150 実家の部屋にて
結局マリエルはパーティには間に合ったものの、殆どまともに参加出来なかった。流石にそれじゃ可哀想過ぎるからマティスとセシルも一緒に夕食に招待する事になった。今回、クラリスはフランク先生と一緒に久しぶりに実家に戻っている。普段私とずっと一緒だし実家でお父様のピエール先生も一緒に休暇の最終日を過ごす為だ。
因みに三人が残ると聞いてアンジェリンお姉ちゃんも駄々をこねたけど王家の姫君がそんな気軽にお泊まりなんて許される筈もなく、お付きの侍女の皆さんとシルヴァンに叱られて渋々帰っていった。
お父様もお母様も三人が関係者だと知っているけどおくびにも出さず私の友人として自然に接してくれている。きっと貴族としての慣れみたいな物なんだろう。貴族が感情を表に出すのは良くないし。
そうして早めの夕食の後は私の部屋に集まる事になった。パーティの翌日は冬季休暇の最終日で休みだからそのまま泊まる事になったんだけどマリエルとマティスは私の部屋、セシルは隣のリオンの客室で一緒に一晩を過ごす事になった。そんな中でパーティにろくに参加出来なかったマリエルが嬉しそうに変な事を言い出す。
「――さあ、家探しだ!」
「え、家探しって何するつもり?」
「そりゃあルイちゃんのお部屋を色々調べて、人に見られると困りそうな物を見つけて友情を深めるのよ! ほら、ポエムとかね!」
「えー……多分、そう言うのは全然ないと思うけど……」
「ほら、マティちゃんも一緒に探すよ!」
「……うーん、友情を深める為なら、仕方ないかあ……」
そう言うとマティスも少し渋々だけどマリエルと一緒に私の部屋を色々と物色し始めた。だけどそんな物が見つかる筈がない。だって私はこの部屋で殆ど過ごしてないし。四歳までの荷物なんて精々絵本が数冊ある位で幼い頃の服も別にしまわれている。
そう言えばアカデメイアじゃなくて実家にある自室に戻るのは随分久しぶりだ。叔母様の家から戻ってきて少し過ごしただけですぐにアカデメイアに入学したし、ある程度調度品は新しい物に交換されているけど基本的に私の私物は四歳までの物しかない。
最初の内は絵本を見つけて二人ははしゃいでいた。ここでは絵本は物凄く珍しい物でアカデメイアでもわざわざ読む人もいない。図書館に置いてあった物は仕掛け本だけで二、三冊しかなかったし作るのが手間だから例え貴族でも入手しようとまではしない物だ。
だけど――それ位しか見つからない。ポエムと言われても私が叔母様の元に行ったのは文字を教わる前だ。お母様が教育を始めた初日に私は日本の記憶を思い出した。絵本には文字が殆ど書かれていない。絵だけを見て物語を楽しむ物だったし。だけど他に何も見つからな過ぎて逆にマリエルとマティスの二人は怪訝な顔つきに変わる。
「……ねえ、マリエル。この部屋、生活感がないと思わない?」
「……うん。何と言うか……ここで生活してた痕跡がないと言うか」
「……絵本は珍しかったけど、服とかも全然ないし……」
「……だよね。ルイちゃん、あんまり戻って来てないの?」
それで二人に尋ねられて私は笑って答えた。
「ああ……私、身体が弱くて四歳で叔母様――リオンの家に静養に行ってたから。戻ってきてすぐアカデメイアに入学して寮生活だったからここでは殆ど生活してないよ? さっき二人が見てた絵本も四歳の頃に私が見てた物だし。静養に行くのに荷物は増やせないしね?」
「……え……ルイーゼさん、そんなに酷かったの?」
「うん。五歳まで生きられないって言われてたからね」
だけどそれを聞いた途端二人は凄く沈んでしまった。特にマリエルの落ち込み様は酷い。入学前に会った頃から思ってた事だけど彼女は躁鬱の差が激し過ぎて普段とは別人みたいだ。そしてマリエルは私に向かって真剣な顔で頭を下げた。
「……ルイちゃん、ごめんなさい。そんなの知らなかったから……」
「ん? ああ、気にしなくて良いよ? 実際叔母様の処に行ってから体力も大分付いたし、こうして今も生きてるしね?」
そしてそんな私とマリエルのやり取りを聞いていたマティスも難しい顔になって何か考えている。
「……そっか。だからルイーゼさん、パーティの最中に体力が切れていきなり眠っちゃったのね。貴方って普通の子と比べても小柄で体力もないなって思ってたけど……だからリオン君も気にしてるのね」
「えっ? マティちゃん、ルイちゃんに何かあったの?」
「ああ、マリエルがまだ来てなかった時にね。ルイーゼさんが突然倒れるみたいに寝ちゃったのよ。公爵様のお話だと初めてのパーティで疲れて眠っちゃったって仰ってたけど、そう言う理由があったのね」
うーん……実際は寝たと言うより英雄魔法で倒れたんだけど、それを言えばきっと私の力も説明しなきゃいけない。私だってパーティに参加した程度でもう倒れたりしないし。だけど二人は妙に納得がいった顔になって私に生温かい視線を送ってきた。
「……そっか。ルイちゃん、公爵家のお嬢様だし。そう言われてみればルイちゃん、お姫様なんだよね……」
「そうね、道理で……幼い頃からそんな生活をしていれば世間知らずに育っても仕方ないわ。きっと幼い頃からよく倒れたから大事に育てられたのね。そりゃあ天然ちゃんになっても頷けるわ……」
……おいちょっと待て。マティス、あんたの予想は当たってるけど半分位――いや、三分の二? 四分の三? 兎も角完全に当たってる訳じゃない。世間知らず――じゃないし天然でも無い筈だよね? それに二人共凄く真剣で深刻そうな顔なんだけどそれって割と真面目に私の事を世間知らずで天然ちゃんだと思ってるって事なの?
……色々言われ過ぎて、最近ちょっと否定出来なくなってきた。
だけどマリエルとマティスが話しているのを見て今更気がついたけど随分仲良くなってる。お互いに相手を呼び捨てで呼ぶ程度には仲が良くなってる。私が先に戻った後も二人はグレフォールに残って一緒だったし家の立場も余り変わらないから意気投合したのかも。
だけどそんな風に私達が話していると突然扉がノックされた。一体誰だろう。もしかしたらお母様かも知れない。女の子だけしかいない夕刻にお父様が来る事はない。特に今は二人も一緒だから絶対に遠慮して来ない筈だ。二人が萎縮して固まる中、私は扉に駆け寄る。それで開いてみるとそこにはリオンとセシルの二人が立っていた。
「――ごめん、リゼ。ちょっとお邪魔しても良いかな?」
「うん? 二人共、どうしたの?」
「ちょっとね。三人に立会人になって欲しくてさ」
「……立会人? まあ、構わないけど……」
そう答えるとリオンとセシルが私の部屋に入ってくる。それまで固まっていたマリエルとマティスは今度は別の意味で緊張し始めた。