146 青い悪夢
――それは、今までと違う不思議な感覚だった。
青一色の世界が目の前に広がっている。目の端で紫の光が瞬いたのはきっと私の英雄魔法だろう。だけどこれまでと違って紫の世界じゃないし残像の軌跡が見える訳でもない。まるで夢を見ているみたいだけど妙に頭がはっきりしていて明晰夢を見てるみたいだった。
気が付くと、そこは何処かの街の路地だった。狭い道があって自分の手を見ると何も見えない。身体自体見えないのに光景を見る事だけ出来る。それに音も何も聞こえない視界だけの世界だ。
一体ここは何処だろう? そう思って周囲をきょろきょろと見渡すと両側に建物らしい壁が見える。道幅は両腕を広げれば壁に届く程度しかない本当に狭い路地裏だ。後ろを振り返ると表通りらしき光景が見える。だけど少し遠い。ここは路地裏を入り込んだ場所だった。
そんな中で視線を落とすとセシルがまるで壊れた人形みたいに横たわっているのが見える。服の胸元がべっとりと真っ青に染まっている様に見える。きっとそれは血だ。
真っ青な染みが彼の胸元で広がっていく。そしてそんなセシルに覆い被さる様にしてマティスが縋り付いているのが見える。彼女は顔を涙で濡らしながら彼を必死に守るみたいに抱きしめている。
そんな彼らに背を向けて、路地の奥に向かってまるでセシルとマティスを守る様に立ち塞がっている人影があった。それは激しい怒りを浮かべたマリエルだった。
だけど相手が何なのか全く見えない。路地の暗闇と青い視界が重なっている所為かべっとりと青一色で何も認識出来ない。そんな中でマリエルが一歩踏み出して相手に向かって殴り掛かるのが見えた。その瞬間マリエルの周囲だけ何か光が滲み出す。それはマリエルの全身を包んで彼女だけがいつもの紫色の光へと変わったみたいだった。
これが私の英雄魔法なら、相手が一体誰なのかを見ないと――そう思ってマリエルの隣に移動する。だけどその瞬間、剣みたいな何かが突き出される。それはマリエルの眼孔を貫いて彼女は地面に崩れ落ちる。それまで普通に生きていた身体から命が奪われて生物から物質へと変わる。
まるで悪夢みたいな光景だ。なのに青一色の世界で現実感が余り感じられない。剣の刃幅は三センチ位しかない様に見える。きっと細剣と言われる物で剣技場でも何度か見た事がある。そしてそれがうつ伏せてセシルを守るマティスの身体に突き刺さるのを見て、私は思わず悲鳴を上げた。
その瞬間、見えていた青一色の悪夢の世界は唐突に途切れた――。




