152 戦う乙女
アカデメイアが始まってリオンはすぐセシルに帯剣申請の書類を提出させた。どうやら前もって教導官の先生に事情を話していたらしく問題らしい問題も起きる事なく受理された。昔からリオンは段取りが出来る男の子でこの手の手続きだけは本当に抜かりがない。
そうして申請も呆気なく通って今日、早速リオンとセシルの二人は教導室まで剣を受け取りに行っている。ちゃんと刃引きされているか確認の為に預けているからこればっかりは仕方がない。
マリエルは授業があって席を外している。アカデメイアでは日本で言う大学みたいに単元制で正規生は学票を稼げる。特にマリエルは補習を受ける位だから沢山の学票が必要だ。だけどそれよりもあの夜に何と話し掛ければ良いか分からなくなってから顔を合わせ辛くて少し助かってはいる。それでマティスと二人食堂でリオン達を待っているとマティスが妙にソワソワして落ち着きがない。
「――どうしたの? 何だか落ち着かないみたいだけど?」
「……え……うん。その……」
リオンが剣を渡した時は興奮して一緒に喜んでいたみたいなのに今日のマティスは少し違う。憂鬱そうで落ち着きがない感じだ。それで一体どうしたのかと思っていると彼女はやっと小さく答えた。
「……あのさ。私、時々夢を見るのよ」
「夢って……寝てる時に見る夢?」
「うん。そこでは私、騎士なのよ。ちゃんと男の子になってて顔を見ても私とセシルを足して割ったみたいな感じで。それを見てる時は夢だってちゃんと自覚してるの。そこでルイーゼさんやマリエルも出て来るんだけど現実とちょっと違うって言うか……変な感じなのよね」
そんな告白に私は黙り込んだ。夢だと自覚した夢――明晰夢は私もつい先日見たばかりだ。元々一人の人間として生まれる筈が双子で産まれたのが今のマティスとセシルだとすれば彼女が見た夢にも納得がいく。もう考えない事にするって決めたけど……だけど何も言わない私にマティスは隠し事を打ち明けるみたいに続けた。
「実は私ね……騎士になりたかったんだ」
「……え? 騎士って……あの戦う騎士?」
「うん。もっと小さい頃から夢はずっと見てて、それで本当に騎士になりたいって思っててさ。だから父上にも無理を言ってセシルの剣術稽古の相手もしてたんだよね」
「……そう、なんだ……?」
「だけどセシルがリオン君に剣を貰って、最初は自分の事みたいに喜んでたんだけど……嫉妬とか羨ましいって思ってたみたい。私の方が強いのにどうしてセシルに、って考えちゃう自分がいるのよ……」
そう言うとマティスは憂鬱そうにテーブルに突っ伏してしまった。
ここでは――少なくともこの国では女性は騎士になれない。他の国でも大抵は不可能だ。貴族の継承も原則男性でクラリスの家みたいな女男爵家は他に聞いた事がない。この世界は男性主権で女性はか弱く守られる存在と言うのが一般的だ。だからその代償行為として社交界で頂点を目指す女性は多い。
だけど残念ながら私は一般的な女の子じゃない。英雄一族の女の子で世間知らずの天然ちゃんとしか思われてない。だから当然世間の常識になんて囚われる必要もない。半ばヤケクソだけど世の中って周囲につけられたレッテルは剥がす事なんてほぼ不可能だ。それで普通に私は思ったままマティスに答えた。
「……んー、なら騎士は無理でも剣士になれば良いんじゃない?」
「……え?」
「叔母様――リオンのお母様は騎士じゃないけど剣を持つと滅茶苦茶強いらしいんだよね。まあ叔母様は英雄一族の直系だから英雄魔法も使えるんだけど、リオンのお兄ちゃん二人が怖がる位強いよ?」
「……ルイーゼさん、それ、もっと詳しく!」
「え? いや、えっと……私もそれほど詳しくないんだけど……?」
私が言った途端にマティスは身を乗り出して尋ねて来る。だけど私も叔母様が強い話は又聞きしただけで直接聞いた事もないし見た事も無い。強さだけで言うとお父様でも舌を巻く位らしいけど具体的な事は何も知らない。それで答えられず困っていると食堂の扉からリオンとセシルが戻って来るのが見えた。二人はテーブルに近付いて来るとマティスに詰め寄られる私を見てキョトンとしている。
「……何してんのさ、二人して?」
「……あ……あ、リオン、おかえり?」
「それで……マティスもなんでリゼに詰め寄ってるの?」
だけどリオンがそう言った途端、マティスは視線を移して今度はリオンに向かって猛烈に近寄っていく。
「――リオン君! リオン君のお母様って剣を持つと物凄く強いって聞いたんだけど、それって本当なの⁉︎」
「え? うちの母さん? あーうん、父さんと勝負しても普通に勝つ位には強いね。父さんが求婚した時も自分に勝てる人じゃないと嫌だって言って勝負したらしいけど何度も挑戦して根を上げたらしいし」
なんか今、さらっとアーサー叔父様の恥ずかしい過去が露呈した気もするけど……確か叔父様って近衛騎士団長だった筈だ。確かお兄様の事件の時にアベル伯父様が言ってるのを聞いた覚えがある。そんな叔父様に勝ちまくったってクローディア叔母様、えぐすぎない?
「じゃあ……リオン君、私、剣士になれるかな⁉︎」
「え? マティスは剣士になりたいの?」
「うん! 騎士にはなれなくても剣士にはなれるかな⁉︎」
それでリオンは彼女の後ろにいた私に視線を移した。
騎士は爵位がないけど基本的に独立した貴族だ。つまり自立した男性が叙任される。だから女性が騎士になれないのは性別の問題と言うよりも男性主権の中では独立した貴族として認められない所為だ。
実際にクラリスの叔母様は女男爵位を持っていたけど特別な扱いで男爵でも騎士じゃない。多分デュトワ家は医師の家柄で爵位を与えられた典薬貴族だ。今は留保されているけどクラリスが成人――アカデメイアを卒業すれば恐らくクラリスが叙爵される。貴族の世界では爵位を持つ男性は原則、騎士でもある。だからクラリスは騎士扱いをされない。
「……そうか。マティスも剣が欲しいのか」
私を見ていたリオンは合点がいった顔になるとそう言った。それに頷くマティス。それで少し考えるとリオンは静かに口を開く。
「だけど僕、もう予備の剣を持ってないんだよね」
それでマティスの表情が曇る。だけどすぐにリオンは続けた。
「だから母さんが使ってた物を送って貰うしかない。手紙を送ってから準備して届くまで一月位掛かると思う。それでも構わないかな?」
「……えっ? でも……良いの? 私、女だけど……」
「セシルが佩剣したのにマティスが出来ない訳が無いよ。それに英雄一族には男性しか佩剣出来ない規則なんて無いし、大体セシルも騎士の叙勲を受けた訳じゃないだろ? 但し技量は見せて貰うよ。セシルも手合わせしてるし使いこなせなければ意味が無いからね?」
「……分かったわ。リオン君、手合わせして貰える?」
「喜んで。それじゃあ後で剣技場で手合わせしよう」
それでマティスの顔にやっと笑みが浮かんだ。