177 監視者
結論から言うとコレット・モンテールは凄く良い子だった。
マティスが言っていた通りクラリスとよく似ている。クラリスは編んだ髪をぐるぐる巻いて留めているけどコレットは編んだ髪を両サイドに分けて留めている。性格も話の通り、クラリスが成長すればこんな風になるかも知れない。少し違うのはやたらと腰が低い処だろうか。自信無さ気でその分受け答えが丁寧だ。それに何より、自我が少し薄い気もする。
「――だけどいきなり知らない場所に連れて来られてコレットさんも大変だったんじゃない? マリエルってガンガン引っ張る処あるから」
「あ、いえ。だけど先生達の寮にお部屋があるなんて凄いですね」
「入学した時に男子寮と女子寮が空いてなかったの。それで私とリオンは婚約してる事もあってこの部屋になったんだよ。まあ先生と同じ寮だから問題ないだろうって事みたい。それに今は出てるけどクラリスって言う妹も一緒だからね? このお菓子もクラリスが作ってくれた物なのよ」
うん、嘘は言ってない。時系列が違うだけ。だけどこのコレットって子は物凄く普通の大人しい子だ。私の思い出にあるあの先輩とはまるで違う感じで棘が一切ない薔薇みたいだ。はにかんで笑う仕草が女の私から見ても凄く可愛らしいと思う。だけどやっぱり自我が薄い――と言うか彼女らしさを余り感じない。コレットと言う人間を前にしていると言うより顔が見えない品の良い貴族令嬢の女の子と話している様な印象を受ける。
だけどそれが彼女を物静かな印象にしている気がする。余り強い言い方をしないのは貴族っぽくない。貴族令嬢って大人しくても押しが強い印象が強いのは譲らない部分は絶対譲らないからだと思うし。
「……だけどマリールイーゼさんって聞いていたより凄く優しくて無邪気な感じですね。まるで権力とか知る前の小さな女の子みたいです。時々お見掛けしてましたけど他の人と何だか凄く違う感じがします」
それを聞いて私はすぐ後ろで神妙な顔をしているリオンを振り返った。
「……聞いた? 世間知らずとか天然とか皆言うけど、ちゃんと分かってくれる人もいるじゃない!」
「……え、えーと……」
「この子、凄く正直で良い子だわ!」
「……リゼ、何と言うか……それ、自分で言ったら全部台無し……」
そんな時、扉が開いてクラリスが戻って来た。どうやら授業が終わったみたいで鞄を肩から下げている。
「あ、お客様です? お邪魔してごめんなさい。お姉ちゃん、授業が終わったので帰ってきました」
「クラリス、おかえりなさい。ごめんね、一人で行かせちゃって」
「いえ、それより――」
そこでクラリスはコレットをじっと見つめる。すぐにテーブルに置かれた菓子皿に視線を落とすと私とリオンに視線を向ける。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、新しく作ってみたお菓子はお出ししなかったんですか?」
「え? いつもの棚の分を出したんだけど」
「もう、お兄ちゃん。前に行ったじゃないですか。折角お客様がいらっしゃってるんですからそっちを出して下さい。さあ、準備しますよ」
そう言ってクラリスは私とリオンの手を引っ張ってキッチンへと歩き始める。だけどその横顔が妙に緊張している。そうしてキッチンの扉を閉めた処でクラリスは真剣な顔で話し出した。
「――お兄ちゃん、お姉ちゃん。あのコレットさんは監視者の一人です」
「……えっ?」
「……何だって?」
「ご本人は多分自覚されてません。でもお姉ちゃんの事をお話した時の事を考えていました。そこであの奉仕活動の時お姉ちゃんが南の方に行ったと話しています。今日習いましたけど奉仕活動は授業以外でもやっていてコレットさんはそれで街に出る事が多いみたいです」
それを聞いて私は思わず扉を見た。まさかそんな、だってあの子、あんなに良い子なのに? どうしてそんな事に関わってるのか信じられない。
だけどリオンは呆然とする私と違って目付きが鋭く変わる。
「……クラリス。それを本人に確認する方法ってある?」
「ええと……ジーンと言う女性を知っているか尋ねてみて下さい。二十歳前後の女の人です。でも私の魔眼はコレットさんの知ってる事しか分かりませんから本名か偽名かは分かりませんけど」
「分かった。とりあえず僕達も以前にあった事にしよう。リゼ、良い?」
「――え? え、うん……分かった……」
だけど動揺して俯いてしまう。そんな私の手を取るとクラリスは安心させるみたいににっこりと微笑んだ。
「……お姉ちゃん。コレットさんも自分が監視者だと知りません。だからコレットさんは悪い人じゃないのです。利用されているのならお姉ちゃんは助けてあげられるじゃないですか?」
「……うん。そうだね」
それで何とか息を吐き出すと私は心を奮い立たせる。だけどなんて酷いやり方なんだろう。こんなのされる側にとっては疑心暗鬼に陥っても全然おかしくない。気付かなければ利用されて、気付いてしまったら今度は精神的に追い詰められる。じくじくと心を蝕む嫌な方法だ。私は何度か深呼吸をして無理やり心を落ち着けるとクラリスに頷く。
「――もう大丈夫。兎に角今はコレットさんが利用されない様にする事だけを考えよう。あんな子にこんな事、絶対させちゃダメだよ」
私がそう言うとリオンとクラリスの二人も頷いた。