129 惨劇のお茶会
「――ちょっと待って? え、もしかして皆、私の事を天然ちゃんだと思ってるって事? え、お姉ちゃん、具体的にどう言う処が天然ちゃんだっていうの?」
「ええと……これって言っちゃって良いのかしら?」
「むしろ言って!」
お茶会はある意味、騒然とした空気に包まれつつあった。騒然っていうより失笑? なんか皆、凄く生暖かい目で笑ってる気がする。
そして問い詰めた結果、アンジェリン姫は仕方なさそうに答えた。
「ええと……マリーってリオン君の事、恋愛対象として見てないっていつも口癖みたいにいうじゃない?」
「え……リオン? そりゃまあ、恋愛とかまだ良く分かんないし」
「……でもその割に行動が全部、恋人っぽいのよねえ……」
「……えっ?」
「ほら、私と勝負した時があったでしょう? あの時のマリーは本当にリオン君は自分の物で絶対お姉ちゃんにあげない、みたいな気迫が伝わってきたわ? それで『ああ、マリーはリオン君の事が本当に好きなのね』って思ってたんだけど、終わってみたら恋愛とか興味ありませんって反応だったし。照れ隠しかと思ったらそうでもないみたいだったのよね。叔母様にも言うのを止められてたんだけどね?」
「……うっ……お、お母様が?」
それで私は次にルーシーの顔を見て尋ねる。
「え、じゃあルーシーは⁉︎ 私が天然ちゃんって根拠は⁉︎」
「……えー、私ぃー? んー、そうだなー……」
「は、はっきり言って!」
「えっとねー……例えばマリーって自分がお姫様抱っこされる事をどう思う?」
「え……い、いきなり何? そんなの想像も出来ないんだけど!」
「……だよねー。だけどマリー、リオン君にお姫様抱っこ、かなりされてるんだよねー。でも自覚がない訳でしょ?」
「……え゛」
「いやーほらー。姫様と勝負になって、マリーは勝ったけどすぐ倒れちゃったじゃない? あの後マリーをお姫様抱っこしてリオン君が救護室まで運んだんだよね。マリーが倒れる時って大抵リオン君がお姫様抱っこして運んでるからもう見慣れたよね、セシリア?」
そこで今度はセシリアを無言で見つめる。セシリアは凄く困った顔で慌てて声をあげた。
「ちょ、私に振らないでよ、ルーシー!」
「え、でもセシリアも一緒に良く見てたじゃん?」
「そ、そうだけど……まあでも、マリーって恋愛が分からないって言う割に、そう言う事って凄く多い……かな?」
「……あ、あう……」
「あ、そう言えばヒューゴが言って来たんだよね。『リオンみたいに横抱きに抱き上げられたいか』って。それで『うん』って答えたら、ヒューゴは『分かった』って。私もお姫様抱っこされるのかなあ」
……ダメな奴だこれ! そう言われてみるとお兄様の事件があった時にリオンにお姫様抱っこされてた気がする。でもあの時は私も失声症になる位酷い状態で朦朧としてたし! と言うか私が天然ちゃんな根拠って全部リオン絡みなの⁉︎ ちょっと自信無くなってきた。
それで次に救いを求める様に私はエマさん達を見た。だけど三人は気まずそうな顔に変わる。そしてしばらくして言い訳をするみたいに口を開いた。
「――る、ルイちゃん、大丈夫よ! ルイちゃんはちゃんと可愛いから! だから全然問題ないわ! むしろ喜ぶべきよ!」
そしてエマさんに続いてカーラさんとソレイユさんも声を上げる。
「そ、そうですわ! ルイーゼ様、女の子はそう言うのを可愛いと言うのですわ! ですから自信を持ってくださいまし!」
「ですわよね! 女の子はちょっと無自覚くらいの方が殿方は愛らしいと感じると言いますし! 何も恥じる事なんてありませんわ!」
ふぉ、フォローになってねえ! と言うか、私、ちょっと、もう、なんか、自分が、実は、天然なんじゃ、ないかって、気がしてきた。
それで視線を彷徨わせていると不意に声が耳に届く。
「……んー、ルイちゃんは可愛いなー。なんだか一生懸命可愛いって見られたい妹を見てるみたいですっごく和むわあ……」
その声の出処に視線を向ける。そこではマリエルが楽しそうにお茶を飲みながらクラリスと一緒にお菓子を食べている。そしてそんな時私はクラリスと目が合ってしまった。
「……ルイーゼお姉ちゃん。お姉ちゃんは自分がどう言う風に見られていると思っていたのですか?」
そう言われて私は思わず考えてしまった。
私は天然じゃなくてお母様や叔母様みたいに知的で冷静な女の子のつもりだ。だって普段から色々考えて困難に立ち向かおうとしている訳だし、尊敬するお母様や叔母様みたいに振る舞う様に意識してる。
だけどそう考えてしまった処で後悔する。クラリスは魔眼持ちだからこうやって考えた事を全部知られてしまう。案の定、慌ててクラリスを見ると彼女の顔にはニンマリと厭らしい笑みが浮かんでいる。
「……お姉ちゃん。いわゆる知的で冷静な女の人って言うのは恋愛でもちゃんと空気が読める人の事を言うのです。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、私から言わせればヘタレの天然さんなのですよ?」
あ、ダメ……もう精神的に保たない。案外自分がなりたい物にはなれない物なのかも知れない。と言うか私、悪役令嬢なのに天然ちゃんって思われてるとかどう言う事なの? 顔から首筋に掛けて物凄く熱を感じる。なんだか凄く熱い。それで私は思わず口走っていた。
「――じゃ、じゃあルーシーは自分の事、どうだと思ってるのよ⁉︎」
「えー、私ぃ? そりゃあ私はセクシーな大人の女の子でしょー?」
「え……小さい頃から私、ずっと見てきたけどルーシーはどっちかと言うと童顔で一見小さい女の子なのに胸が大きくなった感じ?」
「セシリア酷い! ずっとそんな風に思ってたの⁉︎」
「え、いやあ……ほら、ルーシーって幼いのに胸が大きくなっちゃったからね。バスティアンも凄く意識してるんじゃないかなあ?」
「そんな事言って! そう言うセシリアも純情乙女じゃん! なんか普段は武闘派っぽい事言ってる癖に、恋愛の詩を書いてるの私、知ってるんだからね!」
「な、な、なんて事を言うのよ、ルーシーぃぃぃッ⁉︎」
何と言うかもう色々ダメだ。セシリアもルーシーもヒートアップしていて変な暴露大会みたいになり始める。もう収集が付かない。
だけどそんな中でアンジェリン姫がパンと手を打ち合わせる。それで私達が黙るとお姉ちゃんはにっこり笑顔で言った。
「――まあ、本音で語り合える友人と言うのは大事よね。だけど自分がどうありたいとか目指すのは自由だけど、結局殿方に可愛いと思われてお付き合い出来た女が勝者なのよ。マリー、ルーシー、セシリアはもう婚約してる訳で、それすらまだの私達を前にそう言う事を言うのってどうなのかしら? 三人共、何か言う事は?」
「……あ、はい、お姉ちゃん、ごめんなさい……」
「……調子乗ってました、すいません……」
「……そうですね、はい……」
「なりたい自分を目指すのなら何も言わずに目指しなさい。その途中でこう思われたいと言ってる時点でダメだって気付きましょうね?」
やっぱりお姉ちゃんは強い。何せお姉ちゃんは実際にこうなりたいと目指してこうなった訳だから。現実に成果を出した人だもの。
結局、お茶会は一時地獄みたいな空気に包まれたものの、アンジェリン姫のお陰で温和な気配を取り戻した。だけど私は忘れてない。最初に私を天然ちゃんって言ったのはお姉ちゃんだと言う事を。