19 アリストクラット・アカデメイア
アリストクラット・アカデメイア――いわゆる貴族の為に準備された学校で主に貴族の子供達が社交界に上がる為の知識を学ぶ場所だ。社交界と言えば舞踏会が有名で踊ったり交流する娯楽の場に見えるけど実は契約を交わす場でもある。大勢の貴族達に告知する為に王族が発表を行なったり各国の情勢に関する情報が集まる場所でもある。日本で言うと株式取引場で立食パーティをしている感じが近いのかも知れない。政治の駆け引き以外にも最新ファッションの発表にも利用されている。
他国の舞踏会に貴族達がこぞって参加するのも全て情報を得て自分達に有利に事を進める為だ。だけど知識が無ければそれも活用出来ない。昔は各家がそれぞれ独自に学ばせていた物を貴族全体で共有して効率的に学習させる。比較が起きるから優れた者の判断が付き易い――それがアカデメイアが出来た経緯だ。
このアカデメイアのお陰で貴族の子息令嬢は学びながら他家と繋がりを作れる様になった。要するに友人関係を構築する事で将来的な家同士の繋がりを強化出来るのだ。だから低い貴族身分の家ほどこぞって子供を入学させる。上手くいけば上位貴族とコネクションが出来る訳だからさぞ魅力的だっただろう。
そして王族や公侯爵家、辺境伯家、伯爵家の子供は上位貴族として早い段階から入学させられる。損得勘定ではない交友関係を築く事で強固な結束力を持たせる為だ。私やリオンが準生徒として早期入学するのもそれが主な理由で、結束力――逆に言えば有能な相手を国に縛りつける為の枷でもある。要するに情に訴えて英雄一族の様な国益に繋がる相手が国から離脱出来ない様にするのだ。
だけどその中に平民出身者が入れば均衡が崩れる。私の知る主人公マリエル・ティーシフォンは平民出身で社交界と無関係の存在だ。有能な者を取り込む意味では特別待遇は効果的かも知れないけれど社交界を目的とする貴族にとって取り込み難い相手になってしまう。平民からみれば貴族階級は全て上の立場だから権力が通用しそうで全く通用しない。だから恋愛感情と言う『好意』で縛りつけるしかない。
私のそんな分析を聞いてリオンは複雑そうな表情になった。
「……何と言うかリゼは流石公爵令嬢って感じだよね。考える事がなんだか貴族的な意味でエグい気がするよ……」
「え、そう? だけどそれ以外に私がマリエルと絡む要素って実は無いんだよね。それに逆に『公爵家』って方が危険だし」
「どうしてさ? リゼは予知した奴らを好きになるつもりがないんだろ? なら恋愛感情で揉めたりもしない筈じゃないか」
私達は今、アカデメイアの入学式にやってきていた。入学式と言っても式典がある訳じゃない。王族から伯爵家までの子供は実はそれ程数がいない。だから正式な入学式は十五歳の本入学の際に初めて参加する事になる。今回は本入学する生徒達に交じってひっそりと参加するだけだ。そもそも上流貴族の子供が注目されても危ないだけで意味がないから当然の話だった。
さて、リオンは私の話に納得出来ないみたいだ。今も首を傾げて考え込んでいる。それで私はため息交じりに口を開いた。
「……はぁ……あのね、リオン。一番怖いのは私が公爵家の娘だって事なのよ。それに女の子って凄く怖いんだよ? 私が他の貴族の子と仲良くなるだけで物凄く危険になるんだからね」
「え……でも公爵家くらい地位が高ければ悪意をぶつける人もいないでしょ? 下手にちょっかい出すと家が叩かれるし」
「――例えば私が貴族の子と仲良くなるじゃない? それでその子がマリエルを疎ましく思ってると公爵令嬢の私がマリエルを嫌ってる事にして虐めたりするのよ。それが発覚した時にその貴族の子はこう言うの。『公爵令嬢マリールイーゼ様が平民マリエルを疎ましく思っていらっしゃるので私が代わりに虐めました』。すると周囲は私が無関心なのに公爵家の立場を利用して下級貴族に命令したと考えるのよ。何も知らないのに全部私の責任になって、私が処罰対象になるって話……分かる?」
これは乙女ゲームでも割と聞く展開だ。どんなに悪役令嬢が主人公に無関心でも周囲が勝手に忖度して主人公を虐め、悪役令嬢に責任だけなすりつける。これの怖い処は発覚して名前を出されるともう周囲は話を一切聞いてくれなくなる事だ。自分が無関係だと幾ら主張しても誰も聞いてくれない。攻略対象は主人公を虐めた真犯人として悪役令嬢を本物の悪の存在として吊し上げる。そんな事をされたら堪ったものじゃない。
「え……何それ、物凄く怖いんだけど……」
「でしょ? でもそう言うのって良くあるんだよね」
「……貴族の女の子ってそうなんだ……男の喧嘩は殴り合って終わりだよ? 家の名前を出すなんて恥だから出来ないし地位を振りかざすと廃嫡対象だよ――ってそうか、女の子は家督を継がないからか。男なら絶縁して放逐なんて幾らでもあるけど女の子は凄く可愛がられるもんなあ……」
「……なんで私を見て言うのよ」
「え、別に深い意味はないよ?」
「……だけどリオンの言う通りかもね。私だって家を継ぐ事が無いから気楽な処もあるし。と言っても私の場合いつ死んでもおかしくなかったから生きるのに必死で女の子らしい世界は未経験だけど。努力無しで普通に生きられるのが羨ましい……」
……自分で言ってて悲しくなってきた。考えてみたら公爵令嬢なのに貴族の女友達もいない。キャッキャウフフなお茶会もする機会は無かった。大体四歳で静養に出て、知り合ったのはリオン達男の子しかいない。あれ? もしかして私、女の子としては相当なポンコツなんじゃ?
「……私って、女の子らしくないのかなあ……」
思わず悩んでしまって声に出してしまう。今まで女の子らしくなりたいと思った事はないけど、女の子らしく扱って貰えるかどうかはまた別の話だ。リオンは――まあ、女の子として扱ってくれてる気はするけど小さい頃からずっと一緒にいる所為で余り女の子として見てくれている気がしない。
「……リゼはさ。多分黙ってさえいれば絶世の美少女なんだと思う。ただ、喋ると小さい頃のままだからそう言う可愛らしさはあるけど異性にドキドキする可愛さとは違うと思うよ?」
私が相当気にしている様に見えたんだろうか。リオンが冷静にフォローしてくれる。まあ幼馴染だし私を守ってくれるとか言ってくれる男の子だもんね。きっとこれは同情票みたいな物だと思う。
「……あーうん、嬉しいよ。ありがとね、リオン」
私がそう笑いながら答えるとリオンは、
「……リゼは、そう言う処が本当にダメだと思う……」
そう言って彼はそっぽを向いてしまった。