173 作戦会議
マリエル達が私を訪ねてきた後、少ししてから私はアカデメイアに戻る事になった。これはマリエルに言われたからってだけじゃない。レンジャーギルドに出張っていたロックさんから連絡が来た為だ。
私とリオンがアカデメイアの寮室に戻るとリオンの部屋には既に全員が集まっていた。元準生徒の全員と新規正規生の攻略対象達、それにクラリスとエドガー。大人はお父様、ロックさん、それにテレーズ先生とアンナ先生の姿もある。
但しエマさん、カーラさん、ソレイユさんの姿も見える。その理由が私には分からない。エマさん達は私の事情を殆ど知らない筈だし教えてしまったら却って危ない気がする。そんな中、お父様が口を開いた。
「――さて、これで全員だ。皆さん、集まってくれて感謝する。今回の話は機密扱いとする。例え親であろうと信用出来る相手だろうとここにいる者以外に口外する事を禁ずる――シルヴァン、陛下やアンジェリンにも話すのも勿論禁止だ。それだけは徹底してくれ」
「……分かりました、叔父上」
シルヴァンが神妙な顔で頷く。するとお父様の隣に立って腕を組んでいたロックさんが全員を一望すると短く息を吐き出した。
「俺はレンジャーギルド所属のロック・レロック。現在マリールイーゼ嬢の護衛と情報検索の任務に就いている。その上で今回調査した結果、ここにいる全員に知っておいて貰った方が良いと判断して英雄殿に打診した上で今回集まって貰う事になった」
ロックがそう言った直後、私はすぐに尋ねる。
「……ロックさん。私達や先生達がいるのは分かるけど、どうしてエマさん達までいるの? 先輩達を巻き込む事になっちゃうでしょ?」
だけどロックはお父様と顔を見合わせて頷く。私がそう言い出す事を予想してたみたいだ。そして彼はため息を吐くと話し始めた。
「残念ながら嬢ちゃん。その三人は恐らく既に巻き込まれている」
「……えっ?」
「今までアカデメイアで起きた出来事に関しては教導師側から聞き取りを既に行なっている。随分前だが茶会の講習で嬢ちゃんはエマ・ルースロット嬢を助けているな? そしてその後、関係が良好とは言えなかったカーラ・トネリアとソレイユ・シャペルの仲を王女と嬢ちゃんで取り持って親友と呼べる状態にまで改善した――そうだな?」
「それは……確かにそうかも知れないけど、関係がないでしょ?」
だけど私が否定するのを聞いてロックさんは首を横に振る。
「いいや。残念ながら関係がある。実際にその茶会の講習までは三人に嬢ちゃんに対する否定的な接触が行われている。それが講習の直後から一切接触が行われていないと既に三人に確認済みだ。つまりこの三人は既に『敵対者』から認識されていると考えた方が良い。事情も知らないまま利用されると犠牲者が増える。だから今回の話に参加して貰った」
それを聞いて驚いた私が思わずエマさん達に視線を向けると三人は複雑そうな顔を見せる。だけどロックの話に驚いていない。ある程度既に話を聞いていると言う事だ。呆然とする私にエマさん達が口を開いた。
「……確かにあの頃、ルイちゃんに関する悪い噂みたいな物をよく耳にしました。でも助けてくれてから私の周りで聞かなくなったのよ」
「そうですわね。私達もエマと和解してからそう言う噂を全く聞かなくなりましたわ。それまではよく聞いていたんですけれど……」
「ええ、でもそう言われるまで全く気付きませんでした」
カーラさんとソレイユさんがエマさんに続く。だけど私はその理由がよく分からなくてエマさんに尋ねた。
「でも……エマさんは私の悪い噂を聞いて何とも思わなかったの?」
「特には思ってなかったわよ? だって私は噂よりも自分の目で見た事しか信じないもの。ルイちゃんは知らないかも知れないけど男爵家って悪い噂が流れ易いのよ? そんなの信じていたら身が保たないわ?」
そう言われてみるとカーラさんやソレイユさんも最初はエマさんに対して余り好ましい印象を持っていなかった気がする。これは二人が子爵家令嬢でエマさんが男爵家令嬢だからかも知れないけど。それで何とも言えなくなった私を見てロックはニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
「……な、嬢ちゃん。噂って面白いだろ? 評判と違って噂は対象を知らない奴にしか効果がないが第一印象には影響する。だから知っていて好印象を持つ奴に接触させない。そうしないと折角流した噂や第一印象を是正されちまうからな。逆にこの三人は完全に潔白が証明された事になる。つまり――この娘らはここでは信用して良い人間って事だ」
「えっと……ロックさん、『ここでは』ってどう言う意味?」
だけど私が首を傾げるとお父様が真面目な顔で代わりに答える。
「……つまりルイーゼ。現在もまだアカデメイアに事件の首謀者の息が掛かった者がいると言う事だよ。無論状況を伝えるだけの無自覚な者達だろうが逐一情報を表に流している筈だ。今回の奉仕活動でルイーゼが訪れた孤児院が何処なのか突き止められている。テレーズ先生にも確認したが当日発表した内容が筒抜けだ。最初は教導官に内通者がいると考えたが各自担当生徒の情報しか伝えられていないからね」
「ああ、それにジェシカ・ゴーティエは具体的に何処かまでは知らなかった。恐らく向かった方向しか分かってない。実際俺も嬢ちゃんが何処の孤児院に向かったか調べさせられたが、これは生徒の中に情報を提供した奴がいたって事だ。何せ嬢ちゃんは平民に全く知られてねえから住民も分からねえしな。そうなりゃ生徒しかいねえだろ?」
そう言うとロックはお父様と頷き合う。まさかそんな事までもう調べているとは思わなかった。だけどやっぱりここにいる全員がそれ程驚いた様子がない。きっと集まって貰う段階で各自にある程度説明をしていたんだと思う。そしてお父様は全員を見ると口を開いた。
「――さて、これらは既にお話したがここからが本題だ。私の娘が狙われているが、これは英雄一族を陥れてこの国自体を危機に陥れる目的で動いていると思われる。そして様々な情報から予想される首謀者は褫爵処分となった元子爵家令嬢で現在二〇歳前後。既に他国に逃亡している可能性が高い。今はテレーズ先生協力の元、レンジャーギルドが褫爵により放校処分を受けた生徒の洗い出しを行なっている。アカデメイアの生徒である諸君は標的となる事を警戒して欲しい。少しでも何か気付いた事があればテレーズ先生かこのロックに伝えてくれ。彼はルイーゼの護衛を任せている。難しければリオンでも構わない――以上だ」
「ちょ、ちょっと待って、お父様!」
「うむ? 何かな、ルイーゼ?」
「そんな……首謀者が元子爵家とか、令嬢だってどうして分かるの⁉︎」
流石にそこまで分かっていると言う理由が分からない。つい先日まで犯人が誰なのか全く分かっていなかった筈だ。なのにもうそんな情報に辿り着いている。私が知っている情報で考えてもそこまで分からない。
そんな私の疑問に答えたのはロックさんだった。
「……それはな、嬢ちゃん。以前話した遺体のない死者が全員、元貴族令嬢だったからだよ」
「ええ⁉︎ でも、どうして子爵家だって事まで分かるの?」
「そりゃ簡単だ。男爵家令嬢の言う事なんて子爵家の令嬢は聞いたりはしねえ。それと今回の首謀者は伯爵以上の上流貴族じゃねえ。上流貴族は特に英雄一族に手を出す危険を熟知してる。何せ領主以上の身分だし実際戦場で戦いを見た奴も多い。上流貴族や騎士階級、兵隊になる平民が英雄に憧れるのは実際に見るからだ。それに比べて下流貴族は都市防衛に就く事が多い。まして令嬢なんて戦場を見る機会がねえからな」
それを聞いていたカーラさんとソレイユさんが首を竦める。実際二人も男爵家令嬢のエマさんの話を聞かなかった時期がある。今でこそ仲が良くて三人は親友だけど貴族は爵位に依存し易い。特に貴族令嬢は親の爵位しか縋れる物がない。その分依存度も異様に高いんだと思う。
そして私は戦場に行く貴族について知らなかった。貴族は皆騎士爵を持っていると聞いていたから爵位に関係無く全員が戦場に出る物だと思い込んでいた。だけどそうすると当然国内の治安が守れない。マリエルの義父、ティーシフォン男爵だって普段からグレフォールの街を守る仕事をしている。当然そっちがあるから戦場に出る事なんて出来ない。
まさかそんな理由から絞り込めると思ってなかった。それで考え込む私に近付いてくる。どうやら他の人には聞かれたくないみたいで耳元で小さく囁いた。
「……報告が遅れて悪いんだが遺体があったのは子爵家と男爵家の二人だけなんだよ。遺体の無かった残りの七人の内、五人が元子爵家だ。ただ、遺体があった二人も焼身自殺で損傷が激しくてな? 時間が経ち過ぎて詳細まで確認が出来なかった。そこら辺も根拠になってるんだ」
「……そう、だったんだ……」
「……それとさっき言ったのも本当だ。子爵家男爵家ってのは泡沫貴族って言われてるからな。兎に角数も多いし貴族の中じゃ軽視されるから上流貴族に反感を持つ奴も多い。まあそう言う事だ、すまねえな」
きっと墓を暴いた事は明言したくないんだろう。どんなに正しい目的があっても世間では多分受け入れられない。
そして私とロックがそんなやり取りをしているとシルヴァンがお父様に尋ねているのが聞こえてくる。
「――叔父上、それは……僕らはどう過ごせと? 何かしなくても良いんですか?」
「――ああそうだ。下手に動くとむしろ危険だからね」
「――でも! 知った上で何もしないのは納得出来ません!」
「――今はまだ誰が監視者か分からない。そこで動けばこちらの意図に気付かれるだろう。気付いていないと思わせる事が肝要なのだよ」
それでシルヴァンが黙り込む。それで彼が『分かりました』と呟く声が聞こえてきて、お父様は今回の会合が終わった事を宣言した。