158 対策と必然
奉仕活動の当日がやってきた。バスティアンが言っていた通り私とリオンは一緒で幾つかある教室の一つに向かう。そこで教導官の先生から説明を受ける為だ。だけどそこにクラリスもやってきてリオンは少し驚いた顔に変わる。
「……あれ? クラリスも一緒?」
「そうみたいですね。それにマリエルお姉ちゃんやマティスさんとセシルさんも一緒みたいですよ?」
「……え? マリエルとマティス達まで?」
それで私も思わず声をあげる。そしてそんな処にマリエルとマティス、セシル、最後にテレーズ先生とアンナ先生の二人が入ってきた。
「――はい、それでは奉仕活動の説明を始めます」
「あの、テレーズ先生! ちょっとお聞きしたい事が!」
「何ですか、マリールイーゼ?」
「あの、どうしてこのメンバーなんですか?」
私が尋ねるとテレーズ先生は当然の顔で答える。
「そうですね。先ず貴方とリオンは婚約相手ですから必ず一緒に行動する事になっています。そして貴方はクラリスの指導生ですから当然同じ班で行動する事になります」
「え、はい……それはまあ、何と無く……」
「そしてマリエルに関しては貴方達の観察保護対象として王宮から指示が出されています。ですから自然と貴方達の管轄下に置かれます」
「……は、はあ……じゃあマティスとセシルは……?」
「二人は貴族ですが爵位の無い貴族家の出身です。今回の奉仕活動は上流貴族と下流貴族の組み合わせが重視されていますが彼らの立場の関係上、事情を知る上流貴族と組み合わせるべきだとアカデメイア側が判断しました。一般貴族にとっては騎士階級は平民と同じですから不当な扱いを受ける可能性があります。それはアカデメイアとしては看過出来ない事態です。それを回避する為に貴方達が選ばれました」
「…………」
つまり、色んな思惑が絡み合った結果、理想的な班分けがされたと言う事? でも余りにも都合が良過ぎる気がする。それで無言でテレーズ先生を見上げていると隣にいたアンナ先生が苦笑する。
「……マリールイーゼさん。これはテレーズ先生が言い出した訳じゃなくて本当にアカデメイアの顧問会が出した指示なのよ?」
「え……アンナ先生、本当ですか?」
「テレーズ先生は意見も出していらっしゃらないわ。だから現状を鑑みた結果、それが最も良いとアカデメイアが判断したと言う事よ?」
「……そうだったんですか……」
そう言われて私は別の事を考えた。帳尻を合わせるみたいに状況が変化するのは悪い方に限らないのかも知れない。例えば何もしなくても私が視た状況に近付いていく。もし私が対策をしても必ずその状態を目指して進んでいくと言う事だ。英雄魔法で知った私にとって都合が良過ぎる不自然な事でも知らない人からみれば必然となる。
それで一人納得しているとアンナ先生は笑顔で続けた。
「それにね? 本来は組む理由なんて絶対教えちゃいけない事なのにテレーズ先生はマリールイーゼさん達にお話されましたよね?」
「……ちょっと、アンナ!」
「良いじゃありませんか、テレーズ師。隠しておく事が美徳とは限りませんよ――マリールイーゼさん、勿論貴方に色々背負わせてしまう事に負い目があるのも事実です。師はこう言う物言いしか出来ない不器用なお方です。だけどお優しい事も知っておいてくださいね?」
そう言うアンナ先生の隣でテレーズ先生はむず痒そうな、複雑そうな表情で立っている。そこで『はい』と笑顔で頷くと奉仕活動で向かう先について説明が始まった。
王都には四つの教会がある。これらは魔法で言う元素精霊と同じで信仰されている。但し少し違うのは四属性が精霊ではなく子供神として扱われている事だ。それも四属性が均等に信仰されなければ母神が現れない。母神には教会がない。これを大聖母神信仰と言うそうだ。
何故多くの国でこの宗教が認可されているのかと言うと、四つに分割された教会が均衡を取ろうとする為に他の宗教と違って政治介入をする余裕が無い。協力しあったりもするけど四属性の子神はそれぞれ信仰目的が違うから別の宗教扱いだ。そして私達元準生徒は上流貴族で構成されているから今回、教会の孤児院には赴く事が無い。
私達が向かうのは教会が運営する孤児院ではなく、あくまで善意で運営される個人規模の孤児院だ。イースラフトやグランドリーフでは英雄がいる所為か孤児院に対する寄付が盛んだ。教会孤児院だけじゃなくて私設孤児院に対しての寄付も税金が免除されるから小金持ちや貴族もガンガン寄付をする。寄付した方が税が安く済むから積極的な救済活動が行われる。アカデメイアの奉仕活動もその一環だった。
勿論登録して認可されなければ孤児院自体が運営出来ない。だけど潤沢な運営資金があれば子供達の精神的なケアに注力出来る。詳細な監査も入るから金銭目的の孤児院運営も出来ない。国に地税を取られるのに孤児院が普通に存在出来るのはそれだけ寄付金が集まる為だ。
「――それで貴方達に行って貰うのはメリアスの家と言う孤児院で主にアレクトー家が出資しています。王都の南側、外壁の近くにある孤児院です」
「えっ、うちが⁉︎」
「ええ、そうですよ。マリールイーゼはそう言う事業を実家がやっている事も知らない位に世間知らずですからね。まあ貴方の場合長い間実家を離れていましたし、そう言った事情を知らなくても仕方無いのでしょうけれど。今回を好機として良く学んでください」
「……う、ううっ……」
ああ、なんか私、やっと自分が世間知らずって言われる理由が凄く理解出来た気がする。いやだって、うちが出資してる孤児院って聞いても皆全然驚いてないし。と言う事は私以外の皆は知ってる有名な話だって事だ。でもリオンも驚いてないのは凄く納得がいかない。
「……なんでリオンも驚いてないのよ?」
「ん? そりゃうちの実家も孤児院に出資してるし。イースラフトは戦争も多いし亡くなる兵士も多いんだよ。グランドリーフもうちの国に派兵してるし親を亡くす子も多い筈だからね。アレクトー一族は基本的に残された子供をちゃんと生きていける様に支援してるんだよ」
し、知らんかったの私だけかよ! 孤児院に出資してる事とか全く知らなかったし! と言うかまあ、私は王都自体も歩いた事が無い位世間知らずなんですけどね! 出掛けたら迷子になる自信あるよ!
何か説明だけで物凄く疲れた気がする。だけどお陰で三人は一緒に行動するのは凄く助かる。リオンも一緒だし三人だってきっと死なずに済む筈だ。クラリスも一緒だから何かに気付いてくれるかも。
こうして私達は午後から孤児院に向かう事になった。勿論学外授業だし馬車もない。アカデメイアは王都の東端にあるから孤児院まで充分歩いて行く事が出来る。もし事件があるとすればきっと今日だ。それはリオンも同じ考えらしく、私達は顔を見合わせて頷きあった。