195 突然の邂逅
以前話した時にロックさんが言った。普通は上手く行けば調子に乗って同じ事を続ける――これは犯罪に限らない。最初に成功を体験してしまうと次も同じく成功すると期待して同じ事を繰り返す。それが人間だから。
今回の事件ではそれがなかった。だけど犯人達の全員が同じ考えで行動するとは限らない。犯人が一人なら兎も角、複数いる犯人集団ならそれはあり得ない。だって全員が全く同じ考えな筈がない。それが人間だから。
例えば今回の主犯と言われるベアトリス・ボーシャンなら成功体験に縛られず同じ事をしないかも知れない。でもそれはあの先輩だからであって他の先輩が同じ判断を下せるとは思えない。その差が棺桶に入れた実際の人間の焼死体か、人形かを分けている気がする。要するにベアトリス先輩は人を殺せるけど他の先輩達は人を殺せるだけの覚悟がなかった。
その日の昼過ぎ、私はクラリスと一緒にアカデメイアの中庭を散歩していた。部屋に篭ってばかりいても身体に良く無いと言われて出不精な私は渋々クラリスと一緒に出る事になった為だ。
「――お姉ちゃんは少しお日様を浴びた方が良いですよ? ずっとお部屋にいると気が滅入るだけじゃなくて、身体も弱っちゃうんですからね?」
「……えー、でも私、元々絵本を眺めたりするの、好きだから……」
考えてみればもう六月。あの事件から随分時間が過ぎている。アカデメイアの中庭にある庭園には薔薇が咲き誇っている。
「知ってますか? 薔薇って今の季節が旬なのだそうですよ? だけど蔓がすぐ伸びちゃうからお手入れが大変だそうです」
「へえ……クラリスはよく知ってるねえ」
「はい、この前お手入れをしている園芸師の人に教えて貰いました!」
クラリスは最近、料理以外にも色々な事に興味を持つ。この庭園に咲くのは古薔薇と呼ばれる物で特に香りが強いそうだ。だけどハーブみたいな果物っぽい匂いを嗅ぐとどうしてもジャムを作りたくなってしまう。
「……んー、この花びらでジャムを作ってみたいかも……」
「ふふ、お姉ちゃんは食べ物の方が好きですよねー」
だけどそんな時庭園に女性が入ってくるのが見えた。今の時間は生徒の殆どが授業に出ている。それにどう見てもエマさん達より歳上だ。だけど教導師の先生とも明らかに違う。当然見回りをしている騎士でもない。
「……お姉ちゃん……あの人、犯人の一人、です……」
「……え? もう皆、逃げた筈なんじゃ……?」
クラリスが押し殺した声で囁く。顔は真っ青で震えている。だけど犯人はもう逃げた筈じゃないの? どうして、それも何故こんなアカデメイアの敷地内に普通に入って来れるの? 頭の中で次々と疑問が浮かぶ。そんな私にしがみつきながらクラリスは続けた。
「……あの人、お姉ちゃんを……嘲笑う為に来た、みたい……」
「……クラリス。見つかる前にクラリスはリオンを呼んできてくれる?」
「……え、そんなのダメです! お姉ちゃんも一緒に逃げましょう!」
声を押し殺しながら腕を引っ張るクラリス。だけど私はそれを押し留めて笑って見せた。
「……私は英雄魔法が使えるからね? それにリオンが来てくれたらすぐ捕まえてくれるよ。それまで私が時間稼ぎをするから」
「……で、でも……!」
正直、怖いと言えば怖い。だけどいい加減腹も立っている。自分達のやった事で褫爵処分を受けたのにこんな事をするだなんて逆恨み以外の何物でもない。それにここに来たと言う事はきっと私が今日ここに来ている事を監視者の生徒から聞き出したんだろう。一緒だと絶対に逃げられない。
「本当に大丈夫。弱いけど私、これでも英雄一族なんだよ? それよりもクラリス、時間がないの。ここで言い争ってる場合じゃないよ」
「……じゃ、じゃあ……私、すぐにリオンお兄ちゃんを呼んで来ます!」
「あ、そうだ。行く前に……あの人の名前って分かる?」
「……タニア・ルボー……今はエリーゼ・ラボーって名乗ってます」
「分かったよ、有難うねクラリス――さあ、行って!」
私がそう言うとクラリスは早足に去っていく。途中、一度だけ私の方を振り返る。だけど私の笑顔を見ると後は振り返らずに薔薇の向こう側へと消えていった。今にも泣き出しそうな顔をしながら。
ごめんね、クラリス。私の所為で怖い思いをさせて。だけど絶対にあの犯人の一人は捕まえてやる。悪役令嬢マリールイーゼ様を舐めんなよ? 私の周りに手を出した事を絶対に後悔させてやる!
そして私は女――タニア・ルボーが近付いて来るのを茂みの影で待ち構えた。