199 貴族の知らない方法
数日後、アカデメイアの私の部屋にはお父様とお母様がやってきた。以前皆に報告した内容とほぼ同じでロックが説明をする。だけどそれだけなら別に私がいる場所でやる必要はない。要するにお父様とお母様は私を叱る為にやってきたのだった。当然、私は滅茶苦茶叱られた。
「――ルイーゼ、どうして報告も何も無く勝手な事をするの!」
「え、だってお母様……あの時はいきなりだったし……」
「そう言う報告できない時は普通、避けてしないの!」
「……あ、はい……お母様の仰る通りです……」
「そうだぞルイーゼ。お母様の仰る通りだ。報告する余裕がないと言ってやって事後報告すれば良い訳じゃない。そう言う時は極力避ける物だ」
「……はい、お父様……」
「お前は英雄魔法が使えるから何とかなると思ってるみたいだが、現実はそんな上手くいかない。特にルイーゼ、お前は体力が人並み以下なのだから負担の多い英雄魔法で息切れすればそこで終わってしまうんだよ」
だけどはい、はいと素直に返事をしてもお父様とお母様のお叱りは一向に納まる気配がない。リオンに叱られて本気で気落ちしていた状態から立ち直ってしまったのも原因かも知れない。それに今はリオンとクラリスも苦笑していて全然深刻な感じじゃない。もしかしたらその所為もあるからお父様とお母様はすぐに納得してくれないのかも知れなかった。
そしてリオンとクラリスの隣に他の二人の姿がある。それはマリエルとコレットだった。居心地が悪そうなマリエルと違ってコレットは少し緊張した様子だ。彼女は今日、お父様とお母様がやってくる事を知っていた。
マリエルは単にいつもの調子で私の処に来ただけだ。お父様とお母様が部屋にやってくる直前に窓から入って来たら二人が入って来て出るに出られなくなってしまった。本当にマリエルは主人公らしく何かが起きそうになれば確実に絡んでくる。そういえばコレットと引き合わせてくれたのもマリエルだった。恐ろしい主人公の特性だ。
コレットは単純にお勤めに入るからだ。今の時点でもうアレクトー家の管轄となっている。もしコレットに対して何かしようとすればそれは英雄一族の公爵家に対する言動となる。権威の後ろ盾を得たコレットは今後も他の貴族達から責められる事はない。流石にコレットに聞かせたくない話についてはロックも配慮してくれているらしい。直接ボーシャン家と判断出来る単語は使わない様にしてくれている。
因みに今回発覚した私の『悪役令嬢としての特性』については一切伏せた状態のままだ。知っているのは私以外にリオンとクラリスしかいない。
そもそも『特性』と言っても特異能力じゃない。経験や環境で育まれた性格みたいな物だ。多分マリエルが首を突っ込もうとするのは相手の事を気に掛けているからだし。困った事に魔力保持量の多さもあってリオンに並べる位の身体能力も持っている。彼女の豪運はいわゆるそう言った根拠に基づいて引き寄せられる結果と考えた方が良い。
当然私の悪役令嬢の特性――ぶっちゃけて言うとピンポイントで相手の心を抉る言葉を使えるのも能力とは違う。私もマリエルも特性を意識的に行使出来る訳じゃない。単に性格や考え方で出てしまう結果がそうなってしまうのであって、意図して誘導出来る訳じゃないのだから。
だからこれは別に隠してるんじゃない。まあ言い方が抉るだけで普段の私の考え方や性格を知っていれば『マリールイーゼらしい』としか思われないし、マリエルだって『マリエルらしい』と言われるだろう。要するに特性とは言ってもそれぞれの『らしさ』でしかないから説明出来ない。
「――さて。太公、それに嬢ちゃん達。ここからは新しく判明した情報で出て来たばかりのホヤホヤだ。何かのヒントになるかも知れねえから言っておく事にする」
いい加減素直にはい、はいとしか言わない私にお父様達が叱るのを諦めた頃、ロックが不意に話し始めた。
「先ず、今回の首謀者達九人――タニアが捕まったから残り八人についてだが、どうやら面識が全く無いらしい。まあ首謀者を除けば残り七人だがその七人と繋がりがない。あのタニアって娘は首謀者としか面識が無くて他は見知らぬ他人って事だ――リオン、この意味が分かるか?」
「それは……あのタニアって人は切り捨てられる前提の、末端の人間って事ですか?」
「その可能性もある。けどな、もし全員が首謀者としか接点が無かったらどうなる? 因みにだけどな、タニア・ルボーは首謀者が王国反逆罪の罪に問われている事を知らなかった。まだ市井に開示されてない情報で一般に出回ってないから、ってのもあるんだけどな?」
それでリオンは黙り込んで考え始める。だけど私は思わず呟いた。
「――犯罪に加担してる自覚がないって事? それに全員面識がないからいつでも切り捨てられるし、一人捕まえても情報が出てこない……?」
そんな私の言葉にロックは少し意外そうな顔に変わる。苦笑すると私を見て頷いた。
「……そう言う事だ。あの娘を捕まえて今回一番でかかった情報がそれになる。他の奴と面識がねえから連携もねえ。バレて捕まっても出てくるのは首謀者の名前だけでそれ以外の連中が一切分からねえ。逆に言やあ今回監視者の件は完全に解決した事になる。何せ連携してねえから同じ案件で動いてる奴がいねえからな。まあ俺らにすれば困った話なんだが」
「……そうか。連携してないから連絡を取り合う事もないし、芋蔓式に捕まえる事が出来ないのか……」
「ああそうだ。例えばあの娘に首謀者が王国反逆罪に問われてる事を教えた途端ベラベラ話し始めた。反抗の意思もないし協力的だから処刑される事はねえだろうな。それでも使える情報が殆どねえんだよ」
ロックの言葉にリオンは渋い顔に変わる。もっと全員が連携していると思っていたのにまさか全員面識もないだなんて思ってなかった。と言う事はやっぱりベアトリス・ボーシャン一人が全て動かしている事になる。
「まあ、首謀者はもうドラグナン王国方面に逃げたってのは分かってるからな。問題は恐らくまだ王国内に残ってる七人だ。一応情報の伝達経路についても調べてる最中なんだが……」
だけどそう言いかけた時、私はふと疑問に思った事を尋ねた。
「……あの、ロックさん。褫爵処分を受けた貴族ってその後はどうやって生活してるの? 生計はちゃんと成り立ってるの?」
「うん? まあ褫爵されてもこの国だと資産凍結されねえからな。税金はある程度免除されていた分請求されるが残った資産、例えば屋敷を売り払ったり美術品を捌いて商家に転向するのが多い。特に子爵家は元々都市経済に関わってる分商業ルートにも明るいしな。男爵家は冒険者や衛兵からやり直す事が多い。貴族だった頃の知識や技術を活用するのが殆どだよ」
「じゃあ……そのルートって商人を使ってるんじゃないの?」
「当然、レンジャーギルドもそれを調べてる。けどな、商人ってのは他の国に移動する奴が多い。特に流通で信頼されれば越境監査免除なんて物も発行される。芸人や薬売りなんてのもある程度免除されるからな。だから今はあの娘が使ってた情報伝達手段を優先的に調べてる最中なんだよ」
私みたいな素人が考える事なんて当然ギルドはとっくにやってる。他に何か伝える方法が無いか考えてみるけど特に何も思いつかない。少しでも何か役に立てれば問題解決に近付けるのに。それで私が俯いて考えていると不意に後ろで話を聞いていたマリエルが笑いながらポツリと漏らした。
「あー、あれだよね。商人の馬車とか獣避けに木札とか沢山飾ってたりするんだよね。それが当たってカラカラ鳴るから行商が来たってすぐ分かるんだよ。私も小さい頃は音が聞こえたら広場にすぐ走って行ったっけ」
「……ん? 木札? そりゃあなんだ?」
「おじさん知らないの? 行商の馬車は獣避けで音が鳴る様に木札を下げてるんだよ。飾らないと五月蝿いだけだからね。色が塗られてたり呪文が書かれてるの。お祭りみたいだから子供にもすぐ分かるんだよね」
それを聞いて私とリオン、それにロックは顔を見合わせる。情報を伝えるには何も手紙は必要無い。一方的に伝われば良いから何処からでも見て分かる様にすればそれを見て受ける側が勝手に理解出来る。
「……お嬢ちゃん、それは……どんな行商もやってる事なのか?」
「え、うん。商人とか行商とか付けてないの見た事ないよ? そうやって物を持って来たって合図だし。街の子供とかお母さん達はそれで露店に新しい商品が補充されるって分かるから買い物に行ったりするんだよ」
ああ……やっぱりマリエルの特性エグい。元平民で貴族が知らない風習にも詳しい。と言うかこのタイミングでそれを言えるのも強い。貴族にはそんな習慣はない。だって新しく仕入れた物は商人が直接家に持って来るから客寄せの必要もないし騒がしくする事もないからだ。
「……そうか、具体的に伝えるんじゃなくて、それで符牒を決めておけば簡単に伝えられるって事か! しまった、そう言う平民の習慣なんて考えてなかったぜ! 早速そっちについても調査する様に伝えとくぜ!」
「えっ? あれ? もしかして私……またやっちゃいました?」
「おう、しっかり役立ってくれたぞ! それじゃあお嬢、リオン、早速俺はギルドの方に伝えて来る! 太公、奥方、これで失礼しやすぜ!」
「え……あ、うむ。まあ、頑張ってくれ」
いまいち話に付いていけてないお父様とお母様。そりゃまあ平民の風習なんて二人が知ってる筈がない。だって英雄で公爵家当主のお父様と王族出身のお母様だもの。買い物に行く時も決まった店しか使わないし。
だけどマリエル、実はこのヒントを伝える為だけにこの場所に居るんじゃないの? ピンポイント過ぎてそうとしか思えない。
その後、商業ギルドが馬車に付ける木札の並びや描かれる呪文について前払いで年間契約をしていた事が判明した。ギルド側にすれば木札の並びなんて特に意識する物でもなくて少しの手間だけで駄賃が稼げると特に疑問もなく実施していた事が判明したのだった。