184 赤い炎
コレットが自室に戻ろうとした時入れ違いにリオンとクラリスの二人が戻ってきた。だけど二人――特にリオンはコレットを見て驚いて固まる。
「え……あれ⁉︎ なんでコレットさん、もう戻ってるの⁉︎」
「あ、リオンさん。色々ご迷惑をお掛けしました。何事もなく戻って来る事が出来ました。本当にありがとうございます」
「……あ……そうなんだ……?」
だけどそう呟きながらやっぱりリオンは怪訝そうな顔に変わる。それで私はコレットが部屋から出て行った後に首を傾げて尋ねた。
「……どうしたのリオン? 何か気になる事でもあるの?」
「え、いや……審問会って三日――実質二日程度で解放される筈が無いんだけどな。イースラフトの場合だと最低でも一月近くは拘束される筈なんだけど……三日で終わるだなんて普通あり得ないんだよ」
「まあそれは多分グランドリーフも同じだと思うよ? だって私もかなりびっくりしたもん。一〇日から二〇日は帰って来れないって聞いてたから心配してた訳だしね。でもお父様が最初に釘を刺したみたい。コレットを泣かせたり虐めたりしたら審問会は終了、って」
だけど私がそう答えるとやっとリオンは腑に落ちた顔に変わった。
「……そうか、叔父さんが英雄魔法を使ったんだな……」
「え? でもお父様、そう言う事はしないと思うけど」
私がそう言うとリオンは首を横に振る。
「英雄魔法って自分の意思で操作出来るとは限らないんだよ。リゼだってある程度は自分の意思で使えるけど勝手に発動する事あるだろ? この前の青い世界もそうだしコレットを見送る時だって赤い炎が出てたよね?」
「え……うん、それはそうだけど……」
「こっちのアレクトーは範囲型の英雄魔法が多いんだよ。レオボルト義兄さんもそうだっただろ? リゼの英雄魔法はちょっと違うけど時間って言う世界を読み取るって考えれば範囲とも言えなくない。まあイースラフトのアレクトーは特殊型が多いからどっちにも似てるんだけどさ?」
それは初めて聞いた話だった。レオボルトお兄様の英雄魔法は確か絶対無効化領域で一族全員が使える魔法無効化より強力だ。英雄魔法の発動自体も完全無効化してしまうから『英雄殺し』とも言われる。一見凄い英雄魔法だけど実際は単に魔法を完全に使えなくするだけで本人達の純粋な技量だけの勝負に持ち込む、ある意味かなりストイックな能力だ。勿論私やリオンみたいに魔法として発動しない英雄魔法には効果が無いから完全に無効化出来る訳じゃないけど。
でもリオンの言う通りならお父様の英雄魔法も範囲魔法って事? そんな話は聞いた事がない。元々お父様は自分の英雄魔法がどんな物なのかをお話した事自体ないけど、あのお父様がその力を審問会で使うだろうか。
「……リゼの話を聞く限り、多分叔父さんの英雄魔法は範囲型だ。英雄は余り自分の力を話さないんだよ。魔法の性質によっては対策される事もあるからね。例えばレオボルト義兄さんだと結局本人の戦う力だけの勝負になるから技量で勝る相手には不利になるから『英雄殺し』なんて仰々しい名前で相手を萎縮させる。萎縮した相手は普段の力を出せないからね」
「じゃあ……お父様は何をしたって言うの?」
「分からないよ。聞く限りだと精神干渉系な気もする。宣言する事で効果が出るのか、何もしなくても効果があるのか……英雄魔法なんて使ってる本人でも理解しきれないからね。だけど少なくとも叔父さんがコレットを守ろうとして審問会の偉い人達から毒気を奪ったのは確実だと思う。相手の気力を削ぐ力と言われても僕は納得するよ?」
流石に私もそれには何も言えない。だってお父様の能力がどんな物なのかなんて考えた事もなかったし。でも英雄魔法を使ったにしろ使わなかったにしろ、お父様が実際に言った通りにコレットを守ろうとしてくれた事だけは間違いない。だけどそんな時、不意にリオンが話題を変えた。
「それより――リゼ、あの時に何を見たの?」
「えっ? あの時?」
「コレットが連れて行かれる前、抱きついた時だよ。前にセシルと手を繋いだ時みたいに魔法が発動しただろ? 前は青い炎だったけど今回は赤い炎だった。あの時一体何が見えたの?」
だけど私はすぐに答えられなかった。だってあの時、確かに何かが見えそうになったけど一瞬で消えてしまったからだ。何か人影みたいな物が見えた気がするけど特に何か分かる様な物は見えていない。それで返答に困っているとそれまで黙っていたクラリスがリオンの袖を引っ張る。
「……リオンお兄ちゃん。あの時私も見てましたけど、お姉ちゃんは殆ど何も見てません。何か見え掛けてましたけどいきなり消えたんですよ」
そうか、クラリスの魔眼ならそれも分かるんだ。だけど私自身が認識出来ていない事はクラリスにも見えない。英雄の魔法自体には干渉出来ないけどそれを見て私が認識、思考した事は魔眼でも捉えられる。
「……リゼ、それは本当?」
「……うん。あの時、何かが見えそうだったんだと思う。だけどシルヴァンの声が聞こえた瞬間、それが全部無かった事みたいに消えたの」
「ああ、声を掛けられた時か。だけど前に青い炎が出た時は身体を揺すっても声を掛けても反応しなかったのに。一体どうしてだろう?」
「うん。多分あの時私、気絶しそうになってたんだと思う。だけどそれも声を掛けられた瞬間、全部嘘みたいに元に戻ったんだよね」
それで私達三人は考えた。だけど考えた処で答えなんて出ない。それで最後には諦めた様にリオンがため息混じりに呟く。
「……仕方ない。リゼは何が見えそうだったのか思い出せる範囲で構わないから頑張って思い出して。多分叔父さんがあの時の事を聞きに来る筈だからさ。その時までは取り敢えずこの事は保留にしておこう」
そう言われて私は頷くしか出来なかった。




