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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
185/321

185 お母様と私

 コレットがアカデメイアに戻って来てから二、三日が過ぎた頃、お父様が再び私の部屋にやってきた。目的はコレットが連れていかれた時に私の魔法が発動した事について……だったんだけど、何故かお母様まで一緒にやってきて何とも気不味くて仕方がない。


 最初の頃はもう本当に心配されたし泣かれた事もあったけど最近はただ叱られるだけの事が多い。特にこの処は本当に命に関わる様な事件も連続していて流石に叱られる事は無かったけどやっぱり身構えてしまう。


「――それで早速だが、あの時ルイーゼの目に赤い炎が見えたのはやはり英雄魔法が働いた為で間違っていなかったのかな?」

「ええ、どうやらそうみたいです。あれから僕もリゼに尋ねたんですが、今までと違って見る前に途切れて消えてしまったそうです。クラリスも魔眼で確認していたそうで、理由は分かりませんけど間違いありません」


 早速お父様とリオンは話し始める。お父様の隣にはお母様、リオンの隣には私が座っていてお母様と私は正面同士だ。だけどお母様は目を伏せてじっと話を聞いている。私は何とも言えなくて膝の上に両手を乗せて俯いている事しか出来なかった。


 どうしてこんな感じになっちゃったんだろう。前はもっと仲良しだったし話せない事も無かった筈なのに後ろめたい気持ちになる。そう思うのはきっと全部私自身に問題があるからだ。だけど何処がどう問題なのか自分では分からない。それが歯痒くて、辛くて堪らなかった。


「――しかし未来が分かると言うのは逆に不便だな。こう言う時に一体何が起きるのか分からないと判断に困ってしまう。ルイーゼの場合は予見が正確過ぎるのも難点だ。せめていつ起きるのかまで分かれば良いんだが」

「……そうですね。リゼの力は放っておくと見たそのままの出来事が起きますから。今の処、回避出来たとは言えジェシカ・ゴーティエの時だって流れ自体は確実に同じです。救いなのは多少変えられると言う処ですね」


 お父様とリオンはそう言うと腕を組んで黙り込んでしまった。二人が言う通りこれまで私が見た事は全く同じではないものの概ね似た状況にまで事態が進行する。唯一の例外はグレフォールに行った時に海に落ちた件で溺れる未来自体が先に見えなかった。いやまあ叔母様の家に行ってすぐに湖の畔で溺れる映像は頭には浮かんだけど多分あれは英雄魔法じゃない。


 それで部屋が静まった時、不意に目の前でお母様が口を開いた。


「――ルイーゼ」

「……えっ? はい、何ですか、お母様……?」


「ルイーゼが視た事は必ず起きる……それは間違いないのね?」

「ええと……はい。同じ展開にはなってませんけど、起きる出来事自体は全く同じです。多分皆が助けてくれて未来が変わったんだと思います」


 お母様は私の返事を聞いて『皆が助けてくれて、ね』と小さく呟くのが聞こえる。私はもう内心ビクビク物でとても顔を上げられない。だけど少ししてお母様は次にリオンに尋ねた。


「……リオン君。モンテール子爵夫妻の事は知っているけれどお嬢さんのコレットさんに私は会った事がないのよ。その時コレットと言うお嬢さんに何か変わった事は無かった? 例えば……それまで後ろ向きだったのが前向きに変わったとか。審問会に召喚されて落ち着いている子なんて普通いませんからね。怯えていたり泣き出していてもおかしくない物よ?」


「えっと……そうですね。あの時彼女は絶望的な感じでした。ご両親にも何か問題があれば自分を切り捨ててくれと言ってましたしリゼに対しても似た感じでした。そこでリゼの目に赤い炎が出て。でもシルヴァンや友人達がやって来てリゼの炎が消えました。最初にアンジェリン姉さんが話し掛けてた後、コレットは少し落ち着いた様に思います」


 それを聞いてお母様は少しだけ考えるとお父様やリオン、それに私を見てから穏やかに微笑んだ。


「そう――なら恐らく、今後何も起きないと考えるべきだわ」


 流石にそれには心底驚いたらしくお父様が目を剥いてお母様に尋ねる。


「なっ……クレア、どう言う事だ⁉︎ 何故何も起きないと思える⁉︎」

「あら、セディ。だってルイーゼが視た事は必ず起きるんでしょ? ならそれが消えたと言う事はその未来自体が無くなったから視えなくなったと考えるのが普通じゃないの。ルイーゼとリオン君の話によれば見た出来事は絶対に起きる――逆に言えばもう起きないから見えなくなったのよ」


「え……でも叔母さん、リゼの英雄魔法が発動したって事は何かが起きるからで、それが解決したって言われてもすぐに納得出来ないんですけど」

「それは多分、シルヴァンが友人やアンジェリンを引き連れてやって来るかどうかが運命の分かれ目だったのよ。そのコレットさんと顔を合わせてやり取りしたから未来が変わったと言う事ね」


 それを聞いてリオンもお父様と同じく呆然とした顔に変わる。お母様のお話を聞いて私も少し驚いたものの、やっと腑に落ちた気がした。


 ジェシカ先輩の事件はあの時まで結果が確定していなかったからあの場面になるまで物事が進んだ。私とリオンがそれを変える為に色々と動いた結果だけどそもそも展開を知っていたから出来た事も多い。その所為でかなり状況は変わったけど確実に未来は変わった。


 起きる出来事は極端に変化しない。真っ直ぐ進んでいた出来事が直角に折れ曲がる事はない。少しずつ、少しずつ――些細な出来事の積み重ねで未来は変化する。弓矢で的の中心に当てられるのは何も問題がなく狙えた時だけだ。妨害しても当たる場所はそれ程変わらない。だけどその妨害が早ければ早い程、到達する位置は大きくズレる事になる。それが些細な事でも大きく逸れて的自体にすら当たらない事だってあるんだから。


 全員が黙り込む中、お母様は苦笑する。


「……本当にね。英雄の血を受け継ぐと皆、自分だけが未来を変えられると思って背負い込んでしまうのよね。でもね、未来なんて人間がどう動くかで決まるのよ。その為に英雄みたいな特別な力は必要ないのよ」

「……お母様……」


「……レオボルトも同じね。どうして相談してくれないの。もし相談してくれていたらルイーゼも辛い思いはしなかったわ――だけどシルヴァンがそこまで気の利いた事を自分から出来るとは思えないわ。ルイーゼがあの子に相談なり話をしていたのではないの?」

「はい……私だけじゃもう、どうすれば良いか分からなくて……」


「そう、やっぱりね――ルイーゼ、巻き込まない為に頼らないのはもう止めなさい。貴方が自分達だけで解決しようとしなかったから今回の事件は無くなったのよ。そう言えば……ルイーゼを今まで観劇に連れて行って上げた事が無かったわね。身体が弱くてそれ処じゃなかったから」


 だけど突然お母様がそんな事を言い始めて私は首を傾げる。演劇の舞台を見る事がどう言う意味なのか全然分からない。だけどお母様はそんな私を見て首を傾けて笑った。


「……あのね、ルイーゼ。舞台に立つ役者達だけでは物語の展開を大きく変える事なんて出来ないのよ。役者は舞台を見ている観衆の反応を見て言い回しを変えたり抑揚をつけたりするの。要するに舞台に立っている貴方やリオンだけじゃ変えられる事は殆どないと言う事よ」

「…………」


「今回貴方は舞台に立っていないシルヴァンに相談して、あの子がお友達の皆さんに声を掛けてくれたから未来が大きく変わったのよ。ルイーゼにとってお母様は観客の一人かも知れない。でもだからこそお母様を頼って相談してくれれば変えられる事もあるのよ」

「……お母様……」


「それに前にも言ったけれどお母様を巻き込まない様にしようとしないで頂戴。私は貴方のお母様なんだからもう巻き込まれているのよ。自分の子が大変な事になっていて苦しまない親なんていないんですからね?」


 私は思わず席を立つとお母様の隣に行って抱きつく。そんな私を抱き返してお母様は髪を優しく撫でてくれた。


 この前、シルヴァン達に言われた事がやっと分かった気がする。自分の事だからと私は本当の意味で周囲に頼ろうとしなかった。自分が死ぬ結末を変えたいのなら自分の力だけじゃ絶対無理だ。運命を変えるには自分の力だけじゃ小さ過ぎて殆ど変わらない。最初からもっとこうやって頼っていれば今まで起きた嫌な出来事だって全部回避出来ていたかも知れない。


 本当にルーシーが言った通りだ。私なんて周囲が勝手に動いてくれると期待してるだけのクソ雑魚だ。そりゃあ自分から何もしてないんだもの。


「……お母様は凄いね。英雄の魔法も使えないのに」


 私がそう言うとお母様は笑う。


「そりゃあね。これでもルイーゼのお母様は昔は賢姫と呼ばれていた事もあるお姫様だったのよ? 大体英雄一族のお父様と結婚するなんて大変な事が普通の女の子に務まる訳ないじゃないの」

「……うん……」


「それに私は貴方のお母様なんですからね? 貴方が真っ先に頼るべきはこの私なのよ。子供が親に頼るのに遠慮なんて必要ないんだからね?」


 そう言われて私は素直に頷いた。もしかしたら日本の記憶があった所為なのかも知れない。私はここでは異物で、だからこそ大好きなお母様には迷惑を掛けられない。綺麗な部分だけを見せようとしていたのかも。


「……一応、お父様もお父様なんだがな……」


 そばで聞いていたお父様が少し不満そうに苦笑している。さっきまでの深刻な空気が綺麗に霧散している。そしてリオンも何か思う事があったのか少し物憂げだ。


「……叔母さん、叔父さん、ちゃんと相談出来ていなくて本当に申し訳ありませんでした。確かに僕らは自分達だけで何とかしようとし過ぎていたのかも知れません。今度からはちゃんと相談しようと思います」


 リオンがそう言うとお母様は顔をあげて笑う。


「そうね。クローディアもね、いつもリオン君の事をとても心配しているのよ? まあ表立っては何も言っていないけれど。親にとって手の掛かる子供は本当に心配な物なのよ。だからもっと頼ってあげなさい?」

「……はい。分かりました……」


 珍しくリオンは唇を噛みながら素直に答える。だけど私は久しぶりにお母様に甘えるみたいに頬を膨らませた。


「……お母様。それって私は凄く手の掛かる面倒な子って意味?」


 だけどそう言うとお母様は楽しそうに笑うと私をそっと抱きしめた。


「あら、ルイーゼもそうだけどレオボルトもそうよ? 二人共本当に手の掛かる大変な子だわ。やる事為す事全部が英雄の規模だもの。だけど子供がそうだと言う事は親はそれ以上ですからね。お母様と貴方は親子なのですもの、遠慮なんかせずにこれからはもっと頼って頂戴」


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