14 英雄の魔法
目覚めて次の朝から二日。筋肉痛は完全に治って私は元気に過ごしていた。流石にまだ気怠さが残っているからダンスの練習はしばらくお休みだけど身体を動かさないのは筋肉が落ちるからと言う事で家の周りを散歩している。
三兄弟はいつもと同じ様に接してくれる。きっと瞳の色が変わったのも見ている筈なのに何も聞いて来ない。特にリオンは本当にいつも通り接してくれる。彼の場合は英雄の魔法で悩んだ事もあるから聞かれても私が答えられない事を充分に分かってくれているんだろう。
そして何より私が嬉しかったのが氷菓子――りんごのシャーベットが本当にあって食べられた事だ。勿論私はお腹が弱いから一人前も食べ切れない。元々長期保存出来ない物だし傷んでしまうと勿体ない。だから貰った分も皆に返して食べて貰った。
そして体調が落ち着いた頃、私は叔母様に連れられて叔父様の書斎に赴いていた。
「――ルイーゼ、体調の方はもう大丈夫かい?」
「はい、叔父様。ご迷惑をお掛けしました」
開口一番に尋ねられて私は謝罪する。だけど叔父様は笑顔のままだ。一体何の用事だろうと思って私が黙っていると叔父様は私と隣にいる叔母様を見て口を開く。
「それで――ルイーゼ、今日は考えて欲しい事があって来て貰ったんだ」
「え、はい。何でしょうか?」
「ルイーゼ。このままうちの養子にならないか?」
「……え?」
「色々考えたんだがそうすれば君はグレートリーフのアカデメイアに行く必要がなくなる。実はつい先日、あの国の騎士団長に任命された騎士の子供がマティスと言う名前だと分かってね。これは流石にまずいと考えたんだ」
あ、そうなんだ……だけど叔父様の提案はとても魅力的だと思う。そもそも登場人物と出会わなければ死亡フラグを完全に叩き折れる。でもそうすると実家のお母様やレオボルトお兄様にはもう会えない。それはそれで寂しい。
だけど隣の叔母様は物凄く怖い顔で叔父様に言った。
「……アーサー。あなた、ルイーゼの魔法が目的ね?」
「え、えっ? いやディア、君、一体何を……」
「そんなの見てればすぐ分かるわ。ルイーゼの英雄の魔法を見てから妙にソワソワしてたもの。どうせルイーゼを鍛えて才能を開花させたいとか考えてたんでしょ?」
「え、いやあ、そんな事は――ないよ?」
……ちょっと待て。叔父様、今妙な空白あったぞ。と言うか叔父様って結構切れ物っぽく見えるのに実は割と脳筋? これは叔父様の評価を変えないといけないのかも知れない。そんな事を思っていると叔母様は続けた。
「大体アーサー、この子に剣の修行をさせる気? 女の子がそんな事しても意味ないでしょ。大体私ならば兎も角、ルイーゼに剣は無理よ。今まで一体何を見てたの?」
何だか今、叔母様が不穏当な事を言った気がする。私は口を開いたままぽかんと隣の叔母様を見上げた。その視線に気付いた叔母様が私の肩に手を置いて笑う。
「ああ、ごめんねルイーゼ。この人は英雄の魔法が使えないのよ。今のイースラフトの王様の弟で私と結婚したの。元々英雄に凄く憧れてて、この前のルイーゼの魔法を見てから興奮しちゃったみたいなのよ」
「あの、そう言う事じゃ――って、え、そうなの⁉︎」
「そうよ。この人、実は入婿なの。うちの実兄の親友で一緒に王宮勤めをしているのよ。この前のりんごの冷菓子も私の兄が買ってこの人に持たせてくれたのよ?」
えー……今になって新情報? 叔母様が英雄の直系で叔父様は……え、王様の弟? それって元王子って事でリオン達も直接の王族の子供って事? と言うか私が予想してたのと凄く、全然違う……。
「ごめんね、でも悪い人じゃないのよ? ルイーゼの為になると本気で考えたのね。だけど――アーサー、この子はクレメンティアの子で預かっているだけなんだから勝手に養子にして母親から子を奪うのは駄目。そんな事は私が絶対許さない。もし逆の立場なら私はあなたを叩きのめしてやろうと考えて現実に実行するわよ?」
叔母様に笑顔でそう言われて叔父様は明らかに動揺し始める。だけど結局、ため息をついて両手を挙げた。
「……分かったよ、ディア。だけどルイーゼを守る為に一番良い方法だと思ったんだよ。これはアベルとも相談したんだ。ルイーゼの予知は正確過ぎる。この前それを目の当たりにして確信した。果たして予知した未来を変えられるのか……そう考えるとどうしてもね」
「……そう。兄さんもその方が良いと考えたのね……」
それで叔母様も真剣な顔で考え込む。そして叔父様は私を見て申し訳なさそうに話し掛けて来た。
「……ルイーゼ。君の予知は今までに聞いた事がない位正確過ぎる。これは神託より遥かに精度が高い。予知や予言を口にした者は多いけれどルイーゼ程具体的に名前まで言えた者はいない。恐ろしい事にその全てを完全に言い当てている。これは誰にも知られてはいけない。知られればきっとルイーゼは各国からも狙われる事になる」
「え……それってこの前の遊びも関係しているの?」
「まさか脆弱な少女の君が剣の修行をしている男児三人を相手に全て避け切ると思っていなかった。あれを見て私は確信したんだ。マリールイーゼ、君は恐らく現存するアレクトーの中で最も英雄に近い。もし君が男児なら国を挙げて取り込む道を選ぶ――かつてアレクトーを取り込んだ様にね?」
流石に私も鼻白んでいた。だけど叔父様は正直に全部を話してくれている。だって私が男の子だったら、とか取り込む条件まで言ってくれたんだもの。それに本気で私を取り込む気ならこんな事は話してくれない筈だ。
そう言う意味では叔母様と同じで叔父様も私の身を本心から案じてくれている。それにさっき叔父様自身が口にした「予知を超えられるかどうか」は私にとって重要な事だ。まあ悪役令嬢マリールイーゼの顛末はあくまで知識であって魔法じゃないんだけど。
これがもし無関係なら養子になった方が一番確実だし安全だと考えたのかも知れない。だけど私にはもう無理だ。
だって……家を出る直前まで私をずっと抱いていてくれたお母様の温かさが忘れられない。例え生き延びる為でもあの温かさだけは絶対に捨てられない。その為に死にたくないんだと気付けたのにそれを捨ててしまったらきっと私は残りの人生を死んだ様に生きる事になる。
私は結局、何も答えられなかった。叔父様の気持ちも嬉しいし理屈も分かる。だけど目的と手段を勘違いして生き延びてもきっと悲惨な結末にしかならない。もし私が日本で死んだのだとしたらここで死ぬ事も怖くはないと思う。どんなに苦しくて痛いとしても避ける為に一番やりたくない事を選んでしまったら悔いしか残らない。
私は大好きな皆と一緒に過ごす為に生きる。大好きな人達を捨ててまで生きたいと思わない。マリールイーゼとして生まれた理由は分からないけれど絶対に記憶通りの運命から逃げてやる。概要しか知らない記憶でどこまで出来るか分からないけど全力で抗ってやる。