175 親しくない家族
「――ルイーゼさん。コレットさんはとても良い子だわ!」
「……はあ? えっとマティス……?」
「だからコレットさんって凄く素直で良い子なの! 今のご両親を本当に大事に思ってて、ボーシャン家では余り良い扱いじゃなかったみたい!」
「……そ、そうなんだ……?」
私の部屋でマティスがそう言いながら勢いよく詰め寄ってくる。それで私は変な声を出してしまった。彼女がさっきまで行っていたのは正規生一年の授業である女子生徒が参加していた。
コレット・モンテール子爵令嬢――先日エマさん達から教えてもらったお茶会事件で私と対立した正規生、ベアトリス・ボーシャンの実妹で旧姓コレット・ボーシャン。モンテール子爵家に養子に出された子だった。
あれからロックさんはすぐに調べてくれた。だけどモンテール子爵家は結構歴史のある貴族家でレンジャーギルドが接触する理由が無い。ボーシャン家とは同じ子爵家と言う事で多少付き合いがあったものの殆ど関係がない。恐らく旧家で知られるから養子に出したんだろうって事だった。
当然レンジャーギルドとしては調査の為に接触しようとしてもその理由自体がない。年配の現当主も真面目で穏やかな性格らしく疑われる様な事も全くしていない。接触すれば逆に家名に傷を付けかねない。陞爵を打診されても分不相応だと断って王都の経理を任され続けているそうだ。
だから同じ生徒として接触するしかない。だけど前にしたみたいに私が直接接触するのは皆から猛反対された。まあ今は特にどの生徒が繋がっているか分からないし狙われている私自身が出れば不要な被害を被りかねないから仕方ないんだけど。そこでマティスが名乗り出てくれたんだけど、どうも変な感じになってしまっていた。
「えっとマティス? それでコレットさんってどんな子だったの?」
「ええとね。クラリスちゃんが十五歳になったらこんな感じかも知れないって印象かな? 人当たりも凄く良くて相手を爵位で判断しないって処が特に男子に人気があるみたい。だけどむしろ女子人気の方が凄くてお茶会に誘われまくってるらしいわ。異性がちょっと苦手で美人って言うよりも可愛らしいって感じ。あのウブさと素直さは可愛がられて当然だわ」
……いや、マティスは一体何しに行ったのよ。それもう噂の女子を見に行っただけの野次馬じゃん。大体マティスって初めての人、特に女の子を警戒する処があって当然セシルは今回別行動だ。なのにここまでコロッとやられて来るとは思ってなかった。
だけどテレーズ先生の話によると真面目なのは本当らしくて家の仕事をよく手伝っていた所為か算術の成績が特に優秀らしい。そう言う意味では確かにクラリスと似ている気がする。お医者様のお祖父様、フランク先生の手伝いで医学に関してクラリスは子供と思えない知識を持っている。
「……でもね、ルイーゼさん。私がコレットさんを無関係だと思ったのはボーシャン家とは関わりが無さそうだったから、なのよ」
「あ、ちゃんとそう言うのは見てきたんだ?」
「当然でしょ! 私、その為に行ったんだからね?」
「へえ……それでマティスはどうしてそう思ったの?」
「……あの子、実家の思い出が全然ないみたいなのよ。両親やお姉さんにまともに相手された事がなくてさ。本当の両親やお姉さんに会いたいかを聞いたらあの子、『余り親しくなかったから』って答えたのよ?」
「え……『親しくなかった』? それって本当なの?」
「本当よ! 家族を『親しくない』なんて言う時点で普通に扱われてなかったって事でしょ! ボーシャン家って褫爵受けて当然じゃないの⁉︎」
元々正義感が強いマティスが物凄く憤っている。私もちょっとすぐには信じられなかった。
普通、家族と上手くいっていないなら『仲が良くない』って言い方をするのが一般的で『親しくない』なんて絶対言わない。これはレイモンドの話を聞いていなかったら私も気付かなかったかも知れない。彼は『親と仲が良くない』『自分は嫌われている』と言う。それはレイモンド自身が親を親として今もまだ諦められないからだ。
だけどコレット・モンテールの場合どうやらボーシャン家の人間を本当に他人だと思っている。血の繋がった家族を身内と思っていない。逆にモンテール家の義理の両親だけが彼女にとって本当の家族でマティスが絶賛する彼女の性格は今の両親の影響によるのかも知れない。
そうしているとキッチンからリオンとクラリスがお茶とお菓子を持って入って来た。相変わらず二人は仲が良くて本当の兄妹みたいだ。クラリスも随分明るさが戻って今は楽しそうにしている。マティスはその様子に眩しそうに目を細めるとクラリスに手招きした。
「……ねえクラリスちゃん、ちょっとちょっと」
「はい? 何ですか、マティスさん?」
「ちょっとこっち来て、背中を向けて?」
「え、はい」
キョトンとしたクラリスが言われる通りに動く。マティスは立ち上がるとクラリスの腰辺りを抱き抱えていきなり椅子に座った。膝の上に乗せる形になってクラリスがちょっと驚いた様子に変わる。
「え――え、マティスさん、急にどうしたのです?」
「いやー……ルイーゼさん、やっぱりクラリスちゃんと似てるって言うの訂正するわ。だって素直で穏やかだけどクラリスちゃん程天真爛漫な感じがしないもの。あーもう本当に可愛いわー」
「ちょ、マティスさん、一体何のお話なのです?」
「んー? ほら、クラリスちゃんみたいな可愛い妹が欲しいなって話」
そう言ってマティスはクラリスに戯れ付き始める。クラリスも嫌じゃないみたいで困った顔をするものの特に離れたりしない。そんな様子を眺めているとカップにお茶を入れたリオンが苦笑した。
「……コレット・モンテールの話?」
「うん。だけど家庭の事情があるみたい」
「家庭の事情って……どんな?」
「コレットって言う子、実家のボーシャン家で大事にされてなかったみたいなのよ。マティスが話したらしいんだけど血の繋がりがある家族の事に無関心みたい。性格もベアトリスってお姉さんと全然違うっぽいし」
「そうか。それじゃあ別の誰かに話を聞いてきて貰った方が良いかも知れないね。マティスって結構直情型だし客観的に見るのは苦手だろうから」
そう言って笑うリオン。私も一緒に苦笑するしかない。だけどそうして二人で笑っているとちょっと嫌な事が脳裏を過ぎる。
「……ねえ、リオン。なんかこうやって色々企んで笑い合ってる私達ってすっごい悪者って感じしない?」
「ん? まあそうだけど貴族なんて陰謀も嗜みの一つだしなあ」
「……いやあ、なんかね……相手の子が良い子だって聞かされるとじゃあ直接会わず暗躍してるのは悪い事なんじゃないかって気になってくるよ」
私がそう言うとリオンは少しだけ真面目な目に変わる。
「それは……前に言ってた『悪役令嬢』みたいな?」
「……あー……そう言われるとそうなのかも」
悪役令嬢――そう尋ねられて私はどうしてこんなに後ろめたい気持ちになるのか分かった様な気がした。
つくづく私は悪役に向いていないと思う。だって誰かに頼むより自分で動いた方が早いし気楽だもの。誰かに動いて貰って裏で糸を引くみたいなのは抵抗感より先に苦手意識が出てしまう。それにそう言うネチネチした悪役なんて絶対なりたくないし。どうせ悪役をするのなら正々堂々相手の正面に立って腕を組んで不敵に笑う位の方が好みだ。それをリオンに言うと複雑そうな顔になった後で思い切り笑われる。
「……それってもう悪役と言うより強敵とか立ち塞がる壁だよね……」
「なのかなあ? でも強敵と書いてライバルみたいな方が好きかも?」
「ぶふっ……リゼって戦えない武闘派みたいだ。男前な事を考えてる割に戦ったりするのは一切苦手って、ある意味凄いよね……」
「えー。だって仕方ないじゃない? 私は自分が弱いって嫌って位分かってるし。これで自分から突撃する様なら悪役と言うよりバカでしょ?」
「……ふふっ……でもリゼ、結構自分から突撃してるじゃないか」
「……むう……悪かったわね」
「まあいいや。取り敢えず僕の方からも頼んでみるよ。問題なければそれはそれで良いしね。それにロックも引き続き調べてくれてる。今も空っぽの墓についてギルドの方で調査結果を確認してくれてるみたいだしさ?」
私が頷くとクラリスに構うマティスも呼んでお茶する事になった。