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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
20/318

20 注目されたくない

「――さて、今日は慣れて貰う為に実際に授業する教室で説明しますね。先ずどうして上流貴族の皆さんが早期入学するのかと言うと権威に頼らない訓練の為です。三年後、大勢の下流貴族の子供達が入学してきます。その時に慣れていないと家の権威に頼ってしまいがちなので特に意識してくださいな」


 年配の温和そうなお爺ちゃん先生が教壇に立って私達に説明を始める。入学初日から授業なんて変だと思っていたんだけど入学説明会みたいな物らしい。上流貴族の生まれとは言ってもまだ十二歳の子供で日本なら中学一年生前後だ。それが自分の力でもないのに親の権威に頼るとろくな事にならない。だから先行入学させて慣れさせるのは有意義かも知れない。


 準生徒が受ける授業は実はそれ程難しくない。前もってどんな勉強をするのか分かっているし基本的に貴族家ではそれぞれ教育を行っている。当然私とリオンも今まで練習や修行だけをしてきた訳じゃない。叔母様の元にいた頃もずっと並行して教育を受けているし他の子供達も皆同じ筈だ。


 当然アカデメイアの存在意義や方針についても教えられている。だから復習に近い内容で正直詰まらない。それは他の子達にとっても同じらしく、早速集団に分かれて集まっていた。


 先ず私が一番警戒する相手――シルヴァン王子は侯爵家のバスティアン、辺境伯家のヒューゴと一緒にいる。既に親しいみたいで教室の一番前の右端の席を陣取っている。確か王子はリオンと同じ十三歳。他の二人は私と同い年で十二歳だ。ゲームの詳しい情報まで私は知らないけどリオンのお父さん、叔父様が詳しく調べてくれたから間違いない筈だ。


 シルヴァンは薄い青み掛かった銀髪で如何にも王子様という風貌をしている。バスティアンは長い黒髪を後ろで縛った眼鏡の少年で如何にもインテリ風だ。そしてヒューゴは陽に灼けた淡い金髪で一人だけ強そうに見える。まあ辺境伯家って国境を守る伯爵家だから戦う修行もしてるんだと思う。


 だけど三人は私の記憶と比べて明らかに幼い。そりゃあ記憶は十五歳以上の正規生になった後だから当然と言えば当然なんだけど三人共かなり素直そうに見える。だけど油断なんて絶対出来ない。だって記憶では攻略対象とマリールイーゼは主人公のマリエルが入学する以前に仲が良かった筈だ。現時点で私は彼らと知り合ってすらいないから準生徒のこれから三年の間に親しくなる可能性が高い。なら私に出来るのはとにかく彼らと縁遠くなる事だ。正直顔も合わせたくない。だってこいつらに追い込まれて私は命を落とす予定だしどんなに可愛くても好意的に見る事なんて絶対に出来ない。


 そしてその三人は後ろで座っている私達の方を何故かチラチラと見てくる。私が観察していた事は気付かれてない筈だけど取り敢えず先生の話を聞いているフリをした。だけどそんな私に隣のリオンは薄ら笑みを浮かべて耳打ちしてくる。


「……よかったね。多分あいつら、リゼが凄く可愛いから意識してるんだよ。きっと授業が終わったら話し掛けるつもりだ」


 ……何故だろう、リオンの私への当たりが妙に強い。だけど同時に彼らを警戒している。だって王族相手にあいつら呼ばわりなんだもの。リオンも普段は温和で大人しいし優しい男の子だけど本気で怒ったら多分大人でも手が付けられない。だってエドガーと勝負して勝つってそれ位強いって事だ。何より彼はアレクトー本家の血筋で特殊魔法の使える英雄の末裔だ。


 そしてそれ以外の生徒は全員女の子だけど二組――正確には一組と一人に綺麗に分かれて座っている。入学前に聞いた話ではきっと前列の左側にいる二人は辺境伯家と伯爵家の令嬢に間違いない。勿論辺境伯とは言ってもヒューゴとは別だ。伯爵と辺境伯は同じ地域の領主で伯爵は内側を治める文官伯爵、辺境伯は外側で国境を守る武官伯爵だ。戦闘担当の辺境伯は実質的な国の防波堤でその分伯爵より地位が高い。きっと家同士の交流があるからあの二人も小さい頃からの付き合いなんだろう。


 そして問題なのは一人――二列ある机の左端、私とリオンの向こう側に離れて座っている長い金髪の女生徒だった。


 明らかに歳は私より上、だけどリオンやシルヴァンより年長に見える。二人共童顔だからそう見えるのかも知れないけれど明らかに違う。それは――胸がでっかいからだ。準生徒として入学するのは十二歳前後。早くて十一歳、遅くて十三歳が基準なのに身体の発育が良過ぎる。外見も繊細で綺麗な肌、それに顔立ちも整っていてかなり綺麗な人だった。


 そしてそんな彼女まで私を見てくる。よく見るとシルヴァン達だけじゃなくて貴族令嬢の二人まで時々こちらの様子を窺うみたいに視線を向ける。今年度の準生徒はこの教室にいる八名だけで元々他家と交流のない私はリオン以外に面識のある相手はいない。なのに何故か全員がしきりに私を窺っている。


「……リゼはなんだか凄く注目されてるね」

「え、そうなのかな……だけど何でだろ……?」


 今日は初日でカジュアルな服装で来ている。規定の制服はこの後受け取るから出来るだけ地味な服を選んだ。だから格好がおかしいとかそう言う理由じゃない。とすると他に可能性があるのは――私が公爵家の娘だから? 確かに現在、この国の公爵家はうちしかないから珍しいと言えば珍しいけど……。


 レオボルトお兄様もアカデメイアに在籍していた事もあるから、ええと……五年振りに公爵家が在籍? でもそれで言うならリオンの方が遥かに珍しい。だって隣国イースラフト王国の公爵家が準生徒として入学だなんてこのアカデメイア始まって以来初めての筈だし。そこで私はやっと気がついた。


「――あ、そっか。リオンが注目されてるのね。その隣にいる私は一体誰だって思われてるんだ。だって私って全然知られてない筈だし。それにリオンは格好良いし顔も整ってて良い感じだもんね――って、何でそんな嫌そうな顔になるのよ?」


 私の出した結論にリオンは本気で嫌そうな顔をする。頬が少し赤くなっているのは褒められて照れ臭いのかも知れない。だけど彼は小さく咳払いすると本気で呆れた様子に変わる。


「……まあ、僕の評価については素直にありがとうって言っとくけど……でも前にも言ったけどリゼは何でそんなに自己評価が低いの? リゼは物凄く可愛いって前にも言ったよね?」


「えー……だってほら、どうせマリエルが入学したら私なんてすぐ見限られる訳だし? その程度しか私には魅力がないって事でしょ? だからきっと私の自己評価が低いんじゃなくて、リオンや身内が贔屓目で見てくれてるだけじゃないかなあ?」


 私にとってはこれが本音だ。だって小さい頃から病弱で家族や叔母様、リオン達兄弟は本当に大事にしてくれた。だけど皆は見栄えで可愛がってくれた訳じゃない。記憶にある悪役令嬢マリールイーゼは確かに綺麗で可愛いと思うけど所詮は絵で、だからと言って私自身も同じだとはとても考えられない。


「……そんな事はないよ。リゼは可愛いって僕は思ってる」

「でも……それって『お兄ちゃん』として、でしょ?」


「……えっ?」

「だってリオンいつも言ってたじゃない。僕の方がお兄ちゃんだから、って。それに……そうだなあ。例えば赤ちゃんを見て大抵皆可愛いって言うけど綺麗って言う人はいないよね?」


「うっ……そ、そりゃあ確かにそうだけどさ……」

「だから――私はリオンや大事な皆に可愛いって思って貰えていればそれで良いんだよ。それ以外は要らない。私は私が一緒に生きたい人達が可愛がってくれるだけで嬉しいんだから」


 これも本心だ。私は一族の中で一番歳が下で甘えられる相手が沢山いてくれる。お父様、お母様、お兄様、それに叔母様や叔父様、ジョナサンにエドガー、そしてリオンも。皆もし私が間違った事をしても嫌いにならず諌めてくれる。一方的に糾弾するんじゃなくて私の言い分もちゃんと聞いてくれる筈だ。


 私の言葉にリオンは納得出来ない様子だった。だけど何とか飲み込んでくれたのか疲れた顔になって笑う。


「……まあ、リゼがそれで構わないなら別に良いけど……」

「うん、良いの。それにマリエルが入学してきたらリオンにも嫌って位分かると思うよ? 平民出なのに貴族の男の子達からチヤホヤされる時点で彼女は異質だもの。それに――あ、そろそろ授業が終わりそうね。多分もうすぐ鐘が鳴るわ」


 私はそう言うと机に乗せられたリオンの手を掴んだ。それで私の考えを察してくれた彼は無言で頷く。そうしている内に建物の中に鐘の音が響いてお爺ちゃん先生が言葉を止めた。


「――っと、今日はここまでかな? 後は各自、冊子に目を通してください。今日は私が号令をかけるけれど普段は日替わりで当直が替わるからね――さて、起立!」


 その号令に全員が椅子から立ち上がる。私とリオンの二人は全員の視線が前を向いた瞬間に椅子から抜け出してすぐ傍にある廊下へ出る扉の前に移動する。そして「礼」の声と同時に頭を下げるとそのまますぐ廊下へ飛び出した。


 だってリオンが言った通りシルヴァン達にちょっかいを掛けられても困るし。基本的にアカデメイアでの方針は極力他人と関わらない事だ。可能なら名前も覚えられたくない。貴族は全員信用出来ない。特に女の子は恋愛が絡むと家督を背負わない分かなり無茶をする。何かあっても親が守ってくれると盲目的に信じている。私みたいに公爵令嬢でも実は貧弱な女の子だと知られれば利用しようと考える人が必ず現れる筈だ。


 教室を飛び出した時は私が先頭だったのにいつの間にかリオンに先導されている。やっぱり体力はリオンの方が圧倒的に上で私なんかじゃとても敵わない。


「……取り敢えず、制服の支給をしてる処を目指したんだけどこれで良かったよね?」

「……うん。ありがと、リオン」


 手を曳いて貰っていた分息は上がってないけど心臓の鼓動がドキドキ言っている。やっぱり私には体力が足りてない。それでも他の準生徒と絡まなくて済むと安心して胸を撫で下ろす。


 だけどこの時はまだ、私もリオンも追い掛けてくる影がある事にまだ気付いていなかったのだった。


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