179 殺せる人間
あれからレンジャーギルドがコレットに関して調査した結果をリオンの部屋で聞く事になった。待っていたのは目を覆いたくなる様な現実だ。彼女が養子に出されるまでどんな生活をしてきたのかを知る事になった。
コレット・ボーシャンはボーシャン子爵家に生まれた。だけど先に産まれた姉に全てを託して妹は放置された。もしコレットが男の子だったら話はまた違ったかも知れない。だけど彼女は彼女だった。
幼い頃からコレットは小さな部屋に閉じ込められて使用人達が面倒を見ていた。流石に不憫に思った使用人の一人が彼女に言葉や文字を教えて最低限普通の人間として成長する事が出来た。使用人の殆どは後に起きた火災で亡くなっているけど一人だけ生き延びていた。レンジャーギルドは彼女からコレットについて情報を得たらしい。
そして一家が滅びる前に彼女はモンテール家に引き取られた。理由はモンテール夫妻に子供がいなかったから。だけどコレットはまともに感情を表せない子供だったらしい。最初の内は本当に酷い状態だったそうだ。彼女が今みたいに普通になれたのはモンテール子爵夫妻の愛情による物だろう。
「――とまあコレット・モンテールに関してはこんな感じだ。それと現在彼女に接触した『ジーン・ノエル』と言う女を探しているが未だ発見に至っていない。貴族の中にはその名前がないから偽名かも知れんがな?」
ロックはそう言うと深いため息をついた。クラリスは今にも泣き出しそうな顔で黙っているしリオンは物凄く怒っている。私もまさかコレットがそんな過酷な扱いを受けてきただなんて思っていなかった。そしてそんな彼女が未だ利用されている。それだけは本当に許せない事だった。
「まあ、けど今回は一人でも見つけてくれて感謝してる。ギルドの方じゃ尻尾すら掴めてねえしな。後はそのコレットって嬢ちゃんに事情聴取して何か知ってる事が他にないか聞く位だな」
だけどそれを聞いて私は俯いていた顔をあげた。
「……ちょっと待って、ロックさん」
「……あん?」
「コレットに事情を聞く、って……連行するって事? あの子は自分が利用されてる事も知らないのに? そんなの意味ないでしょ?」
「いや、あのな嬢ちゃん。今回の事はそもそも王国の進退にも繋がる国難って奴だぞ? それに関わってるだけで大っぴらにしょっぴかれても文句が言えねえ状況だ。それを協力って形に抑えるだけで相当な譲歩だぞ?」
「でも! それってモンテール家にも関係するでしょ? もしそれで迷惑が掛かると思ったらきっとコレットは自分から身を引くかも知れない」
「……身を引くって……そりゃあどう言う事だ?」
だけど私は答えられなかった。きっとコレットは今の両親に物凄く感謝しているし尊敬もしている。そんなの少し話せばすぐ分かる。そんな彼女が自分が迷惑になると思えば下手をすれば自殺してもおかしくない。
黙り込む私とロック。だけどそんな時、不意にリオンが口を開いた。
「――あ、そう言えばなんだけどさ。リゼ、コレットに話を聞いた時相手のジーンって女の外見をやけにはっきり言ってたよね? 確かクラリスもそんな事は言ってなかったと思うんだけど、どうして分かったの?」
「んー? ああ……ふとね、思ったのよ。コレットに接触した人って多分コレットの事を知ってる人じゃないかって。それで昔、私と言い争いになった先輩の事を思い出したのよ。それで思わず言っちゃって。コレットの知ってる相手と似た感じみたいでホッとしたんだよね」
だけどそれを口にした途端、隣にいたクラリスが私の袖を掴む。
「……お姉ちゃん! その人の顔を思い出してみて下さい!」
「へ? え、いきなりどうしたの、クラリス?」
「いいから早く! 今すぐその人のことを思い浮かべてください!」
「え……う、うん……」
それで私は昔、お茶会講習で起きた事を思い返した。出来るだけ詳細に薄くなり掛けた記憶を振り絞りながら。だけどそんな私を見上げていたクラリスの顔が僅かに強張って俯いてしまう。何かを考え込んでいるみたいだったけどその顔色がみるみる青褪めていく。
「……ちょっと、大丈夫クラリス⁉︎」
声を掛けて肩を抱くけどクラリスは真剣な顔のまま答えない。そうしてしばらくすると不意に顔をあげてクラリスはロックに尋ねた。
「……ロックの叔父様。確か……遺体二人の内、一人はベアトリス・ボーシャンっていうご令嬢だった、って……仰ってましたよね?」
「お、叔父様……まあ、そうだ。両親の墓地の隣に埋葬されてる。だけど黒焦げの遺体だからな。本人の確認なんて当然、今更不可能だったぞ」
ロックの言うのも当然だ。だって数年前の話だし火災で焼損した遺体はきっと個人の判別が出来ない。この世界には魔法はあっても技術がそれ程発達していない。遺伝子の照合みたいな事は不可能なんだから。
だけどクラリスは青い顔のまま私を見ていった。
「……お姉ちゃん……コレットさんの知ってるジーンと言う人は、多分お姉ちゃんの知ってる先輩、です……」
「……え?」
「……お姉ちゃんの知ってるその人は少し若いですけど、どちらも左目の下にほくろがありました。コレットさんの思い出した人も同じです……」
いきなり過ぎて反応出来ない。それって……ジーン・ノエルって人は私が知ってるあのベアトリス・ボーシャンって先輩だって事? 本人の遺体はあるのに? 答えられずにいるとリオンがハッとした顔に変わる。
「……そうか! リゼ、クラリスはコレットの思い出した相手を見てるんだよ! だからリゼの知ってる顔を見れば比べる事が出来るんだ! そうか、僕もそのベアトリスって人の顔を知らないから気付かなかった!」
「……え……あ、そういう……」
「ちょっと待ってくれ。嬢ちゃん達、一体何の話をしてんだ?」
ロックが訝しんで尋ねてくる。だけどクラリスは彼に向かって今にも消え入りそうな声で言った。
「……ロックの叔父様。そのベアトリスっていう人と、周囲にいた同じ背丈の女の人で亡くなった人達の診察をした事のあるお医者様を調べられませんか? 歯の診察をした記録が少しでもあれば良いのですけど」
「んあ? そりゃまあ、関係者に関してはもう調べてあるから掛かり付けの医者はすぐ分かるが……」
「お願いします、すぐ調べて下さい。今の令嬢は必ず歯を診察した経験がある物です。それでご遺体と同じ歯の状態ならその遺体はその人です」
「……分かった! すぐに確認する!」
ロックの顔色がみるみる変わると慌てて部屋を飛び出していく。だけど私は今もまだ頭がついていかない。それで戸惑っているとクラリスが辛そうな顔で話してくれた。
「……お姉ちゃん。その先輩、ベアトリスって人は他の誰かを殺して自分が死んだ事にしたんです。だって死んで遺体があるのに本人がコレットさんと接触出来る筈がありませんから……」
「……え……あの人が……人を、殺した……?」
「そうです……その上、妹のコレットさんを騙してルイーゼお姉ちゃんの情報を聞き出してたって事になります。凄く怖い人です……」
それを聞いてやっと頭に意味が染み込んだ時、私は胸を押さえて床の上に膝をついてしまっていた。
胸が苦しい。
顔が強張る。
あの先輩が人を殺して入れ替わっていた。そして酷い扱いをした妹に別人として接触して私の事を聞いていた――そんなのもう理解出来ない。
「リゼ……ごめん、僕も遺体があるって聞いてベアトリスって人が犯人だと思ってなかった。それに――クラリスもごめん。一番辛い事をさせる形になって。お陰で誰が首謀者なのか分かると思う。本当に有難う」
リオンがそう言って私と私にくっついているクラリスを支える。きっとクラリスもこんな答えに辿り着くとは思わなかったんだろう。私と同じで顔を青くしながら必死にしがみ付いている。
同じアカデメイアで顔を合わせた事がある。そんな身近な処に目的の為なら平気で人を殺せる人間がいただなんて信じられない。そんなのもう、言い争いとか憎み合うって次元を遥かに超えている。私もクラリスも暫くの間は立ち上がれずにリオンに介抱される事になった。