182 振る舞いと立場
「――それで? シルヴァン、どう言う事なの?」
「ん? 何が?」
コレットを見送った後、リオンの部屋に集まって早々私はシルヴァンを問い詰めていた。だけどシルヴァンは一体何の事か分からないらしく首を傾げている。
「どうして皆、それにお姉ちゃんまで来てるのよ? 大体なんで皆正装でばっちり決めてるの? 私、状況が全然理解出来てないんだけど!」
だけど私がそう言うとシルヴァンは頭を掻きながら苦笑する。
「いやあ、マリーから事情を聞いて多分、コレット嬢に対する風説を止めさせたいんだろうなと思って。それならコレット嬢がアカデメイアで上流貴族の僕達と友人関係で疑惑じゃなくて協力って見せた方が良いかなと」
「……それは……確かにそうだけど!」
「それにさあ。あのマリーが半泣きでお願いして来たんだよ? あの誰にも頼ろうとしないマリーが、それも半泣きで。そりゃあ皆お願いされたいって思って当然だと思うけど?」
「は、は、半泣き⁉︎ それに……私が頼ろうとしない⁉︎」
「まあ冗談は半分にしといて今回こうした理由を説明しとこうか」
「……半分は本気なんだ……」
こうして不満そうに頬を膨らませる私にシルヴァンは教えてくれた。
今回、コレットが受ける問題は風説による悪い評判だ。その所為でモンテール子爵家の名前にも傷がついてしまう。そうなればコレットは家の評判を著しく傷付けた令嬢になってしまう。そこでシルヴァンはどうすればコレットが悪評ではなく好意的に見られるかを考えたそうだ。
「――まあ、上流貴族が懇意にしていて犯罪者としてじゃなく協力者として召喚されたなら悪い噂は立たないだろ? どうせ噂を流されるのなら良い噂の方が良いしね」
「……じゃあ、なんで皆思いっきり正装なのよ?」
「そりゃあその方が目立つからだよ。噂を流す生徒は遠目にしか見てない訳だからさ。こう言うのはしっかり誰か分かる位にした方が良いんだよ」
「それじゃあなんでお姉ちゃんまでいるの?」
「僕は王家の人間だと認識されてるけど残念ながら知名度はそんなに高くないからね。それなら姉上に話して顔を出して貰う方が早い。流石にあんな演説をぶちまけるとまでは思ってなかったけど、あれのお陰でコレット嬢の悪い噂は流れないと思うよ。むしろ王家に協力的で審問会への召喚もあくまで協力者として請われたとアピールになったんじゃないかな?」
そう言われて私はアンジェリン姫を見つめる。お姉ちゃんはいつもにも増して機嫌が良い。それで私と視線が合うとニッコリ笑った。
「マリーには本当に迷惑を掛けちゃったしね。シルヴァンの考えも中々良かったから例えどんな悪い事でも手伝おうと思ってたのよ」
「悪い事って……そんな事しないってば……」
「でもね? マリーが泣きそうな顔でお願いっていうのをシルヴァンだけが見られたのはちょっとズルいと思うのよ。私だってそんな風にお願いされた事なんてないのに。だから次に泣きそうなお願いは私にしてね?」
「な、泣いてません!」
と言うかこいつら全員、私が半泣きだったから集まったのか? それに普段から助けて貰ってるしお願いだってした事あると思うんだけど。どうもそれが気になって私は二人で話しているセシリアとルーシーを見た。
「……ねえ、セシリア、ルーシー。私ってそう思われてるの?」
「えっ?」
「お願い、正直に言って。私ってそんなにお願いしてないかな?」
そして私がそう言って詰め寄るとセシリアは視線を逸らして言った。
「……ええと……お願いする事を知らない、可哀想な子……みたいな?」
「ちょ! 私って誰かにお願いする事も出来ないと思われてるの⁉︎」
流石にこれは精神的にかなり来る。おっかしーなー、私って結構皆に頼ってる筈なんだけど。もしかして頼るのとお願いって別物なの? そして微妙な沈黙に耐えられなくて今度はルーシーを見た。彼女は物凄くニコニコしていて上機嫌だ。そしてルーシーが言ったのは――
「――お願いしなくても勝手にやってくれると思ってる天然クソ雑魚⭐︎」
「ぐふぅっ……」
ルーシーの笑顔で毒舌は心に刺さる処か貫通した。え、私ってそんなに皆にお願いしてない? だけどルーシーって言い方はアレでも時々核心を突いてくるんだよなあ……それに私って結構甘やかされてるし気付いてない事もあるのかも知れない。そう思うと全然否定出来ない。
「……そうだな。マリー様は相談はしても頼む事は殆ど無いな」
「……そうですね。マリーさんは全部自分で解決しようと動きますし」
ヒューゴとバスティアンもフォローするみたいに言ってくれるけど全然フォローになってない。それで半ば涙目になってリオンに視線を向ける。
「……まあ、リゼは昔からそうだよ。基本的に自分で出来る事は全部自分だけでやろうとするし。お願いの相手が僕じゃなくてシルヴァンだった事がちょっと不満ではあるけどね?」
「……リオン、僕の所為じゃないだろ? 怖いから睨むなよ……」
「別に怒ってはいないよ? ただ、毎回僕が何をしてもリゼの方から頼ってくれる事ってないからさ。だからルーシーの理屈にも納得はしてる」
否定してくれると思ったら逆に肯定されてしまった。でもさあ、自分で出来る事は普通自分でやるじゃない? 自分で出来るのに誰かに頼んだりお願いするのって違うじゃない? 私だって自分で出来ない今回みたいな状況になれば頼るしお願いだってしてる訳じゃん。それをお願い出来ない可哀想な子とか勝手に周囲がやってくれると思ったりはしてないよ?
「……でも、成程なあ。確かにマリーはそう言う部分を分かってない気はするね。それが貴族らしいのに貴族らしくない処かも知れないな」
悩んでいると不意にシルヴァンが納得した顔で呟いた。だけどそれがどう言う事なのか分からない。それでじっと見ていると彼は話し始める。
「例えばさ。マリーは貴族らしい振る舞いは出来るんだよ。だけど立場を使って誰かに任せたりしない。勿論自分で出来る事は全部自分でやる貴族は結構いる。あのコレットって子の両親、モンテール子爵みたいにね?」
「……だよね。普通、自分で出来る事は自分でするよね……?」
「でもさ、貴族って誰かに任せなきゃいけないんだ。特に将来部下が出来た時にその部下に任せないと『自分は任せられない位無能なのか』って苦悩する人だって出てくる。要は振る舞いと立場の使い方は知っておく必要があるって事だよ。英雄一族は全部自分でやっちゃう処がある所為かも知れないけどね。そう言うリオンだって似た処はあるだろ?」
「……え、僕も?」
「そうだよ。最近はだいぶマシになってきたけどね。部下じゃなくて友人でも似た事は多いんだよ。君達が僕らを助けてくれるみたいに僕達も君達を助けたい。だけど君達は勝手に解決して助けさせてはくれないんだ」
「それは……僕も余り考えてなかった。ごめん、シルヴァン、皆……」
「ごめんなさい。そんなの、私も考えた事がなかったよ……」
まさかこんな話になるだなんて思ってなかった。だけど確かに言われてみればそうだ。私だって今回、コレットの為に色々動こうとしたけど逆にコレットが私の為に出来る事は何もない。きっと頼る事もしない。だけどそれだとコレットは助けられた恩義だけで悩む事もあるかも知れない。
「まあ分かってくれれば良いよ。二人とも振る舞えるのに立場の使い方が物凄く下手だからね。それに今回は王族の僕を頼ってくれて良かった」
そう言うとシルヴァンは少し嬉しそうに笑った。