181 シルヴァンの作戦
翌日の昼過ぎ、アカデメイアに王宮から馬車がやってきた。コレットを審問会に召喚する為だ。そしてモンテール子爵夫妻もアカデメイアに足を運んでコレットを待っている。正門を入った広場は物々しい空気に包まれて生徒達も何事かと黙って見つめている。そんな中私はお父様、リオン、クラリスと一緒に到着した馬車の手前で待っていた。
当然そんな状態だからアカデメイアの生徒達も見ている。実家に帰さず騎士が随行する馬車が直接アカデメイアに来たのは逃亡させない為と言う噂が既に校内でも囁かれている。事情は一切漏れていなくても連行されるのを見れば絶対コレットが何かしたと思うだろう。一番危惧していた状態になりつつあった。
昨日あの後、私はリオンとクラリスの二人と相談した。だけど対処方法が全く思いつかない。それでシルヴァンに相談する事になった。だけど私の話を聞いて彼は少し考えると『分かった、準備しておく』とだけ言って足早に何処かに行ってしまった。それから彼の姿を見ていない。
結局、私はコレット一人すら守れない。そう思うと胸が痛い。公爵家の娘と言っても何か出来る訳じゃない。そんな無力感に苛まれながら待っているとテレーズ先生に連れられたコレットが姿を現した。
コレットは真っ白な血の気の引いた酷い顔色で俯いている。召喚状にはきっと自分が呼ばれる理由も全部記載されている。つまり彼女の実姉が王国反逆罪の容疑者で殺人事件にも関わっている事も全部。殆ど何も知らないのにその事を問い質される。知らないから答えられないのに黙っていれば余計に疑われる。それは実質自分も犯罪者扱いを受けると言う事だ。
待っていたモンテール夫妻は痛ましい顔でコレットを抱き寄せる。でも彼女は顔を上げない。その代わりに小さな声が聞こえてくる。
「――お父様、お母様、申し訳ありません」
「何を言ってるんだい、コレット。お前は何も悪くないだろう?」
「ですけどこのままじゃ家の名を汚す事になります。もし私の所為で家に泥を塗る事になれば私を切り捨てて下さい。私はお父様とお母様にご迷惑をお掛けしたくありません」
「……バカな事を言うのは止めて頂戴コレット。貴方はこれからも私達の可愛い娘なのだから、幾らでも頼って頂戴」
そして彼女は両親とそれぞれ抱き合うと次にテレーズ先生に連れられて私の処にやってきた。これで話が終わればもうコレットは連れられて行ってしまう。シルヴァンは一体何をしてるの? 全然間に合ってないし!
「……マリールイーゼ様、色々とご迷惑をお掛けしました」
そう言って彼女は頭を下げたまま動かない。きっともう彼女は全部を理解してしまっている。私が殺されかけた事、その犯人を裏で操っていたのが自分の実姉である事も。当然私は彼女が実姉の事を全く知らない事を知っている。なのに何も出来ない。彼女を励ます位の事しか出来ない。
「……顔を上げて、コレット。それに私、貴方に謝られる様な事は何もされてないでしょ?」
「……でも……」
「まだ貴方が私を友達だと思うのなら先ず顔を上げて。それにコレットが何も悪い事をしてないのは分かってる。だから胸を張りなさい!」
私がそう言うと彼女は顔を上げて儚げな笑みを浮かべる。もう今にも死んでしまいそうな表情だ。もしかしたらこのまま彼女は自分で命を絶ってしまうかも知れない。だからそうならない為にも出来る事をしないと。
「……大丈夫、私は一緒に行けないけどお父様が一緒だから」
「……え……お父様?」
そこで初めて彼女は驚いた顔に変わる。隣に立っているお父様がにっこりと笑みを浮かべる。
「君がコレットだね。私はマリールイーゼの父でセドリックと言う。娘は君についていくと言ったがそれは出来ない。その代わり私が一緒に行って君の安全を守ろう。だから安心しておくれ」
「……マリールイーゼ様は英雄様のお嬢様だったんですね。英雄様がわざわざいらっしゃっているのはそれだけ大きな事件だったからだとばかり思っていました……」
それで私は隣のお父様を睨む。英雄が出張ってきた所為でアカデメイアの生徒も大事件だと思っているだろう。英雄と言う立場はそこにいるだけで物凄く大きな影響力を持つ。そんなお父様が来た所為で余計にコレットの立場が悪くなる。私の無言の抗議にお父様は困った顔で笑った。
「……ある意味そうとも言えるがそれはコレット嬢、君が逃亡する事を忌避してでは無くむしろその逆だ。君は今、唯一詳細を知る証人だ。だから命を狙われる可能性がある。私は裁く為ではなく守る為にいるのだよ」
「……お父様、なんか言い訳臭い……」
「おいおい、お前は私を何だと思ってるんだ? 英雄は原則守る為にしか行動しないんだよ。これは綺麗事じゃなくてね。英雄が攻める側に回れば一方的な虐殺にしかならない。だからそう言う制約を掛けているんだよ」
そんな私とお父様のやりとりにコレットは小さく笑う。
「……ふふ……でもマリールイーゼ様。私が友人だと言って下さって本当に有難う御座います」
「私は友達を見る目があるからね。だから全然大丈夫よ」
「でも……もしそれでマリールイーゼ様のお立場が不味くなる様でしたらすぐに切り捨てて下さい……それでも私は何も文句はありません」
だけどそれを聞いて流石に私も顔色が変わった。コレットは自分が不要になる事を受け入れてる。元々実家で扱われた様に自分の存在が消えても構わないと思っている。自分には存在価値がないと考えている。
それでも自分が大事に思う相手には自分を切り捨てろと言う。きっとコレット自身は切り捨てられないけれど相手に迷惑が掛かる位なら見捨てて欲しいと望んでいる。だけどそう思うのなら抗って欲しい。
「……コレット。貴方は私の友達なんだから、最後まで諦めないで」
「……え……マリールイーゼ、様……?」
そう言って彼女に抱きつくと驚いた顔に変わる。だけどその瞬間、私の視界が突然真っ赤に染まった。そんな私の顔を見てリオンとクラリス、そしてお父様が驚いた顔に変わる。
これは……あの時、婚約パーティの時と似てる。あの時は真っ青な世界だったのに今回は真っ赤だ。意識が持っていかれる――だけどそう思った時、不意に背後からよく見知った声が聞こえてきた。
「――マリー、お待たせ。コレットの見送りに駆けつけたよ」
それはシルヴァンの声だ。その途端にいきなり目の前の赤い色が一瞬で消え失せる。まるで何かを見ようとしたのを突然中断されたみたいだ。
「……シルヴァン……それに……皆も……」
ゆっくり振り返るとシルヴァンの他にバスティアンとヒューゴ、それにセシリアとルーシーの姿が見える。それだけじゃなくてマリエルとレイモンド、マティスとセシルまで揃っている。そして何とアンジェリンお姉ちゃんの姿まであった。
だけどマリエル達は普通の服装なのにそれ以外は全員が正装だ。まるで舞踏会に出掛けるみたいな格好でセシリアとルーシーは髪を上げてきちんと結っている。明らかにそこだけが周囲の世界とは空気が違う。皆はコレットの前に来ると、最初にアンジェリンお姉ちゃんが言った。
「――コレットさん。私は貴方の実姉を正直恨んでいます。ですがこの子が貴方を友と呼ぶのなら貴方は無実でしょう。もし貴方が実姉と関係がないと言うのであれば毅然としなさい。そうする限り、私も貴方を友人として助ける事を誓いましょう。どうですか、約束出来ますか?」
「え……アンジェリン、姫殿下……⁉︎」
「どうなのですか?」
「はい。私はモンテール家の娘でボーシャン家と関係ありません」
「よろしい――皆様、彼女コレット・モンテールは私の友人で疑われる事は何もしておりません。どうぞ彼女を支持して上げてくださいな!」
突然見守っている生徒達に向かってお姉ちゃんは声を掛けた。それだけでそれまであった嫌な空気が変わる。そこで次々と私の友人達がコレットに声を掛けていく。それまで連行される犯罪者みたいな視線が明らかに別の物へと変わる。セシリアやルーシーはコレットを抱き寄せて笑顔を浮かべると耳元で励ます言葉を送る。そうして最後にマリエルとレイモンドが彼女の前に立つと手を取った。
「……コレット、大丈夫だよ。ルイちゃんのお父さんは英雄だし間違った事なんて絶対しないから。それにコレットにお話を聞かせて下さいって言ってるだけでしょ? 大事に扱われなかったら帰って来れば良いよ」
「……マリエルさん……」
「……コレット。俺はこの国の人間じゃないから偉そうな事は何も言えんが助けが必要ならいつでも言え。最悪、俺の国に連れて行って俺がお前を一生養ってやる。必要ならお前のご両親も一緒にな?」
「……レイモンド、さん……」
どうやらマリエル達はシルヴァンに声を掛けられたから来た訳じゃ無いらしい。元々マリエルはコレットと友人になっていたしレイモンドも最近マリエルと一緒にいる事が多いから知人なんだろう。
そして護衛の騎士達の態度も明らかに変わった。何せ自国の王女と王子が揃って見送りをしている訳で下手な態度は取る事が出来ない。王族が丁寧に見送る状況の中ではコレットをぞんざいに扱う事なんて不可能だ。
「……コレット嬢。そろそろお時間ですので馬車にお乗り下さい」
「……え? あ、はい……」
「大丈夫、ご安心下さい。我々は貴方の護衛の為にいます。それと……モンテール子爵殿。お嬢様をお預かり致します。どうぞご安心を」
それを聞いてモンテール夫妻も固まっている。まさかコレットが王家や辺境伯家、伯爵家と繋がりを持っていると思わなかったのだろう。だけど流石有名な子爵家だけあって子爵は目を細くしてコレットに笑い掛けた。
「……コレット、待っているからね。だから行って来なさい。お前は私達の大事な娘なんだから。モンテール家にふさわしい態度を示しなさい」
「……はい、お父様。お母様も……行って参ります」
そう答えるコレット。だけどさっきみたいに感情が麻痺した顔付きじゃない。穏やかな表情で全員に向かって頭を下げると彼女は開かれた馬車の扉に入っていく。そんな様子を見ていたお父様は隣のリオンに尋ねる。
「……リオン。さっきのがルイーゼの英雄魔法か?」
「ええ、そうです。でも前と違って赤い炎と火花でした」
「そうか……もしかしたらコレット嬢はルイーゼの将来に影響があるかも知れないと言う事だな。ならば余計に彼女も守らねばならんな。取り敢えずルイーゼ、戻った後に詳しい話を教えておくれ。良いね?」
そう言うとお父様は馬に跨る。騎士達とお父様に周囲を護衛されながら馬車が離れていくのを、私と友人達は見えなくなるまで眺め続けた。




