170 リオンとロック・レロック
家に戻ると私はロック・レロックと一緒に客間でリオンが戻って来るのを待っていた。これからどうするのかを相談しなきゃいけないし何よりもリオンなら私よりも色々と思い付いてくれるんじゃないかと思ったからだ。だけどリオンは帰って来るなり私を見て凄い形相になった。
「あ、おかえり――ってあれ? どうしたの、リオン……?」
私が声を掛けても何も言わず近付いてくる。そして目の前まで来ると彼はいきなり私を胸に抱きしめた。
「うぶっ……ちょ、一体何を……」
「……リゼを泣かせたのはお前か?」
思わず固まる私にリオンはロックさんに怒りの声を向ける。どうしていきなりそんな事を言うのか分からなくて戸惑う私。ロックさんも突然ですぐに反応出来ず無言のままだ。
「……いやあ……まあ、そうだと言えばそうだけどよ……?」
「リゼはこんな顔になるまで泣いた事がないんだ! 返答次第じゃ無事で済ませない……責任を取らせるからな!」
それを聞いて一瞬思考が止まる。え――こんな顔? 泣いた事がないって……確かに私、あんなボロ泣きしたの初めてだけどそんな酷い顔になってるの? それを問い詰めようとジタバタしてもリオンの腕は凄く力が強くて顔を上げられない。嘘、リオンってこんな力が強いの?
一触即発な雰囲気が漂い始めている。これはかなりまずい。それで私は決心するとリオンの両脇を全力で鷲掴みにした。
「――ちょ、り、リゼ、何を……」
人間、どんなに身体を鍛えても神経は鍛えられない。流石にくすぐったかったのかリオンの力が不意に緩む。それで私はやっと顔を上げると何とも言えない顔のリオンに向かって少し怒りながら尋ねた。
「……私の顔がこんな顔ってどう言う事?」
「えっ? いや、だって……物凄く泣いた跡があるから……」
「えっ⁉︎ 嘘、そんな酷い跡になってるの⁉︎」
「え……う、うん……」
「さ、最初からそれを言ってよ!」
「だ、だけど……リゼ?」
思わず両頬を手で抑える。泣いた後って目元が腫れたりするって聞いた事はあるけど……そう言えば前に監督生としてルーシーと一緒に過ごしてた時もルーシー、泣いた後すぐ顔を洗ってたっけ。くそおっ、私はあんまりそんな泣き方した事ないから全然知らなかったよ!
だけどそうしているとリオンより少し前に帰って来たお母様がトレイに湯気の上がるセルビエットを持ってやって来る。パイル地――要するにタオルみたいに肌触りが良い布を袋にした物で浴室で石鹸を入れて顔や身体を洗うのに使う物だ。こんな物を準備してきたって事はお母様は私の顔が酷い事になってるのに知ってて何も言わなかった事になる。
「……お母様! どうして言ってくれなかったのよ!」
「あら、だって泣いた跡が残った女の子って男の子から見れば可愛いと言うし。それにルイーゼがそんな顔になるのも珍しかったからつい、どうなるか見てみたかったのよね」
「そ、それでも一言位は言ってよ! 見られたくないんだから!」
「そんなに頬を赤くして……ルイーゼったら照れているのね。とても可愛らしいわよ? 普段からそれくらい意識していればよいのに」
呆然とするリオンから離れると私はお母様に近付く。トレイのセルビエットは蒸してから少し冷ましたみたいだ。と言うかお湯を沸かして浸すだけでも相当手間なのにわざわざ蒸してきた辺り、お母様が一体どれだけ時間を掛けて準備してきたか本気度が分かる。それで私は顔を拭うと声も出せず呆然と立ち尽くしたリオンに不機嫌に話し掛けた。
「もう! リオンも全然私の話聞かないし!」
「……え……その、ごめん……」
「その人はロック・レロックって言うレンジャーギルドの人よ。お父様が私の護衛に付けたの。まあ付けたっていうか、ロックさんが自分から立候補してそうなっちゃったんだけどね」
だけど私がそう言うとリオンは目に見えて沈んだ様子に変わる。
「……やっぱり、僕じゃ頼りないから……」
「そうじゃないでしょ! ロックさんは大人だからもし何かあっても全部責任を押し付けられるし! だからお父様もリオンと打ち合わせする様にって! 大体リオンは一人しかいないんだからいつも一緒にいられる訳ないでしょ? クラリスだってあんな危ない処に一緒にいれば被害が増えるだけなんだから、拗ねる前にちゃんと考えてよね!」
「……あ、そうか……確かに責任が取れる大人が一緒っていうのは結構助かる気はする……けど……」
「……嬢ちゃん、それに坊ちゃん……それ、なんか微妙に俺の使い方が酷くねえか? いやまあ、結果としてはそうなるんだろうけどよ……」
私が言うとリオンとロックさんは複雑そうな顔に変わる。いやだって大人が一緒に来るってそれが基本的な役割でしょ? いつも私とリオンの二人だけで動いて叱られるんだもの。それならお目付け役でも責任を擦り付け――肩代わり――まあ兎も角、役に立ってくれる筈よ!」
「……なんか色々酷え……もう貴族令嬢の発想じゃねえよ……いやまあ別に、実際そう言う役割だから構わねえけどよ……?」
「……あの、なんかリゼがすいません。でも貴方、あの時にいたレンジャーギルドの人ですよね? リゼはこう言う子なので大変かも知れませんけど、今後ともよろしくお願いします」
「……ああ、よろしくな坊ちゃん……はぁ……」
「あ、僕の事はリオンって呼んでください」
二人は随分と仲良くなったみたいで一緒に肩を落としている。だけど今にも喧嘩を始めそうだったのに比べれば全然マシ。それにリオンも一緒に色々話を聞いた方が良いと思うし。もしかしたら私が死ぬ運命って今回の事も関係してるかも知れない。何より今回の事で黒幕をそのままにしておくつもりがない。
「――それじゃあお話も一旦落ち着いたみたいだし、ロックさんも夕食をご一緒されますわよね? もう準備をしていますから」
「えっ? クレメンティア様、恐縮です。それじゃあご一緒させて頂く事にしましょう」
「じゃあルイーゼ、もう少ししたら二人と一緒に食堂まで来て頂戴」
「うん。分かったわ、お母様」
こうしてなんとかリオンとロックさんを引き合わせる事に私は何とか成功したのだった。だけどリオンの反応が妙に必死と言うか、余裕が無くなってる気がする。その辺りの事もちゃんと相談しておかなきゃ。