169 もっと上手くやれていたら
レンジャーギルドのロック・レロックを連れて私は一緒に実家に戻る事になった。晩になればリオンも戻ってくるしお父様に打ち合わせをする様に言われているからちゃんと相談しなきゃいけない。お母様はもう少しアンジェリンお姉ちゃんと一緒にいると言う事で私はロックさんと二人で車上の人になっていた。
「――ねえ、おじさん?」
「……お、おじさんって……やめてくれ。せめてお兄さんだろうが」
「え、だって……ロックさんって一体何歳なの?」
「俺か? 俺は今年で二十八だ。けど嬢ちゃんは十五だろ? それならまだかろうじてお兄さんって年齢の筈だ。まさか……サバ読んでる訳じゃないだろうな? よく見ると嬢ちゃん、だいぶちっこいし」
「そ、そんな訳ないでしょ! 私ちゃんと十五歳だし!」
結構気にしてる事を言われて思わず怒鳴ってしまう。そんな私を見てロックさんは愉快そうに笑った。だけどロックさんってレオボルトお兄様と二歳しか変わらないんだ? それなら確かにお兄さんって言った方が良いのかも知れないけど、それにしては老けてる気がする。
だけど今はそれより聞かなきゃいけない事がある。それで私は考え直すとロックさんに尋ねた。
「……早速、教えて欲しいんですけど」
「うん? 何だ?」
「それで……黒幕って誰なんですか?」
「……いや、正にそれを調べてる最中だったんだけどな……?」
「じゃあどうして私に付く、って言い出したの? ロックさん、そっちを調べたかったんじゃないの?」
「そりゃあ……嬢ちゃんが一番真っ先にその答えに辿り着くと思ったからだよ。俺らが必死こいて追いかけてやっとあのジェシカって娘に辿り着いたのに嬢ちゃんは途中全部すっ飛ばしてあの場所にいたからな」
だけどそう言われて私はキョトンとしてしまった。だって考えてみたらどうしてジェシカ先輩が調査されていたのかを知らない。何か事件に関係してたの? でもそう言う話は聞いた事がない。それで押し黙った私にロックさんは苦笑すると話し始めた。
「……王宮に虚偽の請願書が提出された事件、アカデメイアの生徒なら嬢ちゃんだって知ってるだろう? 何せ標的本人なんだからな?」
「え……うん。確かに知ってるけど……」
「その調査をうちのギルド――レンジャーギルドが担当してる。けどそれを最初に始めた首謀者が誰なのか分かってねえ。あの事件で相当な数の貴族が褫爵処分を受けてるのに、だぜ?」
「え、でも……あの事件ってもう決着がついたんじゃないの?」
「王宮を騙すって事は王家に対する反逆だ。確かにアカデメイアの処置は済んだかも知れんが国の執行は終わってねえ。それに嬢ちゃんの兄貴だって被害者の一人だ。王家処か英雄一族まで巻き込んだ大事件なのに公開処刑がされてねえのは変だろうが?」
「……え、そうなの?」
「当然だ。当時の王宮勤めの役人も大勢処分されてる。中には爵位の剥奪だけで済まず処刑された貴族もいる。英雄一族の保護は王国でも最優先事項なのに半端な事をしたから自業自得だけどな?」
「え、うちって……そんなに特別扱いされてるの?」
「あのな……英雄っても一族全員が英雄じゃねえだろ? だから他国も当然そっちを狙う。誘拐人質、何でもしてくる。まあ英雄一族の怖い処は単独でもそれを全部守っちまう処だがな。王国側はその負担を抑える盟約を大昔から交わしてんだよ」
ロックさんの話は普段教えて貰えない事ばかりだ。だけど以前アベル伯父様が言った事が脳裏を過ぎる。国が守らなければアレクトーは国も見限る――確かそんな事を言っていた筈だ。だけど揶揄じゃなくてそのままの意味だと思ってなかった。と言うか確か『大陸中の国家全てを滅ぼす』みたいな物騒な事も言ってたと思う。あれって全部本気で言ってたんだ……何それ怖い。アベル伯父様、実際に達成しそうで超怖い。
だけどあの虚偽請願事件って完全に私を狙った物だった。それに今回の事件が繋がってるのなら私が狙われてるのかも。もしかしたらロックさんが私に付くのはそれが一番の理由なのかも知れない。だけどそんな風に考えている処でロックさんは神妙な顔になって言った。
「――そう言えば嬢ちゃんはあのジェシカって娘が間違ってるって言ってたよな?」
「えっ? うん、間違ってるって言うかちょっと偏ってる感じ?」
「でもな。あの娘の言う事も間違っちゃいねーんだよ」
「……え……」
「考えてもみろ。王女は王女、嬢ちゃんは嬢ちゃんだ。普通に考えりゃ王家の方が優先される。公爵家だから血の繋がりがあるなんて分かりきった話だ。本人同士は身内で対等なつもりでも下の家臣達にとっちゃあ明らかに王家が優先すべき対象なんだよ。確かにあのジェシカって娘は過剰だったけどな? でも考え自体は特に間違っちゃいねーんだ」
それは私にとってちょっと衝撃的だった。まるで私が間違った事を言ったみたいにも聞こえる。だけど先輩以外に黒幕がいるのなら私は一人の人間を死なせてしまった事になる。その事は考えない様にしてるだけで実際は私も気にしている。それは黒い楔みたいに私の心を貫いて一瞬で罪悪感に潰されそうになってしまう。だけどロックさんは少し困った顔で笑うと私の頭に手を載せた。
「ああ、別に嬢ちゃんを責めてるんじゃねえ。要するにどっちの理屈も間違ってねえってだけだ。だからこれは別に嬢ちゃんを責めてる訳じゃねえんだよ。問題はそこじゃねえ。それを理解出来てるか?」
「……ううん……よく分かんない……」
「要するに自分は正しい、間違った事をしてねえ――だから嬢ちゃんを殺して排除しても罪悪感がねえんだよ。あのジェシカって娘はそう言う誘導を受けてたって事だ。まあこれは一番性質が悪いやり方で革命を起こす方法だけどな? 国家転覆で民衆を扇動する手法なんだよ」
そう言われて私は目を丸くした。と言うかいきなり革命を起こす方法と言われても規模が大きくなり過ぎて頭が追い付かない。それで目を白黒させているとロックさんは穏やかに笑う。
「あの娘が嬢ちゃんに言われて正気に戻ったのは信じてた事以外から責められた為だ。王家が絶対だから自分は正しい――でも親が死んだのは自分の所為だった。要するにまっすぐ突き進むだけだったあの娘の横っ面を張り倒したんだよ。それで我に返って自分のした事を振り返った」
「…………」
「だから嬢ちゃんは責任を背負わなくて良いんだよ。黒幕を追い詰めて捕まる責任が自分にあると思うな。それは俺ら大人の仕事だ。嬢ちゃんはあの娘に振り返るきっかけを与えただけだ。だからあの娘も嬢ちゃんにじゃなくて、両親に申し訳ない事をしたと後悔して自害したんだよ」
それを聞いた瞬間、胸から鼻の頭まで何かが込み上げる。その熱い塊に耐えきれず顔が歪む。そしていつしか私は俯いて目からボロボロと涙を流していた。止めようとしても止まってくれない。両手で顔を覆う私の頭をロックさんは無言で撫で続ける。
悔しい。本当に悔しい。本来死ぬ必要がなかった人が私の一言で命を落とした。アンジェリンお姉ちゃんやテレーズ先生が大事に思っていた人だ。もしかしたら私とも仲良くなれたかも知れない。なのに私は全然上手く出来なかった。こんな事がなければきっとあのジェシカ・ゴーティエと言う先輩は優しくて良い人だったに違いない。凍りついていた感情が突然溶けたみたいに溢れ出して涙になって零れていく。
「……私がもっと……上手く、やれてたら……」
「……いや、最善だったと思うぜ? 他の誰も嬢ちゃんみたいにはしてやれなかっただろうよ。それが出来てたらこんな事にゃなってねーよ」
ロックさんはそう言ってくれる。もしかしたら私が気にしてる事に気付いたから一緒に来る事を選んでくれたのかも知れない。だけどこんな事をした人を私は絶対に許せない。あの先輩にもあった筈の可能性を全部台無しにして平気でいられる人間なんて絶対に許さない。
そうして結局、家に辿り着くまで私の涙は止まってくれなかった。