144 合同婚約パーティ
アカデメイア冬季休暇の最終日一日前。パーティの当日、うちの家の庭では思ったより大勢の人達の姿があった。
「――皆さん、今回は娘とその友人二人の婚約を祝う場にお集まり頂き感謝申し上げます。簡単な食事を準備致しましたのでどうぞお楽しみください」
お父様のそんな挨拶でパーティが始まった。今回は婚約式とは違っていわば二次会みたいな物だ。私、セシリア、ルーシーの友人関係が殆どで主催者で場所の提供者の私の両親しか親はいない。
今回招待したのは元準生徒全員と新規入学組、個人的なお付き合いのある人達、それとお世話になった人達で構成されている。
私とリオン、セシリアとヒューゴ、ルーシーとバスティアン、それとアンジェリン姫、シルヴァン、それに特待生のクラリス。新規生のレイモンド、マティスとセシル。だけどマリエルは補習が残っていて遅れてくると聞いている。これが私の知っている主人公と攻略対象の全員でパーティの前にお父様とお母様は挨拶を済ませている。
それ以外ではエマさん、カーラさん、ソレイユさんの正規生四年生組で勿論私は呼ぶつもりだったけどルーシーが特に望んだ面子だ。
それとクラリスのお爺様、フランク先生はいらっしゃったけどお父様のピエール先生はお医者の仕事で来られなかった。どうも公爵家のうちの主治医と言う事もあって最近は引っ張りだこらしい。特に出産前で魔法が得意ではない貴族のご婦人の不調や苦痛に魔法無しで対処出来ると言うのは他の医者と比べても相当話題になっている。
そしてそれ以外ではテレーズ先生とアンナ先生だ。特にテレーズ先生はお母様の先生だった事もあってお母様が変な事を言い出さない為のストッパー的な意味合いもあって期待してご招待した。
アレクトー家の関係者ではクローディア叔母様とそのご主人のアーサー叔父様、それとジョナサンがイースラフトから来ている。流石に長期滞在は出来ないから明日帰る予定だけどエドガーはアカデメイアで剣技指導教導官として出向中だから当然出席だ。レオボルトお兄様はアベル伯父様と一緒にイースラフトでお留守番らしい。
こんな参加者だから当然アカデメイアの生徒組とそれ以外の大人組で自然と分かれている。そんな中でアンジェリン姫はじろりとシルヴァンを睨むと忌々しそうに呟いた。
「……何故この中でシルヴァンだけ相手がいないのかしらね?」
「……それなら姉上だってまだ婚約相手がいないでしょう?」
「そんなの、マリーと一緒なら最高だったに決まってるじゃない!」
「……はあ、そうですか……」
そんな風に話し合う二人に苦笑しているとエマさん達三人が私とセシリア、ルーシーの元にやってくる。
「……三人共、婚約おめでとう」
「エマお姉ちゃん!」
ルーシーはエマさんに抱きつく。その背中を撫でながらエマさんは嬉しそうに笑った。
「ルイちゃんはもっと前から婚約してると思ってたけどそうじゃなかったのね。でもリオン君とはとてもお似合いだと思うわ。それにルゥちゃんもね? だけどシルちゃんまで婚約すると思ってなかったわ」
「……え、エマさん、酷い……」
「ごめんね、シルちゃん。だけど三人共、正規生になった途端に婚約出来たんだから将来は安泰ね。ちゃんと恋をして相手の男の子の事を好きにならないとね。結婚する時はまたご招待してね?」
だけどそう言われても、少なくとも私は超困る。私はリオンを好きだと思う。でも恋愛かと言うと家族愛に近い気がする。二人と違って私の場合恋愛以前に生き延びられるかどうかも怪しいし。それで何と答えれば良いか分からず黙っているとセシリアとルーシーがエマさんとその隣にいるカーラさん、ソレイユさんに尋ねる。
「えへへ、そりゃ勿論! でもエマお姉ちゃん、それにソレイユさんとカーラさんは婚約してくれる相手っていないの?」
「あっ、バカルーシー! そう言うデリケートな事聞いちゃダメ!」
「えー? だってほら、三人共婚約して結婚して、子供が産まれたら仲良く家族同士でお付き合い出来たら楽しそうじゃない?」
「……いや、あんただって、悩み過ぎて変な方向に突き進んで大変な事になってたでしょ……マリーがいなきゃどうなってた事か……」
「えー、あー、きこえなーい」
「……全くもう……エマさん、それにカーラさん、ソレイユさんもルーシーが変な事言ってごめんなさい。後でちゃんと叱っておきます」
だけど三人は苦笑しながら顔色が少し青い。怒ってると言うより本気で悩んでいるらしくちょっぴり余裕なさげだ。それでもエマさんは必死に話題を変えようとする。
「……まあ、私達は奉公先を見つけて色々と淑女修行をする感じでしょうか。でも男爵や子爵の令嬢って多過ぎて余り働き先が見つからないんですよね……王宮にお勤めも倍率が高過ぎて……はぁ……」
あー……そう言えば子爵と男爵ってこの国で一番多い貴族だから子供も相当数いるんだ。アカデメイアでは毎年生徒を取っているけどその殆どが子爵家と男爵家の子供だ。それでも人数が少なければ入学を前後に振り分けるらしいし。確かお兄様が入学した時は他に上流貴族がいなかった所為で物凄く目立ったって聞いた気がする。
「処で――マリー様、今回のお料理は種類も量も結構な数だと思うのですけれど、侍女の方は殆ど見かけないのですが……」
不意にカーラさんに尋ねられる。それで私は答えた。
「ああ、これって殆どお母様が料理してるんです。調理してくれる人もいるんですけど、うちでは殆どお母様かお父様が料理しますね」
「え……この数を、ですの?」
「英雄一族って自分で料理する事が多いみたいですから……」
そう言って私はすぐ近くで談笑しているリオン達を見た。リオンはヒューゴとバスティアン相手に何やら話している。基本的にこう言うパーティでは女子が主役だから余りやる事がないらしい。
そう言えばリオンも料理の腕は凄いんだよね。そもそも叔母様の家でも侍女や使用人って見た事がないしウチでもそうだ。どちらの家もドレスの着付けとかほぼ自力でやっちゃうし、私みたいに手先が不器用な子は手伝ってくれるけど一人でやる練習もさせられる。
基本的にどちらのアレクトー家も傍にいると魔法が使えないから家事や料理で手抜きが出来ない。火を起こすには火口から点火しなきゃいけないし水も井戸に汲みに行くしかない。普通の貴族の元で働くのと比べて労力が多過ぎて多分普通の貴族令嬢には無理だと思う。
「……はあ、そうなのですか……はぁ……」
「……はぁ……そうなのですわね……はぁ……」
それでカーラさんとソレイユさんが頬に手を当てて盛大なため息を漏らす。エマさんはそんな二人を苦笑して見ている。それでやっと私も奉公先にうちで募集してないか知りたかったんだと気付いた。
「あー、ごめんなさい、エマさん、カーラさん、ソレイユさん。うちって特殊過ぎるから大変だと思います。お医者さんも魔法が使えないから魔法がなくても治療出来るデュトワ家の先生しか無理ですし」
そう言って私はフランク先生に視線を向ける。先生は今、お父様やお母様と一緒に話している。クラリスも久しぶりな事もあってか先生のすぐ傍で大人の会話に耳を傾けている。
「あ……ルイちゃん、気にしないでね? ほら、カーラさんもソレイユさんも、テレーズ先生にご挨拶に行きましょ?」
「……ええ、そうですわね。それではルイーゼ様」
「……はあ……それでは失礼致しますわね」
そしてエマさん達は私の元から離れていく。そこへ何故かいれ違う様にジョナサンが私の前にやってきた。
「……ルイーゼ、おめでとう」
「うん、ネイサンも久しぶりね?」
だけどそう言いながらジョナサンは私の方を見ていない。離れていくエマさん達の後ろ姿をしきりに眺めている。
「それで……先ほどのあの女性は一体誰だ?」
「ん? 先ほどって……ああ、エマさん? エマ・ルースロットって言う名前でアカデメイアの先輩なの。もうすぐ卒業なのよね」
「ふむ……彼女はエマさんと言うのか……可憐だ……」
「……は?」
「義妹が世話になったのなら礼を言わねばな。行ってくる」
それだけ言うとジョナサンはすぐに行ってしまう。残された私は義兄の珍しい反応を見て何とも言えず、ただ見送るのだった。