156 戦闘談義
セシリアとヒューゴが来てから少しするとマティスとセシルの二人が剣技場にやってきた。そこでセシリアは物凄く笑顔で尋ねる。
「――マティスちゃんだっけ?」
「……はい、そうですけど……貴方は?」
「私はセシリア・フーディン。フーディン辺境伯家の長女よ?」
「え……そんな人がどうして私に?」
「それは私が貴方の剣の先生になるから。それで早速だけど本気修行とお客さん修行のどっちが良い?」
「あの、本気とお客さんってどう違うんですか?」
「お客さんはただ習うだけだから割と楽かな? 本気修行は終わった後に実際騎士や剣士になれる実力を手に入れられる感じ?」
「……じゃあ、本気の修行で……」
「本当に? 絶対? 後悔しない?」
「はい、本気の修行でお願いします!」
そんなやり取りの末、私はずっとその修行を剣技場の隅っこで眺めていたんだけど……はっきり言ってえぐい内容だった。セシリアがまさかこんな鬼教官だったとは思わなかった。
「――貴方ね。なんで防御がそんな疎かなの?」
「……はぁ、はぁ……す、すいません……」
「謝る前に防御しないと死ぬでしょ? こんな木剣でも人間、死ぬ時はあっさり死ぬのよ? 何と言うか貴方の戦い方って初期の弓戦を見てるみたいだわ。どうして弓が卑怯だって言われるか分かる?」
「え、えと……離れた処から攻撃出来るから、ですか?」
「そうよ。昔はね、弓使いって移動もせず遠距離で安全な処から延々矢を射るだけだったのよ。だけど今はもう通用しない。だって距離があっても直線的な攻撃で動かないんだもの。だから弓兵って真っ先に狙われて殺されるのよ。大体仲間が戦っていたら弓なんて撃てない訳だし弓兵は防御も知らないから。貴方、それでも良いの?」
何と言うかセシリアの口調はいつもと変わらない。いや、むしろ優しい位にも聞こえる。だけど笑顔の上に優しい口調でこんな風に延々言われる訳だから言われる側は抉られる感じで堪った物じゃない。
当然マティスも半泣きで心折れそうだ。だけど同じ女性同士だからセシリアも手を緩めない。もし相手が男性なら『相手が男だから勝てない』と言い訳出来るかも知れないけど同じ女性が相手だから言い訳すら許されない。それによく考えてみたらセシリアはマティスよりも一つ歳下だ。開始早々マティスのプライドはボロボロだ。そんな彼女の肩に手を置くとセシリアは優しい笑顔で言った。
「……あのね、マティス。貴方が飛び込もうとする場所は生まれとか育ちは関係ないの。勝てば生きる、負ければ死ぬ。貴族も平民も、男も女も関係無い世界なの。相手が有利だとか恵まれているって文句を言っても通用しない場所なのよ」
「…………」
「確かに私は辺境伯家の出身だしそんな環境に生まれて羨ましいって思うかも知れないけどはっきり言って地獄よ? だって最初から周囲は男ばかり、それも大人しかいないもの。力じゃ絶対に勝てないって分かりきってるしね。でも国境沿いで戦いになれば女子供も関係無く殺される。防衛戦の大将の身内なら余計にね? そこで生き延びる為には強くあるしかないの。ほら、貴方は言い訳出来るだけマシよ?」
まるでセシリアはマティスに『諦めるなら今の内だ』と言っている様にも聞こえる。私には想像も出来ないセシリアの過去や経験が透けて見える気がする。それで何も言えず黙って見ていると勝負が一先ず終わったらしいリオンとヒューゴ、それにセシルが私の処にやって来てセシリアとマティスを眺める。セシルは姉が打ちのめされるのを辛そうに見ている。そんな中でヒューゴは私に話し掛けた。
「……マリー様。セシリアは優しいだろう?」
「……え……ま、まあ、口調とか態度は……」
「でも俺やセシリアはあんな風に説明して貰えなかった。今回の冬季訓練だって死傷者が出ている。その中で生き残れる程度にセシリアも俺も山場を越えてきた。俺が知る限り同じ年頃の女で一番強いあいつがマリー様と一緒だと優しく素直に悩む。それはとても可愛らしいと思うし好ましいと思うぞ?」
そう言うとヒューゴの頬が少し赤く染まる。ああ、これって惚気ているのね。でもその中身が激しすぎて絶対普通は伝わらない。だけどリオンはその言葉に笑うとへこたれそうなマティスを見て言った。
「まあ……セシリアは適任だったと思う。僕ら男が相手をすると絶対あんな風にきつく言えない。だけどまさか、僕とヒューゴが毎回勝負するのを条件に引き受けてくれるとはね。ちょっと意外だった」
そう――セシリアが私に出した条件はマティスに修行をつける代わりにリオンとヒューゴが勝負をする事だった。それも一度や二度じゃなくて毎回。リオンもヒューゴも勝負する時はいつも楽しそうだったのに最近は全然顔を合わせていない。どうやらヒューゴもそれで塞ぎ込む事が多かったらしくてセシリアも少し心配していたのだ。
「……良い女だろう? 俺の婚約者は」
「そうだね。でもまさかここまで武闘派だとは思わなかったけど」
そう言って二人は楽しそうに笑う。そしてそんな中、複雑そうに姉を見つめるセシルに向かってヒューゴは尋ねた。
「それで――セシル。手合わせの後に俺とリオンの勝負を見ていてどう思った? 感想を言ってみろ」
「え……はい、凄かった……です」
「凄い? それは具体的に何処がだ?」
「そうですね……お二人共、防御が攻撃の起点になっていてこんな風に戦うんだって驚きました。僕は受ける事ばかりしてたので……」
「そうだな。確かにセシルは防御は上手く見える。だがそれは見えるだけで問題も多い。その事は自覚しているか?」
「……えっ? 見えるだけ、ですか……?」
「ああ。俺が最初に手合わせした時に受けろと言っただろう? だがお前がやったのは『受け止める』だ。普通、受けろと言えば『受け流す』べきだ。相手の攻撃が止める力より強ければ叩き伏せられてすぐ終わりだからな。それでお前が死ねば守りたい相手が次に殺される」
「……はい……そう、ですね……」
「それとお前の剣はブロードソードだな。肉厚の剣だが受け止めると叩き折られる事もある。垂直ではなく角度を付けて受ければ折られず滑らせて力を流す事が出来る。それと刃が欠けるだけだから縦に受けようとするな。分厚さを利用して剣身の側面で受け流した方が良い」
「えっ? そ、そうなんですか?」
「そうだ。受け流せば相手は体勢を崩す。力を込めて重量のある剣を振り下ろすから威力が上がる。逆に言えばそれを流してしまえば相手は死に体になる。基本的に剣で受けるのはその次に相手を殺す一撃を繰り出す為だ。ただ受け止めるのなら盾の方が効率的でマシだが理屈は同じだ。垂直に受ければ盾も貫通されるからな?」
なんかいきなり物騒なバトル談義が始まる。以前も思ったけどこう言う話になると私の場違い感が凄い。何と無く、雰囲気では分かる気がするけど興味自体が無いからやっぱり全然分からないし。
ただ……これでマティスとセシル、それにマリエルが生き延びられたら良いと思う。三人が死ぬのは絶対嫌だ。そんな事を思いながら私は皆が話しているのを黙って聞いていた。