189 ベアトリスの行方
ジョナサンとロック、それにお兄様が帰って来てから早速報告を聞く事になった。ベアトリス・ボーシャンが何処に向かったのか――この国から出た後だとは予想されていたけどまさかイースラフト方面に逃げていたとは思わなかった。
私とリオン、それにジョナサン、ロック、レオボルトお兄様の五人だけでクラリスはまだ授業から戻っていない。本当ならお父様も交えるべきだけど今日は王宮に行っている筈だ。まあお父様にはロックが報告するだろうから問題無い。それで早速ロックが全員の顔を眺めると口を開いた。
「……ベアトリス・ボーシャンは偽名を使ってグランドリーフからイースラフトを抜けてドラグナン王国へ向かったと思われる。肖像画が一切無かったから彼女を知る卒業生達から人相書きを準備したんだが、これがまあ違う名前が出て来る出て来る。商隊の妻、娘、さる貴族の婦人や令嬢なんて物もある。酷い奴になるとお忍びの王族なんて物まであった位だ」
「……だけどそれ、もし全部本当に別人だったら……」
だけど私がそう言うとロックは不敵に笑って首を横に振る。
「あのな嬢ちゃん。そもそも人相書きに似た人間が全員、同じ方向に向かう事自体が不自然だと思わねーか? 例え似てる奴がいたとしても普通はその全員が同じ場所を目指したりはしねぇよ。それにな――」
そしてロックが言い掛けた時、渋い顔のジョナサンが口を開いた。
「――それに、ドラグナン王国方面って事はトロメナスを超えたって事になる。あの土地はもう人が住んでいない。余程急いでいない限り普通は通り抜ける事も避ける土地だ。あそこは……墓標だらけの場所だからな」
そう言えば昔、トロメナス戦役と呼ばれる英雄一族を狙った戦争が起きたと前に聞いた。その戦争にはアベル伯父様やジョナサン、エドガーだけじゃなくてお父様も出ていた筈だ。攻略対象だったレイモンドも参加していた戦争のあったイースラフトの最西端にある土地だった。
「ドラグナンはトロメナス戦役を起こした相手だ。もしかしたら英雄一族の情報でも掴んで売り込むつもりなのかもな?」
ロックが怖い事を言い始める。だけど……国同士の話になってしまったらもう私に出来る事は無い。
「じゃあ……後はロックさんやお父様達にお任せするしか無いですね」
だけど私がそう言った途端ロックとリオンは私を見た。特に隣に座っているリオンは本気で驚いた様子でまじまじと見つめて来る。何だろう、私別に変な事言ってないよね? それで正面に座るお兄様を見つめる。お兄様は私の視線に気付いて顔を向けるとにっこり穏やかに笑った。
うん、そうだよ……これからはリオンや皆の他にお兄様もいてくれる訳だし全然大丈夫だ。あの時は変な事になったけど元々お兄様は凄く優しいしちゃんと謝って戻って来てくれた。きっとリオンとだって上手くやっていける。だってレオボルトお兄様は私のお兄様なんだもの。
だけど再び視線を向けるとリオンは俯いて何かを考え始める。リオン、一体どうしたんだろう。真剣な顔で私と目も合わせない。それで怪訝な顔をしているとロックさんが少し困ったみたいに笑った。
「……いやいや、嬢ちゃん。単に主犯が向かった先が分かっただけでこのアカデメイアにいる監視役はまだ全部特定出来てねえ。結局ベアトリス・ボーシャン以外にまだ八人も容疑者がいるんだからな? 今もまだ情報を中継してる奴だっている可能性が高い。だから大変だろうが今後も気を付けて貰わねーとならねーんだよ」
「え……うん、それは勿論気を付けますけど……」
「……まあ、それなら良いんだが……」
「処で――お兄様? お兄様は今後どうされる予定なの?」
「うん? 僕かい? 父上と母上に戻った事をご報告してから恐らくここで他の騎士達と合流する事になると思うよ。多分僕が戻った事は王宮には連絡が行ってる筈だからね」
「え、じゃあ……お兄様もこれからはずっと一緒にいられるの?」
「そうなるだろうね。だからこれからはリオンと一緒にマールを守る事になると思う。そんな訳だから――リオン、これからよろしくね」
「……はい……」
だけどそれを聞いて何とも言えない嬉しさが込み上げて来る。これまで全然上手くいかなかったけどやっとお兄様と元に戻れるかも知れない。
「……嬉しい。私、お兄様と沢山お話したい事があったから……」
そう言うとお兄様は苦笑しながら頷いてくれる。
だけどこの時の私はやっとお兄様と完全に和解出来て浮かれていたんだと思う。ロックさんは苦笑しているしリオンも何も言ってくれない。私は自分が今、どんな状態になっているのかを全く自覚していなかった。