははは……」
「僕はリゼが好きだけど最近ちょっと自信無くなってきた。まあ小さい頃から家族同然だったし仕方ないんだろうけど。でも最近バスティアンから色々言われるんだよな……」
「え、バスティアンから? 一体何言われてるの?」
「バスティアンとヒューゴと一緒にいるとルーシー達が来ていい感じになったりするんだよ。それで仲が良いなあって思ってるとバスティアンが言うんだよ。リオン君はマリーさんとイチャイチャしないんですか、って」
「え……男子もそう言う話ってするんだ……?」
「シルヴァンやヒューゴは言わないけどバスティアンがね。でも僕とリゼがイチャイチャしてる場面がもう想像出来ないんだよ。なのにリゼはエマさんの悩みを解決してきたんだろ? だからリゼも相談に乗って何か思う事もあったのかと思えばこれだもの。そりゃあ僕だって多少は凹むよ」
……いやーそう言われてもなあ。私もリオンが好きだとは思うんだけどそれをどう出力して良いか分かんないんだよ。だけど今日のリオンは変にしつこい感じだ。バスティアンからそんなに言われてるんだろうか。
だけどそんな時――
「――只今戻りましたです。えへへ、パンを焼いて余熱が取れるのを待っていたらこんなに遅くなっちゃいました」
そう言ってクラリスが部屋に戻ってきた。どうやらリオンがパンを焼くのを見て自分でも作ってみたらしい。だけど絶妙のタイミングだ。リオンも私もクラリスから恋愛関係で弄られる事が多い。というかクラリスは割と気楽に魔眼を使うから考えを切り替えなきゃ即バレる。当然私も考えを切り替えなきゃ弄られる。魔眼には魔法無効化が効かないんだから。
「あ、ああ、えーと……リゼ、話を戻そう。取り敢えず伯爵家とどうやれば近付けるかだったよね。リゼは何か方法、思いつかないの?」
「え、ええとね……んー、ハイレット伯爵と同じ立場のルーシーに相談してみるとかどうかなあ。キュイス家も伯爵家だし繋がりが全然ない私達よりはまだマシだと思うんだけど……」
どうやらリオンもクラリスに弄られたくないらしい。まあそりゃあ毎回恋愛関連の話題になる度に弄られてお説教されるのもアレだしね。だけどクラリスはパンを載せたお皿をテーブルに置くと私達を見て笑った。
「……ああ、ハイレット伯爵の奥様ですか。あの人、若いのにもう子供を四人産んでるんですよね。それに凄く優しいですし。前にショコラータって珍しい黒いお菓子をくれた事があって、苦甘くて美味しかったです」
……え、クロエって人まだ二〇歳位だよね? なのにもう四人も子供を産んでるの? ええと確か正規生一年の終わりにハイレット伯爵家に嫁いだって言ってたから……十五歳位からほぼ毎年出産――ってそうじゃない!
「え、ちょっと待ってクラリス⁉︎ クラリスってもしかしてハイレット家の奥様と面識あるの⁉︎ え、なんで⁉︎」
「え、だってお爺ちゃんが診察する時一緒でしたし。クロエ様って魔法が苦手でお爺ちゃんがお薬を処方したりしてたんですよね」
「フランク先生が⁉︎ でも……先生ってうちの専任じゃなかった?」
「だってお姉ちゃん、リオンお兄ちゃんの家に行ってたでしょう? 公爵家の人はお姉ちゃん以外は皆健康でお爺ちゃん、お仕事無かったですからおじ様に許可を貰ってハイレット家には診察に行ってたんですよ」
「え、え、でも……なんで?」
「そりゃあお仕事しないと生きていけないからです。専任医師とは言ってもお爺ちゃんはお仕事せずにお金だけ貰うのは凄く嫌がりますから。それに公爵家の専任医師ってだけで診て欲しい上流貴族さんは多いのですよ?」
おう……何てこった。つまり私が叔母様の家に行ってたからフランク先生のお仕事が無くなって、それでハイレット伯爵家に診察に行ってたって事なのね。確かに伯爵家みたいな上流貴族ならお医者様も選ぶ。クラリスのデュトワ家は男爵家だけど公爵家の専任医師だから信用度もかなり高い。
「……え、でもクラリスは一緒に行って何をしてたの?」
「そりゃあご出産でクロエ様が面倒を見られないから先に生まれたお子さん達のお世話を手伝う為です。お爺ちゃんの話だとクロエ様は多産の家系らしくて魔力も殆ど体調維持で消費してるみたいですからね」
まさかそんな繋がりがあっただなんて予想もしてなかった。それにクラリス自身どうやらクロエ夫人本人と面識がある。それにフランク先生も診察してたんなら伯爵家に打診してお話を聞きに行けるかも知れない。
「……クラリス、フランク先生にも相談してそのクロエって奥様に色々お話を聞いたり出来ないかな?」
「えっ? クロエ様と……お話ですか?」
「うん。私、そのクロエさんのお話を凄く聞きたいんだけど」
「んー……私はダメですけどお爺ちゃんならお願いは出来るかも知れませんけど、余程の理由がないと患者さんの情報って出せませんから……」
「じゃ、じゃあフランク先生に連絡して、私からお願い出来ない⁉︎」
「えー……まあお爺ちゃんにお願いするのなら私は構いませんけど……」
流石クラリス、勢いで話してくれたけどお医者様の子らしくコンプライアンスがしっかりしてる。それでも他に手段が思いつかなくて拝み倒して何とかフランク先生に連絡をして貰える事になった。