171 最悪の可能性
食事を終えて私達はリオンの部屋に向かった。相談するなら早い方が良いし何より馬車の中でロックさんに聞けなかった事もある。その事に答えて貰うにしてもリオンも一緒に聞いた方が良いと思う。
「――でもロックさんは叔母さんの前だと随分口調が違いましたね」
「ああ……まあ……クレメンティア姫を前にして普段の態度見せられる程、俺にゃ度胸がねえんだよ……」
「え……叔母さんってそんなに有名だったんですか?」
「そりゃお前、平民のガキに菓子を配ったりしてたからな。美人で優しいお姫様が、だぞ? まあその時点でもう英雄に嫁いでたんだけどよ、それでも凄え人気あったんだよな」
お母様って結構色々してたんだな。今だって孤児院に時々行ってお菓子を作ったりしてるみたいだし。と言うかうちのお父様とお母様は何処に行っても憧れの目で見られる事が多いし特に子供には懐かれ易い。
そう言う意味だとレオボルトお兄様もそうだけど、どちらかと言うとお兄様の場合は女子受けが凄い。英雄と王女の間に生まれた子供だから世間から見れば王子様同然だしかなり美形だから当然だ。まあ私は身体が弱い事もあって殆ど表に出てないから多分殆ど認知されていない。
「――って、そんな事はどうでもいいのよ!」
「ん? なんだ嬢ちゃん?」
「ロックさんって……褫爵を受けた元貴族って本当なの?」
私がそう言うとリオンも真剣な表情に変わる。私とリオンが真面目な顔付きになるのを見るとロックさんは苦笑した。
「ああ、三代前――俺の爺様の時にな。そん時から叙爵されてねーからうちはそれからずっと平民のままだぜ?」
だけど違う。そうじゃない。私が聞きたいのはそこじゃない。私が最初に聞いて思ったのは、褫爵された貴族は同じく褫爵された貴族と連携して行動してるんじゃないかって事だ。だけどそれはレンジャーギルドも考えた筈だ。多分それで先輩に近付いたんだと思う。でも――
「――じゃなくて。例えばうちが褫爵されたとして、だけどうちの一族の力は奪えないじゃない? 他にも資産とか知識、経験なんて爵位とは別だもの。なら爵位がなくても商売とか出来るでしょ?」
「……まあそうだな。実際うちも商家として建て直した。うちは子爵家で都市経理に絡んでたから平民になっても法的な節税知識はあっただろうしな。繋がりのあった奴が縁を切らなかったのはそう言う理由だ」
「じゃあ……その知識って他で使えたりしないの?」
「うん? そりゃあどう言う意味だ?」
「例えば私のお父様は英雄だから例え褫爵されても英雄の力を欲しがる国なんて幾らでもあるじゃない? それにお母様だって元はお姫様だし国を相手に駆け引きとかも出来ちゃうと思うんだよね」
「そうかも知れねえが……嬢ちゃん、一体何が言いたい?」
だけどいまいち考えがまとまらない。国相手に交渉出来ればそもそも褫爵自体覆せる筈だし。相手がこっちの有用性を理解すれば切り捨てる事自体しない。実際うちはこの国にとって絶対手放せない存在だ。
だけどそんな時、顎を手で押さえていたリオンが口を開いた。
「……そうか。別にこの国に拘る理由がないんだ」
「……リオン?」
「僕は元々この国に所属してない。だからリゼがこの国にいられなくなっても自分の国に連れて戻れば良いんだよ」
「え、それってどう言う意味?」
「リゼはこの国で仲の良いセシリアやルーシー、アンジェリン姉さんもいるから国を離れる事自体考えてない。だけど僕は違う。僕は結局他所の国の人間だ。この国への帰属意識自体がないんだよ。だからリゼが離れようとしなくても僕は連れて行ける――ロック、褫爵された貴族達はもうこの国に帰属意識を持ってない。逆に自分を重視しなかったこの国を敵視してる。その一人がリゼを手に掛けようとしたとしたら?」
「……けど嬢ちゃんを死なせりゃあ英雄殿も抑えられないだろ? あの人は多分、相当嬢ちゃんを大事にしてる。もし死なせたりすりゃあそれこそどんなブチギレ方をするか想像もしたくないけどな」
「辛うじて生きていれば良いんだよ。死んでさえいなければ叔父さんは手が出せなくなる。きっとうちも手を出せない。じゃあそうなって一番得をするのは誰だ? それで一番自分の価値を主張出来るのは誰だ?」
リオンの物騒な話を聞いてロックの顔がみるみる強張り始める。そうして最後には憎々しげに床を睨んで吐き捨てる様に呟いた。
「……そうか! 首謀者はこの国に残ってねえし恐らくイースラフトにもいねえ! 爵位のねえ平民なら国境を越えても記録が残らねえし偽名で足も付かねえ! 死んだ事にすればそこで足取りも消せる! くそ、そんな方法を使ってやがったのか! 道理で悔やんで自害した貴族令嬢の報告が多かった訳だ! こりゃあ……相当ややこしい事になるぞ!」
だけど私にはその意味がよく分からない。そもそも平民だと国境を越えても記録が残らないって理屈も分かってない。それで目を瞬かせていると冷たい目をしたリオンが口を開く。
「要するにリゼが狙われたのは英雄一族を封じ込める為の策略だった可能性が高い。それを目論んだのは多分元貴族令嬢だ。多分他国に情報を売ってる。英雄がいると勝てないからリゼに目を付けたんだよ」
「……え……何よ、それ……」
「多分、ゴーティエ家の先輩は捨て駒だ。リゼを精神的に追い詰める為に復讐を煽った。リゼの傍には同じ英雄一族の僕がいるしヒューゴ以外にセシリアみたいな強い戦える女の子もいる。それにリゼ自身もアカデメイアに入ってすぐ英雄魔法を見せたからあの程度じゃ殺されないと思ったんだろう。つまり――首謀者はアカデメイア出身の貴族令嬢だよ」
「……何よ、何なの⁉︎ それって……本当に私の所為だったって事じゃない! 全部、戦争の為だったって言うの⁉︎ そんな事の為に……!」
突然降って湧いたみたいな話に頭がついていかない。ちょっと考えた程度の話がそんなおおごとになるだなんて予想もしてなかった。だけどリオンが言った事がもし本当だとすれば今回の事件は全部私の所為って事になる。ううん、今回処かレオボルトお兄様だって標的にされた私の所為であんな事になってしまった。そんなの絶対に許せない。
落ち着ける様にリオンは憤る私を抱き締める。だけどそれでも私の怒りは収まらない。抑えられない。手を握りしめてブルブルと震える私の耳元に口を寄せるとリオンは静かに囁いた。
「……リゼ、これはまだ確定じゃない。リゼに言われて推測しただけでまだそうだとは限らない。だから落ち着いて。今の時点だとその可能性があるってだけだよ。だから――ロック、レンジャーギルドの方で色々調べて欲しい。それも出来るだけ早く」
「……分かった。俺の責任ではっきりしてやる」
「出来れば推測が外れてると嬉しいんだけどな。だから――リゼ、今はまだ何も決まってない。憤る気持ちは分かるけど怒るのは今じゃない」
「……分かったわ」
何とか私は呼吸を落ち着ける。あんなに泣いた後でこんな話を聞けばとても冷静でいられない。それでも必死に感情を抑えつける。
もしリオンが言った最悪の予想が当たっていれば、それはこの国にも関わってくる一大事だ。だけどそうであって欲しくない。同じアカデメイアにいた生徒の中からそんな酷い事を考えて実行する人がいるだなんて思いたくないし信じたくない。
まさかこんな話になるだなんて。少し私は後悔していた。