176 豪運主人公
「――ねえ、リオン。私、コレットさんに謝った方がいいのかなあ?」
「ん? どうしたの、急に」
ロックさんがレンジャーギルドから入手してきた情報を聞いてから私はちょっと憂鬱になった。と言うのも自害した九人の内遺体があった二人の片方がコレット・モンテールの姉、ベアトリス・ボーシャンであった事が発覚したからだ。
あの時争った相手が今はもう死んでいた――その現実は疑惑を簡単に覆してしまう位には衝撃的だった。ギルドが調査した結果、ボーシャン家で火災があって両親も時を同じくして死んでいる。ボーシャン子爵家自体が消滅していて既に存在していない。
人間って不思議な物で、疑っていた相手が実は無実だと分かったり不遇な状況だと分かると疑う気持ちが罪悪感に反転する。何か罪滅ぼしが出来ないかと考えてしまう。これは私もやっぱり同じでコレット・モンテールに対して何かして上げられないかと考える様になってしまっていた。
「でもさ。そもそもリゼは会って話した事もないだろ?」
「まあ、そうなんだけど……良い子みたいだし……」
「それこそ今更関わっても逆に変にしか見えないと思うけどね? それで僕が頼んだ方だけど、完全に失敗だったみたいだ」
「ん? コレットさんから聞くって話? 結局リオンは誰に頼んだの?」
「セシルとヒューゴに頼んだんだよ。だけど迂闊だった。コレット・モンテールって本当に男がダメだったらしい。それにセシルも凄い人見知りで二人共向き合ったまま殆ど話にならなかったってヒューゴが言ってた」
あー……そう言えばセシルって馴染めば普通なんだけど初めての相手だとすっごい人見知りなんだよね。最初の頃もマティスが殆ど前に立ってたしセシルってその影に隠れてたから。それにマティスと仲良くなってからセシルも気を許してくれる様になった気がする。女の子受けが良さそうなセシルを選んだのは分かるけど初顔合わせだと致命的に向いてない。
「……大体なんでヒューゴが一緒なのよ。ヒューゴは女の子に怖がられるタイプでしょ? それにヒューゴが行けばセシリアだって絶対一緒に行くに決まってるじゃない。どうせセシリアが間に入ってくれてどうしようもない状況を何とかしてくれた、とかでしょ?」
「……う……リゼさんの、仰る通りです……」
そう言うと珍しくリオンが少し落ち込んだ顔になった。
多分セシルを選んだのは他が全員上流貴族だからだ。マティスとセシルは今の処は爵位の無い貴族でコレットは子爵家だから気を使わせない為に選んだんだと思う。基本的に上流貴族が下流貴族と進んで関わらないのは別に差別してるからじゃない。いわば上司と部下みたいな物で下の人達が精神的に落ち着かなくなってしまうからだ。自分から望んで一緒にいる人もいるけど少なくとも私の周りにそう言う友達は一人もいない。
「……だけどこれ、どうしたら良いんだろうね……」
「いや、これは……実は今までで一番大変なんじゃないかな……」
まあ……男子が苦手な時点でコレットに接触出来るのは女子に限定されるし、かと言って私以外だと性格的に似てるクラリス位しか接触出来そうに無い。でもあんまりクラリスにそう言う事させたくないんだよね。
それで二人ウンウン悩んでいると部屋の扉が突然ノックされた。
「……誰だろ? はーい、どなた?」
『――あー、ルイちゃん? ちょっといーい?』
あれ、この声はマリエル? 一体何だろう、今日は特に約束も何もしてなかった筈なんだけど。でもまあマリエルはいきなり来る事も多かったし遊びに来たんだろう。
「マリエル? いいよ、入ってきて」
『――うん、じゃあちょっとお邪魔するね』
そして扉が開いて衝立の向こうからマリエルが顔を見せる。だけどその後ろにもう一人いて、私とリオンはかなり驚く事になった。
「あ、今日はさ、お友達になった子を連れてきたんだよ。この子はコレット・モンテールさん。校舎で迷子になってたから案内してあげたんだ!」
「……あ、あの……初めまして……コレット・モンテールです……」
と言うか予想外の方向から主人公がまたやりやがった! 何このコミュお化け……ピンポイントでターゲット連れて来ちゃったよ……。
だけどマリエルならやりかねない。こんなの前から何度もあった事だし流石に私も慌てふためく事はない。それで今も思わずテーブルから立ち上がったまま凍りついたリオンに私はすぐに指示を出した。
「いらっしゃい、私マリーっていうの、よろしくね――リオン、お茶とお菓子持ってきて! 確かあったでしょ?」
「……え……あ……う、うん……わ、分かった……」
「ほら、二人とも椅子に座って? すぐにお茶とお菓子準備するから」
私がそう言うとマリエルが自慢そうにコレットに笑い掛ける。
「ほらね? 言った通りでしょ? ルイちゃんって婚約者のリオン君や妹みたいなクラリスちゃんが良くお菓子作ってるから、いきなり来ても絶対お茶とか出してくれるんだよ!」
「……え……あ、はい……」
「それは構わないんだけど……マリエル、急にどうしたの?」
「ああ、えっとね? 本当は食堂でお茶しようとしたんだけど私もコレットも変に有名になっちゃってるからさ。もう全然落ち着けない訳」
「え……あー、そう言えばマリエルも噂になったもんね。だけどコレットさんもそんなに有名なの?」
「一年生の中でね。教導官の先生がコレットが優秀だ、物凄く賢いって皆の前で言い回ったんだよ。まあルイちゃん達が出てない新規生向けの授業だから知らなくて当然だと思うよ?」
「あ、そうなんだ?」
「うん。それで私も変に有名になっちゃって大変だったからコレットの事がちょっと気になってて。大変じゃないかと思ってたら迷子になってた処に偶然出会したんだよ。いやー凄い運命感じちゃうよねえ」
成程、つまりマリエルの主人公パワーが炸裂したって事ね。マリエルは主人公だけあってトラブルや幸運とぶつかる事が多い。究極の巻き込まれ体質みたいな物だから話題になる物には兎に角無自覚に接触する。だけどまさか被疑者の妹を直接連れてくるとは思わなかった。と言うか主人公、無差別過ぎね? こんな呆気なく友達みたいになってるだなんて。
「……まあ兎に角座って。マリエルもコレットさんも。すぐにお茶とお菓子を準備するから。丁度新しく野苺のジャムを作った処だから」
そう言って私も席を立つとキッチンに向かう。コレットは恐縮しっぱなしだけどマリエルに促されて席に着くのが見える。本当なら直接の接触は避ける様にロックさんから言われてたけど仕方ないよね?
――だけど主人公、まじぱねえ……。
そう思いながら私は機嫌よくキッチンへ向かったのだった。