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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
198/322

198 悪役令嬢の特性

 あれから皆が帰った後、私は声が出せなくなってしまった。


 失声症で声が『出ない』んじゃなくて『出せるけど出せない』。これは私がある事に気付いてしまった事が原因だった。


 元々私はかなり人見知りで人前で余り話す事がない。だから自然と人前では他人を観察する事になる。そうする内に私は相手の悪い部分を明確に理解出来る様になっていた。


 勿論それを口に出す事なんてしない。愛する人達や友人達、そんな人達の悪い部分も言おうと思えば幾らだって言える。だけどそれを言わないのが礼儀だと思っていたから勿論言わない。人の魅力は良い部分と悪い部分の両方があるからこそ生まれる物だと思っているから。


 だけどマリエルとマティスが話すのを聞いて気付いてしまった。もしあんな風に私に言われればその場で泣き崩れてしまう、と。実際に涙目になっている処を見ていただけにその言葉が嘘でない事も分かっていた。


 あんな風というのは投獄されていたジェシカ・ゴーティエ先輩に怒りをぶち撒けた時の話だ。あの時私は普段誰にも言った事が無かった悪い部分について先輩に向かって思い切り正論をぶち撒けてしまった。


 問題なのはその結果、あの先輩が自殺してしまった事だ。テレーズ先生が私にだけ話してくれた事だから他の皆は知らない。だからあの一件だけで終わっていた話だったら私も考えなかったし気付けなかった。


 ……やっぱり、私は悪役令嬢だった。


 自分の記憶が蘇ってから私は『悪い事をしなければ悪役令嬢になる事は無い』と思っていた。だけどそうじゃない。今までも思った事があるけど悪役令嬢はあくまで『悪役』なだけで『悪人』じゃない。


 そもそも『主人公』に対して悪役令嬢は『ライバル』だ。だけどそれは殺し合う意味じゃなくて大抵は『恋のライバル』でしかない。恋愛絡みでなければ友人になれるかも知れない、そんな関係だ。実際に今のマリエルと私はかなり親しい友人関係にある。


 そしてマリエルには主人公としての特性がある。主人公だから基本的にトラブルに巻き込まれ易いし自分からも巻き込まれに行く。恐ろしい位に豪運で自分の力だけで乗り越える能力もある。それが主人公の特性だ。


 当然、そんな特性が私にもある事に気付くべきだった。私にはきっと悪役令嬢としての特性がある。表立っては言わない、いつも心の中だけにとどめていた棘と毒のある言葉――多分それが該当する。


 つまり……私が自制せずに思った事を全て口にすれば周囲の人達を傷付ける事になる。最悪の場合ジェシカ先輩の様に死に追いやってしまう。


 ジェシカ先輩の一件だけならここまで思わなかった。だけどタニア・ルボーの一件。私が抑制せずに言った事で今も私を恐れている。それにジェシカ先輩に言ったのを聞いていたマリエル、マティス、それにセシルは傍で聞いていただけなのに私の言葉に対して脅威を感じている。


 そして悪役令嬢の特性と言っても明らかに間違った事を言うから憎まれる訳じゃない。相手が言い返せない正論を言うからこそ、それは恐ろしい力を持ってしまう。間違った事を言っていないからこそ相手を追い詰めて逃げ道を奪ってしまう。それこそ正に悪役令嬢らしい『特性』だった。


 ああ、どうしよう。もう怖くて言葉が出せない。私の一言で誰かを傷付けてしまうかも知れない。その一言が相手を自殺に追い込む事になってしまうかも知れない。そう思うだけで声を発する事が出来ない。


 以前見た、本来の時間軸に生きる私。彼女はきっと自分にそんな特性がある事を知らなかった筈だ。思った事をそのまま口にしてしまう。そんな事をすれば当然他の人達から憎まれるし嫌われる。言葉だけでそんな事が出来てしまう。これは英雄魔法とは違う、私の役割としての特性だ。


 あれから私は部屋のクローゼットに引きこもっている。最初の内はクラリスとリオンが何度も声を掛けてきたけど答える事が出来なかった。そうして暗い中で膝を抱えていると、不意に表から声が掛けられた。


『――マリールイーゼ。そこにいるのでしょう?』


 それはテレーズ先生の声だ。だけどやっぱり返事が出来ない。声を出すのが怖くて仕方がない。それでも先生の声は静かに聞こえてくる。


『――許して頂戴。私はジェシカの事を貴方に話すべきではありませんでした。貴方に背負わせるつもりは無かったのよ。ただ、貴方の言葉があの子に正しさを思い出させた。貴方は言葉をそんな風に扱える。その事をきちんと知っておいて欲しかっただけなのですよ』


 そう言われてもやっぱり怖い。私は誰も傷付けない自信がない。最近は特にあんな事件があって自分でも抑制が効かなくなっている気がする。それで黙っていると今度はクラリスの声が聞こえてきた。


『――お姉ちゃんが悪者なら私はもっと悪者ですよ? だって私は魔眼で人の心を無断で覗いてるんですから。だから私よりずっとマシです』


 違うんだよ。そうじゃないの。私の言葉はこれからもきっと誰かを傷付ける。例え相手が悪人だとしてもあの先輩みたいにそれが原因で命を落とすかも知れない。だって私は悪役令嬢だから。どんなに正しい事だとしても相手を絶望に叩き落として死なせてしまうなんて耐えられない。少なくとも私は実際に一人自殺させてしまった。こんな事が続けばきっと、私の周囲にいる皆だって傷付いて命を落としてしまう。マティスやセシルが実際に私の言葉でショックを受けてしまったみたいに。


 扉の内側のフックから手を離して膝を抱える。私はこれからどうすれば良いんだろう。死んでしまった方が良い? だけど死ぬのは怖い。死にたくない。でも誰かを死なせてしまうのなら私なんていない方が良いのかも。


 そんな考えが頭ん中でぐるぐる回り続ける。そんな時突然クローゼットの扉が開かれた。それで身体を小さくして頭を膝に埋めるとふわっと覆い被さる様に誰かに抱き寄せられる。身体から伝わる声はクラリスだった。


「……お姉ちゃんは知ってますか?」

「…………」


「これは昔、お爺ちゃんが教えてくれました。お薬って実は毒の一種なのですよ? 単に人間にとって役立つ毒を薬と言っているだけなのです」

「…………」


「……私、もっとちっちゃい時に自分の魔眼が本当に嫌で、自分で潰してしまおうとしたんです。だって人の嫌な心を見てしまうから。そんな時にお爺ちゃんが言いました。その毒は毒じゃないかも知れないよ、って」

「…………」


「私が見る嫌な部分は別の大事な物を守る為かも知れない。実は毒に見えて毒じゃないかも知れない。お金に欲張りなのは家族を幸せにする為かも知れないのです。お姉ちゃんだってそれを知ってるから、相手の悪い部分が分かっても言わないのですよね? 今までもそう出来ていたんですからこれからもそのままで良いのですよ? だから何も変わらないのです」


 そう言われて私は身体をびくりと震わせた。恐る恐る顔を上げるとそこにはニッコリ微笑むクラリスの顔がある。そんな私の顔を見るとクラリスは私の頭を撫でて優しく言った。


「……お姉ちゃん。失敗を怖がるんじゃなくて、失敗しない努力をする様にしましょう。それに失敗しても良いんです。だって正直な事を言われて傷付くのは心当たりがあるからですよ? 言わせた相手も悪いんです」


 ……クラリスまじ天使……いや、この子は女神かも知れない。この子もこれまで辛い事を経験してきた筈だ。似た力を持つリオンだって小さい頃からずっと傷付いてたし、もっと直接的な魔眼を持つクラリスは深刻さも激しかっただろう。なのにこんな風に言えるのはクラリス自身が今までに沢山傷付いて来たからかも知れない。


「……クラリス……私、大丈夫……かなあ……?」


 涙交じりに小さく尋ねる。だけどクラリスは笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ。と言うかあんな怖い思いをさせられたんですからそんな相手が傷付いても自業自得だと思いますよ?」

「……へ……?」


「全員に好かれる必要なんてないのです。大体正論を言われて後悔して自殺するのはお姉ちゃんの所為じゃありません。それもお姉ちゃん、その人に殺され掛けたんですよ? なんで自分を殺そうとした人を思い遣って塞ぎ込んでるんですか。どうしてお姉ちゃんはそんな乙女っぽいのです?」

「……え、あの……クラリス、さん……?」


「良いですか? 善人と良く思われたいは別なのです。それに正論で傷付くのは後ろめたい人だけなのです。正しい事を言われて辛いから正しい事を言った人が悪いだなんて甘えですよ? 正しく生きようとする人がいるのに間違った生き方をした人が何を言っても説得力がありません」

「……お、お……おう……」


 なんか以前、似た感じの事を言われた気がする。だけどクラリスは天使じゃなくてリアリストだった。辛い経験をしてきた分、正しい人には優しいけど正しくない人には辛辣だった。うん、知ってました。


 だけど……悪役令嬢の特性って普通とは違う筈だからそれだけの話じゃない気がするんだけど……。


「――そうそう、悪役令嬢? とかも結局アレですよ。お姉ちゃんが正論を言う限りは問題ないですよ? だって正論を言われて問題だって言う人は正論を否定してるって事ですからね。基本的に間違ってます」

「……あ、あの、先回りして言うの、止めて欲しいなーって……」


「何言ってるんですか。お姉ちゃんは先ず、自分を大事に思ってくれる人を優先すべきです。どうしてそれ以外を優先してこんな風に引き篭っちゃうんですか。お姉ちゃん、かなり面倒くさい乙女になってますよ?」

「……えと、その……はい、ごめんなさい……」


「分かれば良いのです。さあ、早くクローゼットから出ましょう」


 ふと横を見るとテレーズ先生が苦笑している。先生、クラリスみたいな素直で頑張る子の事が好きそうだし、きっと完全に口で負けてる私の事を笑ってるんだろうなあ。と言うか私、どうして塞ぎ込んだんだろう?


「――それはリオンお兄ちゃんに本気で叱られたからですね。お姉ちゃん気にしてましたし。自分が間違ってたって本気で反省したからその勢いで余計な事まで背負い込んじゃったんでしょう。お姉ちゃんらしいです」

「……あの、ごめんなさい! 本当に先読みして分析するの止めて!」


「されるのが嫌ならもうこう言う事は止めてくださいね?」

「……は、はい……お手数お掛けしました……」


 本当に怖いな、魔眼! クラリスを怒らせたら容赦なく積極的に魔眼を使ってくるから本当にどうしようもなくなるよ!


 だけどクラリスが言う事も納得出来る。これがもし私の悪役令嬢としての特性だと言うのなら今後はそれも意識しないといけない。間違った使い方をしない様に気を付けないとこの力はかなり危険だ。


 薬も毒の一種――そのクラリスの助言に私は感謝する事になった。


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