16 七年ぶりの帰郷
それから程なくして私は帰郷する事となった。準備された馬車には聞いていた通りリオンが一緒だ。叔母様がくれた革製のコールとドレスが数着だけ荷物が増えている。やってくる時は何も持って来なかったけど一緒に連れて帰る思い出があるのは少しだけ嬉しい事だった。
そうして約一〇日の道のりを経て私は帰って来た。流石に昔みたいに体調を崩す事はなかった。だけどリオンとは余り会話が弾む事もなかった。だって何を話してもお別れの話題にしかなりそうになかったから。そんな事になったらきっと私は我慢出来なくなって泣いてしまう。そうすればリオンは必ず叔母様にその事を報告するだろう。私は叔母様に心配させたくない。
馬車は王都に入った後、中央区角から離れた端に向かって進んでいく。だけど私は殆ど自分が暮らしていた家から出た事がないから懐かしさを感じない。まるで初めてやって来た様だ。
「――リゼはうちに来る前、こんな処で暮らしていたんだね」
「……らしいけど私、家を出た事がなかったから……」
「そっか。うちに来た時はまだ四歳だったもんね。だけど大丈夫だよ。リゼのお母さんはリゼが帰ってくるのを首を長くして待ってる。リゼのお父さんやお兄さんも必ずね?」
だけどそんなリオンの言葉に私は少し拗ねていた。だって私とのお別れが近付いているのにリオンは寂しそうにしてくれないから。私は寂しくて堪らないのにリオンは平気みたい。それが悔しいと言うか何と言うか。小さい頃に私を守るって誓ってくれた事ももう忘れているのかも知れない。そう思うと自然と怒りが湧いてくる。だけど次の彼の声に私は自分が拗ねている事も忘れて思わず視線を向けてしまった。
「――あ、あれがリゼの家かな? 何処となくうちと似てる感じがするね。やっぱり公爵家同士だから同じ造りなのかな?」
「え……ああ……そうかもね。だけど私……帰って来たんだ」
やっと懐かしさが胸に込み上げて来る。四歳で家を出た時は大きい家だと思っていたけどこうして十一歳になってもやっぱり大きいと思う。七年前に出た時と何も変わっていない。私はお母様と再会した時に何と言うべきなんだろう? ただいまと言ったらお父様とお母様、それにお兄様はおかえりと言ってくれるんだろうか。それに私の事を分かってくれるだろうか。
懐かしい気持ちと一緒に不安が込み上げて来る。胸の鼓動が耳元でうるさく響く。まさか家に帰るだけでこんなにどきどきすると思わなかった。だって仕方ないじゃない、あれからもう七年も過ぎているんだから。生まれて育った時間の倍近く離れていた私は忘れられていても仕方ない。もしここに私の居場所がなければ叔母様の処に帰ろう――そんな事を考え始めた時。
「――リゼ。どうしたの?」
不意にそんなリオンの声が聞こえて私は顔を上げた。いつまにか馬車は止まっていて降り口ではリオンが私に向かって手を差し伸べている。先に降りていたみたいだけどそんな事に私は気付く事も出来なかった。それ位には緊張していた。
「……ほら、早く降りて」
「……え……う、うん……でもちょっと待って……」
「いいから早く。ほら」
そう言って思わず躊躇する私の手を捕まえるとリオンは外に向かって思い切り引っ張る。外の眩しさで目が眩んで思わず目を閉じそうになる。だけどその瞬間、不意に誰かに受け止められて私は声も出せずにただ立ち尽くした。
「……おかえり、マリールイーゼ……ずっと待ってたわ……」
私を抱き止めたのは――お母様だった。だけど咄嗟に声が出せない。顔を上げて見るとお母様の顔が涙でぐしゃぐしゃに濡れている。何か……何か言わないと……だけど何をどう言えば良いのか分からない。頭の中が真っ白になってそれまで考えていた事が何も思い浮かばない。
だけどそんなお母様に抱かれていて鼻の頭がツンとした匂いに包まれる。私は何も言えずにただお母様に抱きついていた。
私、元気になったよ。もう倒れなくなったよ。ダンスだって出来る様になったよ。五歳処か十一歳になれたよ――そんな事を言いたかった筈なのに何も出て来ない。そんな言葉の代わりに涙が溢れて止まらない。結局私は何も言えず、お母様も無言で私を抱きしめ続ける。
そしてお父様とお兄様が近付いてきてお母様と私を抱き寄せてくれる。私にもちゃんと帰って来れる場所があったんだ。
お母様の娘に生まれて良かった。お父様の子に生まれて良かった。お兄様の妹で良かった。本当にこの家に生まれて良かった。本当に私は皆が大好き――それ以外は考えられなかった。