148 社交場の作法
目を覚ました私はリオンとパーティ会場の片隅に戻っていた。初めてのパーティで疲れて眠ってしまった事になっていたお陰で何事も無かったみたいに復帰する事が出来た。だけど考える事が沢山あり過ぎてもうパーティ処じゃなかった。
特に気になっているのがセシルの事だ。私を助ける為に手伝ってくれるのは嬉しい。でもそれが原因で命を落とすのかも知れないと思うと気が気じゃない。それで悩んでいるとリオンが静かに尋ねた。
「……リゼ、さっきから難しい顔してるね? 僕がセシルに手伝ってくれる様に頼んだのがそんなに気にいらなかった?」
「……そう言う訳じゃないけど……」
「まあ気持ちは分かってるつもりだよ。リゼはセシルに見た夢の事を教えたくないんだよね。それにきっとリゼは自分に関われば夢の通りになると思ってる。だから距離を取るべきか迷ってる――だろ?」
そう言われて私はリオンを見た。彼は少し寂しそうに笑って私をじっと見つめている。リオンが言った事は大体当たってる。
「……でもさ。リゼが見た時点で今から離れても結果は変わらないと思うよ? それで勝手に動かれてリゼが見た通りになる位なら仲間として指揮下に入ってくれた方がマシだよ」
「それは……そうだとは思う、けど……」
だけどそう言われても憂鬱だ。私自身は自分で知っていたから気にならなかったけど今回は他人の事を知ってしまった上に本人に話すとまずい気がする。特にその結果が残酷な死で、それも本来私が知っていた乙女ゲームの展開でも聞いた事が無い物だ。
私はその乙女ゲーム自体エアプで多少情報は知ってるけどそれ以上は知らない。ゲームの展開をなぞるにしても逸らすにしても内容自体を知らないからどうしようもない。本来の展開を完全になぞりたくてもなぞれないのだ。行動基準に出来る指針がない。まあだから何とかする為に必死に色々考えてる訳だけど、これってもうゲームの展開も関係ないし実際に普通に生きているのと何も変わらない。まあだから私もゲームのつもりで生きていないんだけど。
でもそうして悩んでいるといきなりリオンの両手が私の頬を挟んで顔を近付ける。いつになく真面目な顔だ。
「……だからさ。悩むよりも先にリゼが見た通りにならない様にする事を考えるんだよ。例えば……アカデメイアの生徒が普通、街に出掛ける事なんてないだろ? だって金票が配られるから校内で大抵の物は手に入れられる。むしろ街に行く理由がない。なのに街に、それも路地裏に入っていく状況って何さ?」
「……あ……そう言えばそうね」
「だろ? リゼの見たのは酷い結果だけど、逆にその状況になる方が少ないんだよ。マリエルもマティスもセシルもこう言っちゃ悪いけど男爵家の養子に騎士の子で金銭の余裕がない。だけどアカデメイアの中なら金票は平等で買い物にも困らない。そもそも街まで出る必要性自体がないんだよ」
「うん。実際私達もアカデメイアから出ずにずっと生活してたしね」
「確かにグレフォールに行った時みたいな理由があれば分かる。でも今まで三年以上アカデメイアに居て初めてだっただろ? それがすぐにまた起こるのも考え難い。休暇で帰省するなら分かるけどマリエルとマティス、セシルが一緒と言うのも変だ。それにリゼの見た夢って聞いた限り、リゼ自身その場にいなくて見てる感じだったんだろ?」
「……そう言われてみればそうね。だって三人が襲われてるのに私に向かって攻撃はされてないし。あの中で私だけがその場にいない感じだったわ」
「なら、それが起きる状況自体かなり限られる。三人が自発的に街に出掛けたのか、それとも必要に駆られたのか。それに身体強化をしたマリエルを一撃で殺せる相手もかなり限られるよ。僕が知ってる彼女ならそこらの騎士の攻撃は避けられる筈だ。それにセシルも帯剣許可を持ってないからね。だから簡単にやられるんだと思うよ?」
「……え、凄い、リオン……なんでそんな色々分かるの?」
「あのさ……僕は賢くはないけど、英雄一族だし戦う事なら普通の人よりかなり優れてる。だから本来、僕が一番役に立てるのはこう言う血生臭い話の時なんだよ。それにリゼの話によればセシルは出会い頭に一撃でやられてる。何度か手合わせしてるけどセシルだって優れた剣士だ。となると相手は騎士団長以上――男爵位って事になるね」
それを聞いて私は何か引っ掛かる感じがした。そう言えば騎士は爵位を持っていなくて団長になると男爵位を叙爵される。マティスやセシルのお父様も団長になって叙爵目前と聞いている。となるとこれは物盗りや強盗と違って貴族の権力争いの可能性が出てくる。
「……ねえ、リオン。これ、お父様とお母様に話しておいた方が良いんじゃないかな。私が公爵家の娘で仲良くしてるから三人が狙われる可能性もあるでしょ? もしそうならお父様に知らせといた方が対処し易いし……と言うか知らせないと物凄くマズい気がする……」
「あー……うん、そだね。むしろ知らせておかないともしそうだった時に物凄く叱られそうな気はする。うん、知らせておこう」
どうやらやっとリオンもお父様達を怒らせるとかなり厄介な事になると理解したらしい。私のお父様は普段冷静沈着に見えて実はかなり親バカだ。特に権力がある親バカって案外洒落で済まない。
それで早速私とリオンはテレーズ先生達と雑談をしているお父様のいるテーブルに向かった。そこでマリエル達三人が街に出て襲われる予知を見た事を伝えるとお父様の顔が険しく変わる。
「……それは本当かい、ルイーゼ?」
「うん。さっき倒れ――寝ちゃった時に英雄魔法が発動したみたい」
「そうか、分かった。それでその子達はここに来ているのかい?」
「うん、二人はいるけどもう一人、マリエルだけ遅れてるけど」
「ふむ……例の子か。よし、治安部に連絡して王都全体の警備を強化して貰おう。留学生もいるアカデメイアの生徒達が襲われると王国にとっても相当な致命傷になる――だけどルイーゼ、今回は妙に素直に話してくれたね? 普段からこうなら私やお母様も安心だが……」
「……あ、あは、あははは……」
……うーん、パーティの最中に寝ちゃう子って相当小さい子位しかいないよね。もしかしてそう言う痛い子って思われてる? テレーズ先生も心なしか穏やかで笑って見てる感じだし。だけどそんな時私はふと思いついた事があってテレーズ先生に尋ねた。
「……あの、テレーズ先生。お尋ねしてもよろしいですか?」
「あら? 何ですか、マリールイーゼ?」
「アカデメイアの授業として正規生が街に出掛ける……みたいな内容の講習ってあったりしますか?」
これは本当にただの思いつきだった。アカデメイアは貴族の社交界教育、いわゆる教養を身に付ける為の場だ。だからお茶会の講習会も実施してるしダンスの授業もある。いわゆる普通の学科授業もあるけどそれより素養教育の方がメインだ。なら街に出て平民達と触れ合う校外授業もあるかも知れない――そんな事を思いついたのだ。
「……それは教導官としての私に対する質問ですか?」
「はい、そう思って戴いても構いません」
「そうですね……それならば答えられません。アカデメイアでの授業や講習は他人との交流も含まれています。社交界の『社交』とは他人と触れ合って情報をやり取りしたり交流する事ですからね?」
テレーズ先生は楽しそうにそう言う。だけどそれを聞いて私は確信に近い物を感じていた。これは肯定だ。テレーズ先生がそう仰ったと言う事は授業の一環として私の質問に答えていらっしゃる。
先生に教えて貰ったレディクラフトは貴婦人らしい素養を磨く為の知識なだけじゃない。他人を見て、交流して、情報を得る――それは社交界で戦う為の淑女の社交技術に近い。
「……分かりました。先生、失礼致しました」
「いいえ。頑張りなさい、マリールイーゼ?」
スカートの端を摘んでお辞儀すると先生は楽しそうに微笑む。その先生の満足そうな表情が全ての答えだ。と言う事はここで次に尋ねる相手はもう決まってる。それで私が歩き始めるとそれまで黙っていたリオンが不思議そうに尋ねてきた。
「……何だかはっきりしない言い方だったけど、リゼはテレーズ先生が何を言おうとしてたのか分かったの?」
「うん。要するに先生は教導官からじゃなくてパーティの参加者から社交の一つとして情報を得なさい、と仰ったのよ」
「……うん? どう言う事?」
「こう言うパーティは社交界の一つでしょ? そこに情報を持ってる人がいるのに先生に頼るなって話。つまり――アカデメイアでも街に出る講習や授業が正規生にはあるって事よ」
それで私が誰の元に向かおうとしているのか理解したリオンは立ち止まって呆然と呟く。それで私も足を止めて振り返った。
「……レディクラフト、だっけ。女の子はやっぱり怖いな……」
「そんなのどうでもいいから早く行くよ? いつ頃に街に出る講習があるのか、具体的な話を聞かないと」
「……う、うん、分かった……」
リオンは少し気後れしながらも私のすぐ後ろに続いた。