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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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141 魔法の理屈

 アンナ・クレーマン――アンナ先生はテレーズ先生の補佐をしている教導官で少し自信がなさそうな女の先生だ。だけど考えてみればあのテレーズ先生の補佐が出来る人がただの使いっ走りをしているだけの筈がない。英雄一族は普通の魔法とは無縁だから全く知らなかったけどクレーマン家はグランドリーフ王国だけじゃなくてイースラフトでもかなり名を知られた魔法学の一族らしい。


 私とリオンはアンジェリン姫が連絡してくれたお陰でアンナ先生と面会する事になった。だけど当然その前にテレーズ先生と話す必要がある。アンナ先生はテレーズ先生の補佐官だから、だ。


「――大変でしたね、マリールイーゼ」

「あ、いいえ。お陰様で大丈夫です」


「それでアンナに尋ねたい事があるとアンジェリン王女から直接問い合わせがありましたが……」

「はい。お姉ちゃん――アンジェリン姫が言って下さいましたから」


「……バスティアン・シェーファーとルーシー・キュイスが共にグレフォールに残っていると聞いています。あの二人は間違いを起こす心配はない、と考えて良いのですか?」

「……えっ?」


「貴方はルーシー・キュイスの指導生でしょう? 解任した覚えはありませんから当然、その後の事についても指導義務がありますよ」

「うっ……まあ、一緒にシュバリエ家の双子が一緒ですし、バスティアンの実家の別宅で生活してますから……多分、管理人が大勢いる中で不埒な事は出来ないと思います……」


「……そうですか。ならばとりあえず良しとしておきましょう」


 まさかまだ指導生のままだと思ってなくてかなり焦った。だけど私の返答にテレーズ先生は一応納得はしてくれたみたいだ。そして私とリオンはアンナ先生のいる部屋へと通された。


 部屋――と言うより研究室だ。見た事のない道具が並んでいるけど何の為にどう使うのかも全く分からない。それらを眺めていると奥の方からアンナ先生がやってくる。


「あら、いらっしゃい。お久しぶりね。それでマリールイーゼさん、私に聞きたい事って何かしら?」


 そう尋ねられて私はすぐに答えた。


「あの……魔法について教えていただきたいんです」

「魔法? それは普通の魔法って事かしら?」


「ええ、普通の、授業で教えられてる魔法について、です」

「それは構わないけど……一般的な方と最新の専門的な方のどちらが聞きたい? 最新式は私の実家が出してる研究論文だけど」


「え、じゃあ……授業で教えられてる方で」

「……困ったわねえ。どちらも授業で教えているんだけど……」


 それで私が答えられずにいると隣のリオンが答えた。


「……最新の専門的な方でお願いします。でも僕達は魔法自体が使えませんから、それでも分かる様に教えて頂けると助かります」

「……ああ、二人は英雄家の方だものね。分かりました、それじゃあ最新の研究をメインにお話しますね」


 そう言うとアンナ先生はにっこりと嬉しそうに笑った。


「――お二人は『魔法』とはどう言うものだと思いますか?」

「ええと……不思議で特別な力、ですか?」

「リゼや僕は英雄魔法しか使えませんから僕も似た印象です」


「ええと……じゃあ、魔法って何が出来ると思います?」

「それは……不思議で便利な事、じゃないんですか?」


 だけど私がそう答えるとアンナ先生は首を横に振る。


「具体的に言うと、魔法とは手作業で時間を掛ければ出来る事を魔力と呼ばれる物を使って、時間を省略して達成する技術なんですよ。旧来では属性論が一般的でしたけど今では過去の遺物扱いです。四大精霊とかロマンチックではあるんですけど現実的じゃないと言うか、まあ早い話筋が通らなくなるので衰退しました」


 ……なんか日本の記憶で一般的だった物がいきなり否定された気がする。だけどそう感じるだけで具体的にどう言う物だったのかまでは私も思い出せない。リオンもよく分からないのかキョトンとしている。それで二人して首を傾げているとアンナ先生は丁寧に説明してくれた。


――曰く、魔法とは時間を掛ければ使わなくても実践出来る。例えば水を出すのも手間を掛ければ魔法でなくても同じ事が可能だ。但しその為には道具を準備したり労力が必要になる。規模が大きくなれば魔法を使わなければ相当な時間が必要だけど、その手間を魔力という力を使う事で省略すれば当然その規模に応じて魔力量が必要になる。


 軍事魔法も一般魔法も基本的には同じ。但し個人で使うか多人数で用いるかで効率や規模も変わる。そして原則、魔法で出来る事は人間の手作業でも全て可能だ。だから現状、貴族にしか魔法技術は開放されていないけど平民階級の生活に支障はない。単に時間を魔力に置き換えているだけに過ぎない――と言うのがアンナ先生の話だった。


「――そしてその原則を更に突き詰めると『魔力とは時間干渉力である』とも考えられる訳です。でも消費魔力は成果と正比例しませんし純粋なイコールでもありません。何より人間は概念を持っているので魔法にすると逆に非効率になる場合もあるんですよ」

「逆に? それってどう言う意味ですか?」


「例えばお湯ですね。お湯は水を火に掛けて出来る概念が一般的なのでいきなりお湯を出す人はほぼ居ません。ですから水を魔法で出してポットで沸かします。本来は直接お湯を一工程で出せる筈ですが水を出してお湯にする二工程を殆どの人が選びます。なので魔法研究者はいきなりお湯を出せる人を『魔法の才能がある』と言うんですよね」


 そんなアンナ先生の言葉に私は驚いていた。魔法ってもっとふわっとした物だと思っていたけど凄く科学的でリオンも予想外だったらしく驚いて見える。だけど私はさっき先生が言った一言の方が気になって尋ねてみる事にした。


「……先生は先程、魔法は時間を操る……時間干渉する力だって仰いましたよね?」

「ええ、正確には『魔力が』ですけどね?」


「じゃあ、私達みたいな英雄一族の魔法阻害ってどうなんですか?」

「それは……英雄一族に関する研究は禁止されているのであくまで私の推測による仮説になりますが、それでも構いませんか?」


「はい、それで構いません」

「そうですね……英雄一族の魔法阻害はあくまで魔法の阻害であって魔力の阻害ではないんですよ。魔力は所詮燃料で、それを使って火をつけるのが魔法です。テコの法則で例えると支点が概念、力点が魔力で魔法による結果が作用点です。でも魔力を相殺するには同量の魔力が必要なので現実的ではありません。ですから魔力に干渉して阻害しているとはちょっと考えにくいです」


「じゃあ……どうやって阻害してるんでしょうか?」

「そうですねえ……逆に結果が出ない訳ですから魔法自体発動してません。そう考えると英雄一族は概念干渉によって魔法を無効化していると判断した方が良さそうです。テコで言えば支点を潰す事で魔力による時間短縮の過程を阻害しています。勿論そこまで単純な話じゃありませんから他国も英雄一族に対処出来ない訳なんですけどね?」


 そう言うとアンナ先生は笑う。だけど私は普段自信なさげで大人しいこの先生は魔法の天才なんじゃないかと思い始めていた。


 魔力は時間を操る力で労力を短縮する。そして英雄一族の魔法阻害はその概念を妨害する。細かい理屈は難しくて分からないけどそんな私に理解出来る様に説明できるアンナ先生は天才だ。テレーズ先生の補佐官だと言うのも頷ける。やっぱりこの人も凄い人だった。


 きっとマリエルは先生が言う処の『魔法の才能』がある。そして恐らく燃料になる膨大な魔力も持っている。概念の妨害――その概念がどんな物か分からないけど普通の人は二度手間をしてしまうのを一気に出来る才能がマリエルにはある。だからマリエルは英雄一族の魔法阻害の影響を受けない。


 きっと魔法阻害を使えても英雄一族自身の概念が及ばなければ阻害出来ない筈だ。実際私に魔法が使えたとしていきなりお湯を出せないだろう。必ず水を出して別で沸かす事を考える。お兄様の完全魔法阻害の英雄魔法があればマリエルも魔法を使えないかも知れないけど少なくとも私とリオンの阻害は軽々乗り越えられたと言う事だ。


「……何となく理解出来ました。アンナ先生、有難うございます」

「えっ? マリールイーゼさん、自分が魔法を使えないのに今の説明を理解出来ちゃったんですか? 貴方、実は天才なんじゃないの?」


 私が謝意を述べるとアンナ先生は驚いた顔に変わる。だけど私だって完全に理解出来た訳じゃない。ただマリエルがどうして英雄一族の魔法阻害を乗り越えられたのか何となく分かっただけだ。


「……リゼは今の話、理解出来たんだ……僕は殆ど分からなかったよ……」

「んー、私も分かってないよ? 何となく大まかに理解出来ただけで専門的な事は私も全然だもん」


「……リゼって時々、斜め上の理解力がある事ってあるよね……」

「……なんか、全然褒められてる気がしない……」


 きっとそれは私に日本の記憶があるからだ。だけど曖昧にしか理解出来てないしその事だけは話す訳にも行かない。それで目的を達成出来た私とリオンはアンナ先生にお礼を言って研究室を後にした。


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