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15 さよならの前に

 初めての魔法の発現から三年――私は十一歳になった。


 あれから剣の修行をさせられる事もなくダンスと魔法を使う練習ばかりで時が過ぎていった。特に未来予知の魔法が使えれば前もって危険が分かるかも知れないと言う事で叔母様も色々考えてくれたけどこんな魔法が使えた人が今までに英雄一族で生まれた事がなかったらしい。試行錯誤の末にあの時にやった鬼ごっこをする事になった。


 ダンス、鬼ごっこ、それに日課の散歩。これを毎日繰り返して三年――流石に体力も随分付いて多少駆け回った処で倒れる事も無いし筋肉痛で苦しむ事もない。


 そして私の外見も随分変わった……んだと思う。十一歳と言えば日本でいう小学六年生だ。そろそろ身体付きも女の子らしくなる頃なのに私はやっぱり痩せっぽっちのままで、当然胸も殆ど大きくなっていない。だけどダンスと鬼ごっこのお陰か腰周りだけはかなりスッキリしている。食は相変わらず細いままだからその事も大きかったのかも知れない。叔母様に戴いたコルセット――コールを着けても余り意識する事が無かった。


 ただ、髪は随分と伸びた。伸びたと言うより伸ばした。これは公爵家令嬢として髪を結わなければならない為だ。社交界に出た時にそのままと言う訳にもいかない。特に叔母様が熱心で頻繁に髪を結われた。どうやら叔母様は娘が生まれていたらやりたかった事を私でしているらしい。だからドレスもやたらと可愛らしい物が多いし細身でも映える物ばかりだ。そしてある時ダンスの練習をする際に叔母様が私に言って来た。


「――ルイーゼ、今日はドレスを着て踊ってみない?」

「え……だけど今までだって着てたでしょう?」


「そうじゃなくてね。実際のダンスと同じでコールを着けて、ドレスだけじゃなくてきちんと髪も結って正装で、って意味よ。実は以前頼んでいたルイーゼの為に仕立てて貰ったドレスが届いたのよ」

「でも……折角新しいドレスなのに汚れちゃうんじゃないかなあ?」


 だけど叔母様は期待の目で私を見ている。ソワソワした様子に仕方なく頷くとあれよあれよと言う間に私は飾り付けられていった。薄くお化粧もされて唇や頬に紅をさす。そして髪を結う前に姿見を見て愕然とした。そこに立っていたのはあの悪役令嬢、マリールイーゼそのものだったからだ。


 幼い頃と違って髪も薄く赤みを帯びた金髪で遠目に見ればきっとピンクに見える。私の知る悪役令嬢と比べて少し幼いけれど印象が同じだ。目もぱっちりして童顔な処以外にも全体的に幼くてお姫様みたいに見える。


 そして叔母様が準備してくれたドレスは子供用じゃなくて大人向けのデザインだ。可愛らしさをそのまま残してくびれを強調する様に腰周りの装飾が控えめですっきりしている。


「……やっぱりルイーゼはクレメンティアの子ね。義姉さんが子供の頃とよく似ているわ。物凄く可愛らしいわよ?」

「え、叔母様はお母様が子供の頃を知ってるの?」


「ええ知ってるわよ。うちとルイーゼの家、アレクトー家同士は昔から交流があったから。うちと逆でルイーゼのお父様が英雄の家系で婚約者の義姉さんはお姫様だったのよ」

「え⁉︎ お母様がお姫様⁉︎ それって王族の⁉︎」


「そうよ。二人共、子供の頃から本当に凄く仲良しでね? まあ子供と言っても私と十歳以上離れたお姉さんだったんだけど」

「……叔母様、だから『義姉さん』って呼んでたんだ……」


 そうか、だからマリールイーゼはあんなに可愛らしい外見だったんだ。お姫様が産んだ娘ならお姫様と同じだ。そしてそれは今の私でもある。いやまあ公爵令嬢って元々プリンセスって呼ばれる立場なんだけど……王族の遺伝子って本当にエグい。


 そしてぼんやりしていると髪を弄っていた叔母様が不意に抱きついてきた。それで私は思わず首を竦める。だけどそんな私の耳元で叔母様が小さい声で囁く。


「ルイーゼ……可愛いマリールイーゼ。あれからもう七年も経つのね。いつ死んでしまうんじゃないかと不安になった事も沢山あったけど、この歳までよく育ってくれたわ。だけどもう大丈夫ね。私とはもうすぐさよならだけど何か困った事があれば必ず呼びなさい。すぐに駆けつけて貴方を守ってあげるから」


 そう言われて不覚にも私は涙ぐんでしまった。考えてみたら四歳の頃にここへやって来てからもう七年。お母様と一緒に過ごした時間より叔母様と一緒にいた時間の方が長い。倒れる事も多かったけれどいつも叔母様が助けてくれた。叔父様に養子にならないか聞かれた時だって本当に私の事だけを考えて怒ってくれた。


「……叔母様――お義母さん、本当に今までありがとう……」


 私が何とかそう言うと叔母様は嬉しそうに笑う。私の母親は二人いる。産んでくれたお母様と育ててくれたクローディア叔母様だ。アカデメイアの準備があるから入学する半年前には実家に戻らなきゃいけない。そうなればこの家やこの土地、この部屋ともさよならだ。勿論私が帰った後でも叔母様は会いに来てくれるだろう。だけどやっぱりお別れするのが辛い。


「ほら、ルイーゼ。折角お化粧しておめかしまでしたんだから泣いちゃ駄目でしょ? だけど結局最後まで叔母さんとは呼べなかったわね。きっとルイーゼは義姉さんに似て生真面目なのね。だって貴女は本当にお姫様なんだもの」

「……うん……」


「ほら、凄く可愛らしくなったルイーゼをリオンにも見せてあげて頂戴。あの子、絶対に驚くわよ?」

「……分かったわ。私、行ってくる」


 それだけ言うと私は叔母様の部屋を後にした。泣かない様に我慢している変な顔を見られたくなかったから振り返ったりはしなかった。きっと叔母様とはまた何度でも会える――そんな風に自分に言い聞かせながら。だからきっと悲しくは無い。


 その後リオンに見せたら顔を赤くして俯いてしまった。こんな風に過ごせるのもあと少し。きっとここで一緒に暮らした経験は何にも代え難い。だって五歳まで生きられないと言われていた私が十一歳まで生きられたんだから。


 だけど悲しくなくてもやっぱり寂しい。もうリオンや皆と楽しく過ごす事が出来ないと思うと胸が締め付けられる。そんな私の顔を見てリオンが遠慮がちに呟く。


「……そうか。リゼはもう直ぐ帰るのか」

「うん。今までありがとうね、リオン」


「リゼを家に送るのは僕だよ。それと……まあ、今はいいや」

「ん? リオンがエスコートしてくれるの?」


「そうだよ。僕がリゼについて行く。だから心配しないで」


 彼の言葉を聞いて寂しさを一層強く感じる。だけどこれから私は一人で戦わなきゃいけない。主人公、マリエル・ティーシフォンと攻略対象達を相手にどれだけ何とか出来るか分からないけど、兎に角死ぬ事だけは回避しなきゃいけない。


 これからも叔母様やリオン達と再会する為に――だけど私は寂しさに気を取られていて、その時リオンが何か言いたそうな顔で黙っている事に気付けなかった。


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