205 元使用人のデボラ
レミに連れられて私はデボラさんに会いにいく事になった。護衛にはリオンとヒューゴ。クラリスとマリエル、マティスはそのまま孤児院に残ってお菓子とパンを出す作業をしてくれている。お兄様とセシルは孤児院側の護衛に残って貰う事になった。
だけど私はすこぶる機嫌が悪かった。ちょっと? いえいえ、物凄く不機嫌で頬が食べ物を溜め込んだリスみたいに膨らみっぱなしだ。
「――リゼ、処でどうしてそんな不機嫌なんだよ?」
「…………」
だけど私は答えたくない。どうせバカにされて笑われるだけだと思うと絶対言いたくない。でもそんな沈黙もレミに全部バラされてしまう。
「……ルイ姉ちゃん、拗ねても仕方ないだろ? 合う服がそれしかなかったんだから。一〇歳向けの服でも似合ってるし良いじゃん?」
「ちょ、レミ⁉︎」
「それに僕、ルイ姉ちゃんの事、おっぱい小さくても大好きだよ?」
「……うっ……ぐっ……」
五歳児のピュアで優しい言葉が胸に刺さる。うん、そうだよね。五歳位の子にとってはそう言う苦悩なんて関係ないよね。もういい、覚悟を決めた、さあ笑うなら好きなだけ笑え!
だけどそんな風に思ってヤケクソになっているのにリオンもヒューゴも複雑そうな顔で黙り込んでいる。てっきり笑われる物だと思っていたのに反応がなくて拍子抜けだ。そうやって少しするとリオンが口を開いた。
「……あのさ、リゼ。凄く言いにくいんだけど……」
「……何よ?」
「……女の子にそう言う悩みがあるのは知ってる。だけど男って別にそう言うの気にしてないんだよ。だからその……リゼもあんまり、そう言う事を気にしない方が良いんじゃないかな?」
「えっ、嘘? じゃあヒューゴもセシリアのおっぱいが大きくなくても良かったって言うの? 本当に? 絶対にそうだって言える?」
「ま、待ってくれマリー様! どうして俺とセシリアの話になる⁉︎」
「えーだってセシリア、ヒューゴと婚約した辺りから両腕でおっぱい持ち上げる仕草をするんだよね。こう、下から腕を組む感じ? あれって絶対ヒューゴにおっぱい見せるのを意識してると思うんだよね」
「……リゼ、言い方!」
「……恐ろしいなマリー様……俺でも気付いていなかった事を……」
リオンは顔を真っ赤にして声を上げる。ヒューゴも少し驚いた様子で恐ろしい物を見るみたいに私を見つめる。そりゃあれからセシリアもルーシーもあからさまに男子を意識してるしさあ? 幾ら鈍感な私でもそれ位は気付くってーの。それで二人と私は黙り込む。だけどそんな私の手を引っ張りながらレミが呆れた様子でボソリと呟いた。
「……姉ちゃんも兄ちゃん達も大人の癖におっぱいおっぱいってそんなにおっぱいが好きなの? あれは赤ちゃんにお乳を上げる為にあるんだから早く乳離れしなきゃダメだよ。じゃないと皆に笑われるよ?」
その瞬間私達三人は身体をびくりと震わせる。五歳の男の子にそんな風に言われたら立場がない。至極真っ当で純粋な指摘に思わず項垂れる。
「……はい、レミの言う通りです……」
「……う……そ、そうだね……」
「……本当に恐ろしいな、マリー様は……」
そうやって大人しくレミについていくと少し大きな通りに出た。人通りがあって結構な人が行き交っている。そんな中でレミは迷う事なく真っ直ぐに一つの店に向かう。看板にはフォークとナイフ、それにお皿がまるで紋章みたいに描かれている。きっと文字が読めなくても分かる様に描いてあるんだろう。その建物の脇にある細い道に入ると裏口らしき扉があって丁度そこから一人の女性が出てくるのが見えた。
「――デボラおばさん!」
「……おや? レミじゃないか。どうしたんだい、こんな処に」
「姉ちゃんがおばさんに会いたいって言うから連れてきたんだ」
「うん? 姉ちゃん?」
それで私は黙って頭を下げる。元々結構人見知りな私は初めて会う人にどう話し掛けて良いか分からない。それで戸惑っているとレミが嬉しそうに私に変わって答える。
「うん、ルイ姉ちゃんは料理が得意なんだよ。今日もうちで色んな料理を作ってくれてたんだよ? それに僕もおばさんに会いたかったしさ!」
それを聞いたほっそりした女性――デボラは目を細くする。どうやら私の服装とレミの言葉を聞いて勝手に察してくれたみたいだった。
今回私が服を借りて着替えたのはロックに言われたからだ。このデボラって人は結構難しい性格で貴族相手には口が重たくなる。だからロックも護衛で同行しない方が良いと言っていた。と言っても隠れて見ていて何かあればすぐ出てくる筈だ。
「それで……お嬢ちゃん、私に料理を教えて欲しいのかい? レミには前からよく教えてたんだけど他にも知りたい子がいるとは思わなかったよ」
「あ、えっと……これ、うちで作ってみたんです。メリアスの家で取れる材料だけで……一度食べてみてくれませんか?」
そう言って私はリオンが作ったパンを一切れ差し出した。例のピザ風のパンだ。デボラはそれを受け取ると一口食べて驚いた顔に変わる。
「……凄いね、これは。ボーシャン子爵様の処でもこんなのは滅多に出す事が無かったよ。これって……お隣のお国の特産調味料だね?」
「はい。ルクレットって言うそうです。それにチーズを乗せて溶けるまで炙りました。それに他にもお肉の切れ端と野菜も入れてます」
何と言うかこの人、平民にしては上品な気がする。それに料理についてすぐにイースラフトのルクレットって調味料だと気付いた。多分この人がボーシャン子爵家で唯一生き残った使用人で間違いない。
「ふぅん……だけどこんな物まで作れるなら私に聞くより自分で頑張った方が良いんじゃないかね? それだけの腕がもうあんたにはあるよ?」
デボラはそう言うと楽しそうに笑って言う。突き放すみたいな警戒した様子には見えない。それで私は必死に頭を巡らせると思い切って言った。
「あの、実は……コレット様と言う貴族のお嬢様に何かを作って差し上げたいんです。それでデボラさんがそのお家に働きに出られていたって聞いて、何か好みとかそう言うお話を聞けたら良いな、って思って」
「……コレット様……何だいあんた、コレット様を知ってるのかい?」
「あ、はい。今は学校で奉仕活動っていうのがあるそうで、メリアスの家に来られる事があるんです。それで良くして頂いているので何かお礼が出来たら良いなって。昔話でも良いので聞かせて貰えませんか?」
「……そうかい……それでコレット様はお元気なのかい?」
「はい、お元気だと思います。でも小さい頃の事は殆ど覚えていないって聞いてます。それで料理とか、何か思い出の物が作れないかなって」
私がそう言うとデボラは少し考え込んだ。だけど警戒しているとかそう言う雰囲気じゃない。遠い昔を思い出すみたいな感じだ。そうして少しすると彼女は寂しそうに笑った。
「……分かったよ。私が覚えている事は話してあげる。だけどあの小さい子について私ゃ詳しい訳じゃない。だから思い出しながらになっちまうけどそれでも構わないかい? それで良けりゃ話してあげるよ」
唯一生き残った使用人の女性にそう言われて私は黙って頷いた。