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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
145/316

145 変質

 パーティが佳境へ向かう中で私は一人でいた。セシリアとルーシーは楽しそうに話している。普段こんなに大勢の人達に囲まれる事がなくて少し疲れてしまったみたいだ。


 元々私は余り表に出る事がない。同じ年頃の子と比べても圧倒的に体力がないからついていけない。だから身体を動かすより一人で本を読んでいる方が好きだ。ダンスは確かに好きだけどそれ以外はからっきしだし体格だって小柄なまま成長しない。元々私が社交的じゃないのはきっとそう言う部分に強い劣等感を持っているからだと思う。


 ここはうちの庭だから危ない事は何もない。お父様やお母様も手がすぐ届く処にいるからリオンもそれ程気を張り詰めていない。それで私は庭の端で樹に背中を預けながら一人座っていた。


 身体を動かすのは苦手だけど人を眺めるのは好きだ。その中にいなくてもどんな事を考えているのか見ていて分かる。例えばレイモンドは普段不良っぽい振る舞いだけど実際は周囲の人間を物凄く良く見て考えているのが分かる。きっと育った環境の所為で、大事に扱われてこなかったからこそ伺う癖がついてしまったんだろうな。


 そしてマティスはいつもセシルを気にしている。何処にいても必ず彼の姿を探そうとする。それはきっとリオンが私を見るのと同じで放っておくと危ないからなんだろう。それ位セシルは気が弱い。私と良い勝負である意味私達は物凄く似ている気がする。


 だけどそのセシルの事が私はよく分からなかった。気が弱くて余り強い言葉を使わない。普段から殆ど話さないし黙って聞いているだけの事が多い。大抵マティスが一緒にいて彼女はすぐに口を出すから彼から自分で言う事が殆ど無い。良く言えば物静かで慎重だけど悪く言えば影が薄い。静か過ぎてそこにいる事に気付かない事が多いのだ。


 そんな事を考えながら目を瞑っていると、不意に声を掛けられた。


「――大丈夫ですか、マリーさん?」


 それで目を開くとセシルが心配そうに見ている。そう、何と言うか彼は音もなく静かなまま懐に潜り込んでくる事が多い。他の男の子と違って性別的な印象が薄い。柔和で大人しいし服装が女性物なら女子ですら女の子だと思ってしまう。そう言う意味では異性に警戒させないって意味で危険な男子だ。リオンと同い歳なのにそう見えないって言うのも怖いと言えば怖いしね?


「……うん、ちょっと疲れただけ。セシルは楽しい?」

「楽しい……と言うかこう言う場所に来た事がないので、珍しさの方が先に立ってしまって。でもきっと楽しいんだと思います」


「そっか……まあ楽しんで貰えてるなら良かったかな?」


 私が笑ってそう言うとセシルは目を伏せた。


「……僕はマリーさんとお会いして、初めて同じ男子の友達が出来た気がします。いつもはマティが身構えるんですけど、マリーさんには凄く打ち解けたみたいで僕も嬉しいです。本当に有難うございます」


「男子の友達って……リオンの事?」

「はい。リオンさんはとても良い人ですね。僕みたいな人間にも正面からちゃんと見て話し掛けてくれますから」


 あー……それもリオンらしいなあ。リオンって他の男子と違って余り周囲に合わせようとしないし。自分が正しいと思った事だけを貫くタイプだから。だけど私は苦笑してしゃがんだセシルを見た。


「だけどその『僕みたいな』って言い方は止めた方がいいよ? そう言うの、多分リオンは嫌うから」

「え、そうなんですか?」


「だってそれってリオンが認めてる相手がリオンを否定してるみたいな物でしょ? 自分を卑下すれば相手も貶める事になるってセシルは知っておいた方が良いのかもね?」

「あ、そう言えばそうですね。今後気をつけますね」


 そう言ってセシルは目を伏せる。長いまつ毛が震えていてこれもう男子じゃなくて美少女じゃん。これがいわゆる男の娘って奴? でも余りセシルとは話した事がなくて話題が思いつかない。それで何か話題はないかと考えると私は以前リオンから聞いた事を尋ねていた。


「――そう言えば、セシルもリオンと一緒にマリエルから水泳を教えて貰ってたんだよね? それって急にどうしたの?」


 だけどその途端セシルは伏せていた目を上げる。物凄く真剣な顔になって私を見つめる。


「……僕は、誰かが危ない時に動ける人間でいたいです。リオンさんもきっとそうだと思ったから。それで一緒に練習しました」

「……そっか。まあこの国って泳げる人自体いないもんね」


「それと――あのマリエルさんってどう言う人なんですか?」

「……どう言う人って言われても何と言えば良いか分からないけど」


「……彼女は海に穴を開けてマリーさんを助けました。それにマリーさんを抱き抱えたまま凄いジャンプもしていました。普通の女の子にそんな事が出来る筈がありません。でもマリーさんもリオンさんも余り驚いた様子じゃなかったので、何かご存知なのかと思いました」


 それを聞いた瞬間、私は顔が強張るのを感じた。それはリオンしか見ていない筈なのにセシルも見ていたと言う事だからだ。だけどまだマリエルの事を他の人に知られる訳にはいかない。そんな事を知られればきっとマリエルはもう普通の生活が送れなくなってしまう。


 だけどセシルは私の様子を見て一人納得すると頷いて笑った。


「あ、大丈夫です。これはマティにも言ってませんし他の誰にも言うつもりはありません。こう見えて僕は口が硬いんですよ? まあ話す相手がいないって言う方が正しいかも知れませんけど」

「……そう、なんだ……?」


「でも彼女の見せた力は異常です。それもあってリオンさんと一緒に水泳を習ったんですけどマリエルさんは凄く普通でした。それで気になってマリーさんに聞いてみようと思ったんです。リオンさんはいつも他の人が一緒ですし、人前で聞いちゃダメかと思って」


 それで私はひとまず胸を撫で下ろす。きっとセシルが言ってる事は本当だ。でもまさか見ていただなんて思わなかった。だけどまだこの事は誰にも知られちゃいけない。取り敢えず口止めしとかないと。


「……あのね、セシル。その事は皆には黙っておいて欲しいの」

「そうですか。分かりました」


「え……何だか呆気なくない?」

「そうでもありません。僕もあの時マリーさんが海に落ちたのを見て動けませんでした。なのにマリエルさんは躊躇せず飛び込んで貴方を助けました。マリエルさんの事を知りたいと思ったのは僕もそんな風になりたいからです。僕も正しい騎士を目指してますからね?」


 そう言ってセシルは私に手を差し出す。きっと彼なりの誓約の証なんだろう。それで私も彼の手を掴んで立ち上がった。


 だけどその瞬間、目の端でパチパチと何かが爆ぜるのが見える。視界が一瞬紫色に染まったかと思うと赤が抜けて真っ青に変わる。まるで激しい立ち眩みを起こしたみたいに意識が持っていかれる。強い眠気に襲われたみたいに目を開けてすらいられない。世界が傾く。


「えっ……マリーさん⁉︎」

「――どうしたんだ、リゼ⁉︎」


 そんな慌てたセシルと、リオンの声だけが最後に聞こえた。


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