183 お父様パねぇ
「……え、あれ? コレット、もう帰ってこられたの?」
「はい、お陰様で何事もありませんでした!」
コレットが審問会に召喚されて三日目、突然彼女は帰って来た。見送った時は悲壮感に溢れていたのに帰ってきた彼女は凄く明るい。どうやら帰ってきて真っ先に私に会いに来てくれたらしい。部屋に入って貰ってお茶を出すと私はコレットに尋ねた。
「だけど……審問会って一〇日から二〇日位掛かるって聞いてたんだけどなんでもう帰ってこれたの?」
「それは全部、おじ様のお陰です!」
「え、おじ様って……私のお父様の事?」
「はい! おじ様、本当に凄かったんですよ!」
嬉しそうにはにかむとコレットは話し始めた。審問会に到着してお父様は真っ先に宣言したそうだ。曰く――
『――コレット・モンテール嬢には協力の為に来て頂いた。各人それを忘れない様に。もし彼女を脅したり精神的に追い詰めて泣かせた場合、その時点で審問会は終了と判断して私は彼女を即座に家に返す物とする』
そんなお父様の宣言に審問会のお歴々は慌てたそうだ。普通、審問会は非常に厳しい事で有名で例え相手が女子供でも容赦しない。特に今回は王国反逆罪に関わる案件だから苛烈を極める物だと容易に想像出来る。
だけどお父様にそう言われて議会の偉い人達は苦悩した末に国の英雄が提示した条件を飲んだ。その結果どうなったかと言うと、まるで幼い子供をあやすみたいな前代未聞の審問会が行われる事となった。
「……え、それで……具体的にどんな感じだったの……?」
「えとですね。実家にいた頃はどうでしたか、とか。実のお姉さんはどんな人でしたか、とか。物凄く丁寧に尋ねられたんですけど私、全然覚えてないんですよね。それにお姉さんって言われても顔も知りませんし」
まあその頃のコレットはかなりギリギリの状態だった筈だからまともに思い出せる事なんて無かっただろう。それにどうやらジーン・ノエルが実は姉、ベアトリスだった事も知らされていないみたいだ。考えてみたらその事はきちんとロックさんには話していない。あくまでクラリスの魔眼で分かった事で偽名が少し出た程度だ。デュトワ家の魔眼については殆どが知られていない筈だし確定的な情報として扱われなかったんだと思う。
「それで? 何か嫌な事とか尋ねられなかったの?」
「ええと……ボーシャン家の事を尋ねられましたけど、そっちの両親や姉とは顔を合わせた事もないので分かりませんし。それに私は使用人の方に言葉を教えて貰ったり良くして頂いたので」
「ああ……そう言えばそんな感じだったらしいね……」
「それをお話したら、何だか審問会の人達も凄く落ち込んだ感じになってしまわれて。それで一層親身になってお話される様になりました」
「……へ? 親身?」
「はい。何だか涙ぐまれる方もいらっしゃって。それで私、どう反応すれば良いか分からなくなって振り返るとおじ様が腕を組んで微笑んでいらっしゃったんです」
「…………」
「それから昨日も審問会のお部屋に呼ばれましたけど皆さんと一緒にお茶を飲んだりお食事するだけで美味しいか尋ねられただけです。何だか皆様とてもお優しくて驚きました。これも全部マリールイーゼ様のおじ様のお陰です。本当に有難うございました」
まあ……うん。コレットの事情は相当胸に来るから同情しちゃうのも分かるんだけど……それで良いのか国家機関。いやまあコレットをどんなに問い詰めた処で何も分からないのは分かってたし。それで分かる事ならクラリスに魔眼で見て貰う方が遥かに詳細に渡って分かる訳だから。
だけど……まじかー。お父様パねえ。流石国内外の子供達に大人気な英雄様なだけはある。うちのお父様は元々罪のない人には親切だし特に女性や子供に対しては凄く優しい。孤児院にだって出資してるし老若男女に関わらず絶大な人気を誇っている。多分イースラフトとこの国の英雄一族の中では一番人気があるかも知れない。アベル伯父様は強いらしいけどアクが強い印象で青年以上の男性人気しかないみたいだし。そんなコレットの話に呆然としているとそこへお父様がやってきた。
「――やあ、コレット嬢。今回はお疲れ様だったね。テレーズ先生にもすぐに授業に復帰出来る様に事情をお話してきたよ」
「まあ! 本当ですか、セドリック様!」
「ああ、だから安心すると良い。それに恐らく審問会に召喚される事ももうないだろう。もし何か困った事があれば娘のルイーゼや友人達に相談してくれれば良いよ――ってルイーゼ、何だい? 変な顔をして?」
……確かコレットって男性恐怖症気味だったよね? それが物凄く目をキラキラさせてお父様を名前呼び……これってもしかしてお父様に惚れてしまったんじゃないの? まさか娘と同い年の女の子を魅了するだなんてちょっと親として信じられない。
「……お父様って……結構節操ない女ったらしですよね……」
「はあ⁉︎ ちょ、ルイーゼ、お前は一体私を何だと思っているんだ⁉︎」
「だって……ねえコレット、コレットってお父様の事が好きよね?」
「えっ? え、その、私は……セドリック様を敬愛してますけど……」
「ほらね? まさか娘と同い年の女の子をたらし込むだなんて……」
「……え? あの、えっと、私は単に、尊敬申し上げているだけで……」
絶句するお父様と頬を赤くするコレット。うん、確かに恋愛については私は全然分かってない自覚がある。だけど恋してる女の子は実際ルーシーやセシリアを間近で見て来たんだよね。その経験から言うとコレットは何処からどうみても恋する乙女の顔になってます。お父様もう五〇歳位の筈なのに十五歳の女の子落としてどうすんの。いやまあ確かに窮地を救って貰った訳だし男性恐怖症でも凄く頼りになるとは思うけどさ。
考えてみたらうちってお父様もお兄様も女性の受けが異様に良い。顔が柔和で優しそうな美形といえばそうなんだけど、それでも節操なく女性を虜にするのはちょっとどうかと思う。それでジト目で見ていると耐えられなくなったのかお父様は声を上げた。
「ちょ――ルイーゼ! 私はクレア一筋だよ! それにお父様をまるで汚い物を見るみたいな目で見るのは止めなさい! なんか傷付く!」
「……えー……」
「大体、困っている子供や女性を助けるのは男としての義務だろ⁉︎ まして私は英雄なんだから見捨てたりなんて出来なくて当然じゃないか!」
「でも……節操なく愛想振り撒く男の人って皆そう言うみたいだしー」
「り、理不尽だ! お父様やりきれなくてもう泣きそうだよ!」
そう言うお父様は本気で泣きそうな顔になっている。それで私は思い切り笑った後でニッコリと微笑んだ。
「……お父様。コレットを守ってくれてありがとう。きっと普通はこんな簡単に済む事じゃないと思う。だからお父様が頑張ってくれたお陰ね」
「……はあ、何か疲れたよ。今日はもう私は帰る。コレット嬢、もし何かあればこの子に相談しなさい。ルイーゼ、詳しい話はまた後日だ……」
そう言ってお父様はとぼとぼと力無く部屋を出て行く。残された私とコレットはお互い顔を見合わせると吹き出した。コレットは頬を赤くしながら笑っているけど目尻に薄っすら涙が見える。きっとお父様とシルヴァン達が頑張ってくれたお陰だ。私だけじゃ絶対こうはならなかった。
だけど……あの時見えたあの赤い光景は何だったんだろう。一瞬だけど女の人みたいな影が見えた気がする。だけどそれが誰なのか分からない。
そんな事を思いながら私はコレットと二人だけのお茶会を続けた。