159 初めての校外授業へ
早速孤児院『メリアスの家』に向かう事になって私は生まれて初めて自分の足でアカデメイアの門をくぐった。道は舗装されていて街路樹が植えられている。道幅が広いのは馬車が通るからだろう。普段なら人通りが余り無いと思うけど今日は奉仕活動で多くの生徒が道の端を歩いているのが見える。そして私達に声を掛けてくる生徒がいた。
「――マリー達は何処に行くの?」
「あ、セシリア、それにヒューゴも」
後ろから肩を叩かれて振り返るとセシリアがいた。そのすぐ後にはヒューゴもいて更にその後ろには緊張した見知らぬ男女生徒がいる。
「ああ、私の班の子達だよ。皆まだ緊張してるけど慣れてくれば普通に話せるんじゃないかな――ほら、皆ー、公爵家令嬢のマリールイーゼ様だよー。大丈夫、話し掛けても噛みついたりしないから!」
「……おいセシリア……私、猛獣じゃないんだから……」
「だけど……マリーの班は凄いね。完全に知り合いだけで構成されてるじゃない? マティスとセシル、クラリスにマリエルってもう普段と完全に一緒でしょ?」
「いやーもう聞いてよ。クラリスは私が指導生だから、マリエルは私とリオンが監督ってなってマティスとセシルは立場上私と一緒にした方が良いってアカデメイアが判断したみたいなんだよねー」
「へえ? でもまあそれってマリーが今までアカデメイアで色々頑張って人の面倒みたり世話してきたからでしょ? ルーシーだってマリーがいなかったら大変だったみたいだしちゃんと評価されてるじゃない?」
評価――そう言う解釈も出来るのか。そう言えばあんまり考えた事がなかったけどアカデメイアに入学した頃は身体が弱い公爵家の令嬢って扱いだったなあ。それが今じゃあんまりその事を言われない。倒れたりする事もまだあるけど病弱令嬢って扱いは脱した気がする。まあその代わりに世間知らずの天然ちゃん扱いになってるけどな!
それでもセシリアの班の子達は私に近付こうとすらしない。公爵家の肩書きは下流貴族にとって触れ難い相手らしい。きっと準生徒の中でも王族のシルヴァンや公爵家の私は余り関わりたくない存在なんだろう。
「それで――リオン君。ちょっと話があるんだけど……良い?」
「え、うん、構わないけど。それでセシリア、何?」
「ヒューゴも来て――マリー、ちょっとリオン君を借りるね?」
「え……うん」
そう言うとセシリアとヒューゴはリオンと一緒に少し離れる。だけど一体何の話だろう? 残された私は残る他の面子に視線を向けた。
他の子達は固まって何やらひそひそと話している。マティスとセシルはクラリスと色々話をしているみたいだ。
「……へえ、それじゃあお菓子は現地で作るんだ?」
「はいです。材料なんかはアカデメイアから直接送って貰ってます」
「ふぅん……だけどルイーゼさんもクラリスちゃんもお菓子とか作れるんだ? 珍しいね、貴族令嬢って自分で料理しないって聞くけど」
「そうでも無いですよ? お菓子はリオンお兄ちゃんも作りますし私も教えて貰ってます。それにルイーゼお姉ちゃんも得意ですね」
「え、そうなの? リオン君もお菓子とか料理出来るの? だけど公爵令嬢なのに料理が得意って相当珍しいよね?」
「英雄一族の人は普通の魔法が使えませんからね。それに周囲も魔法が使えなくなるので全部自分でやっちゃうそうですよ? 今は水を魔法で出せてもお湯も普通に沸かせない人が多いらしいですからね」
どうやら三人は料理の話に花を咲かせているらしい。一番歳下のクラリスには双子も余り抵抗がないみたいだ。まあクラリスは十一歳で魔眼持ちとは言っても普通にまだまだ子供だもんね。それで生温かい目でそんな光景を眺めているとマリエルが私に近付いてきた。
「……ルイちゃん、ちょっと良い?」
「え? うん、どうしたのマリエル?」
「あれから私、どうすればルイちゃんを守れるか考えてたんだ。それで何が一番良いのか、レイモンド君に相談してたの」
「あ、そうだったんだ」
「――だけどね。ルイちゃんやリオン君の近くだと魔法が使えないって言われたの。それってどうしてなのか、ルイちゃんは知ってる?」
そう尋ねられて私は一瞬どう答えるべきか迷った。英雄一族の影響で魔法が使えなくなる理由についてはアンナ先生からある程度教えて貰っている。あくまで『恐らく』って話だけど。
魔法は魔力とは違う。魔力はオドと言われる体内魔力であって外界に存在するマナに干渉して魔法を発現する。私やリオンの血はその干渉を無効化するだけだ。だから純粋な魔力に対しては効果がない。
そもそもオドは生命力で多分日本で言う気功、『気』だ。それだけで使うと制御が出来ない。例えば魔法ならグラスに水を注ぐ事が出来るけど魔力だと水が現れるだけでグラスには注げない。魔力は完全なコントロールは難しいけど指向性だけは持たせられる。だから大量の魔力を持つマリエルは海の水を純粋に退けられた。自分の身体から放射される魔力だけで多分、無理やり自分の周囲から海水を押し除けたのだ。
だけどそこであの青い映像が脳裏に蘇る。もしかしてあの時マリエルは魔力じゃなくて魔法を使おうとしたのかも知れない。その所為で為す術もなく殺されてしまうのかも知れない。ならある程度教えておいた方が良い気がする。
「……えっとね、マリエル。これは私自身が魔法を使えないから、まだちゃんと分かってないお話なんだけど……」
「うん、何?」
「……私とリオン……多分、英雄一族は魔法を分解しちゃうんだよ」
「えっ? 分解?」
「うん、あくまで『多分』なんだけどね? マリエルは凄い魔力を持ってるけど、魔法にして使おうとすると私やリオンはその邪魔をしちゃうんだと思う。もしかしたら魔力もある程度打ち消しちゃうのかも知れないけど、身体の中までは影響しないんだと思う。でないと私やリオンの傍にいるだけで皆、死んじゃうからね?」
これはアンナ先生から聞いて私が考えた理屈だ。きっとオド――魔力は純粋なリソースで世界中にあるマナと言うリソースに干渉して魔法を発現させる。英雄一族はその干渉自体をさせなくする。身体から出た瞬間に魔力を拡散させて魔法を成立出来なくする。もしかしたらある程度人の身体にも影響があるのかも知れない。だって英雄を前にしてまともに立っていられる一般人なんて普通はいないから。後になって実際は少し違う理屈だと知るんだけど、この時点で私はそう思っていた。
もしかしたら魔法を学び始めたばかりのマリエルには分からないかも知れない。大体私だって一般魔法は一切使えないから完全に理屈の上で想像しているだけだし。だけどマリエルは少し考えると口を開いた。
「……と言う事は、レイモンド君に教えて貰った軍事魔法は全然意味が無い、って事だよね……」
「えっ? ぐ、軍事魔法⁉︎ そんなの習ってたの⁉︎」
「え、うん。何かあった時に使えた方が良いと思って。ほら、私って剣を振り回す事は出来てもリオン君みたいにちゃんと戦ったりは出来ないから。だけどそっか……魔法はダメなんだね……覚えとくね?」
「……ち、因みに……どんな魔法を教えて貰ったの?」
「うん? ええとね、ランセ・フューって炎の槍を出して相手に投げる魔法とか? 凄いよー、相手に当たった後に爆発炸裂して周囲全体にもダメージを与えるの。私の魔力だと全力で使うと周囲一体が焼け野原になるから絶対に全力で使うなって言われたんだけどね?」
れ、レイモンド、何て恐ろしい魔法を教えてんの! すっかり忘れてたけどレイモンドって元々軍属だったんだっけ。そりゃあそんな戦略級魔法とか知っていてもおかしくは無いけど十五歳の女の子に教える魔法じゃないでしょ、絶対!
……因みに後で聞いた話だとランセ・フューって魔法は普通は当てた相手にやけどさせて怯ませる程度で範囲も両腕を広げた位しか無いそうな。それが戦略級になってしまうマリエルの魔力がそれだけえげつないと分かって、レイモンドを問い詰めた私は戦慄する事になるのだった。