126 悪役令嬢は助けない
結局マティス・シュバリエとセシル・シュバリエは私の知っている攻略対象の今の姿だと確定した。だけど彼――彼らの運命がこうなってしまった事に今は余り悩んでいない。これも全部クラリスが教えてくれたお陰だ。そもそも客観的に見れば私自身が死ぬ運命だって元々酷い状況だし、結局私が悩む意味なんて無かったのかも知れない。
そして何よりも驚いたのが二人は年下に見える位童顔なのに実は私より一つ年上でリオンと同い歳だった事だ。どうも父親が騎士団長に就任した時期が関係しているらしい。普通の騎士だとアカデメイアに入学する為の支度金の準備が難しいのも大きかったみたい。
ただ……マティスは普通の女の子なのに対してセシルは女顔の上に控えめな性格で、権威抜きにしてもお近付きになりたい令嬢がかなり大勢いる。彼が一人でいるとすぐに令嬢達が集まってきて声を掛けてくるそうで、生簀に餌を放り込んだみたいになるそうだ。その所為でマティスも弟を守る為に離れる事が出来ない。
だけどとうとう全員が出揃った。五人の内バスティアンとヒューゴはルーシーとセシリアがくっついたから私やマリエルに関わる事自体もうないと思う。
残りの三人――四人かな? その中でシルヴァンは事情を知っているし彼は恋愛事に疎いみたいだから大丈夫なんじゃないかな。
レイモンドの場合は家の確執の方が問題だしマリエルに興味はあるみたいだけど今は特に自分から近寄ろうとはしていないみたいだ。
最後のマティスとセシルも恋愛以前の状態だ。何よりもマティスは女子がセシルに近付く事を警戒している。当のセシルも人見知りで誰かを特に意識してる様には見えないしマティスにべったりだ。
要するに全員が全員、今は恋愛処じゃない。それにマリエル自身も恋愛を避けている気がする。それにマリエルにはクラリスの魔眼も効果がないのが厄介だ。彼女は私と親しくしているけれど何処か一線を引いてる気がする。実際に彼女は自分の事を殆ど話してくれない。
「――今より皆と親しくなる方法って何かないのかな?」
丁度ルーシーが部屋に遊びに来ていた時に私は相談した。ルーシーはバスティアンと婚約してからも時々私に会いに来てくれる。来ても殆どバスティアンの話ばかりだけどそれ以外の話もする。どうも私が少し突っ込んだ事情について話した事で彼女も私の事を本当に心配してくれているみたいだ。それで彼女は笑いながら答える。
「そんなの女の子にしか出来ない方法があるじゃん?」
「え? 女の子にしか出来ない方法?」
「前にもしたでしょ? お茶会すれば良いのよ」
「……あー。そう言われてみればその手があったっけ……」
そう言えばあれからお茶会なんて全然してない。私もルーシーの監督生になったりセシリアとルーシーの二人が婚約する事になって交友関係の女子が集まる状況が生まれ難くなったし。それに正規生になって攻略対象が全員揃ってそれを調べる事ばかりしてた気がする。
「……だけどマリーの命に関わるのって恋愛だけなの?」
「え? んー、多分そうだと思うんだけど……」
そんな時、不意にルーシーに尋ねられて私は首を傾げた。基本的に乙女ゲームで主人公の恋愛の敵役として悪役令嬢が登場する。だから当然私の命に関わる出来事はどれも恋愛が原因の筈だ。だけどルーシーは不思議そうに顎に指を当てる。
「でもさ? 今までの事を思い返すと、マリーが悲惨な目に遭った時って恋愛以外も多くない?」
「……え?」
「ほら、喋れなくなった時もあれ、マリーのお兄さんが原因だったんでしょ? そりゃあ正規生の先輩達はお兄さんに憧れてたのかも知れないけどさ。でもそれってマリー自身の恋愛とは関係ないじゃん?」
そう言われて私は目を見開いた。そうだ、そう言われてみれば私の恋愛事情に関係なく私は陥れられた。それに準生徒の頃はマリエルもまだいなかったし恋愛自体を避けていたのにあんな状態になった。
「……私、思うんだけどさ。マリーが危険になるのって実は恋愛とか全然関係なくない? マリーは死ぬ原因になるから恋愛を避けてるって言ってたけど、だったらそんな事自体起きないと思うんだよね?」
「……本当だわ。そう言われると確かに、関係ないかも……」
そこで私は自分が死なない事ばかり注視していて疑問に思っていなかった事に愕然とした。ルーシーが言う通り、もし本当に恋愛感情がなければ死なないのなら準生徒の時に起きた事の説明が付かない。
と言う事は、私が死ぬ可能性は実は全然消えてない。むしろ気付いていないだけでまだまだ起きる可能性がある。リオンと婚約した時点で本当ならもう他の誰とも恋愛になんてならない筈だ。だって婚約は準結婚みたいな扱いで周囲の恋愛感情にもブレーキを掛けるから。
それで私は自分の胸に手を当てて見下ろした。今の身体付きは多分ゲームでマリールイーゼが命を落とす頃と似たビジュアルだ。婚約でもう誰も私を恋愛対象に見ない筈なのに成長しない。単に私の発育が悪いだけだと言われればそれまでだけど私より一つ年下のルーシーはしっかり成長している。根拠としては全然弱過ぎるけど死ぬ可能性と関係しているとしたらこの状態が続いている事も無視出来ない。
こうなると私は蘇った記憶にただ振り回されていた事になる。乙女ゲームの常識や悪役令嬢が死に至る経緯と言う固定概念に囚われ過ぎて冷静に考えられていなかった。確かに恋愛での確執や感情で敵視される事はあるだろうけど実際に敵対されたのは正規生からばかりで理由も恋愛からは程遠い。
だとすれば今までしてきた事に意味がない。流石に衝撃が大き過ぎて私はテーブルに項垂れてしまう。そんな私を見てルーシーは真面目な顔になって話し掛けてきた。
「まあ……私から見てる限り恋愛と言うよりマリーは人間関係で事件に巻き込まれてる気はするよ? 元々マリーってこの国で一つしかない公爵家の子だもん。マリーとお兄さん以外いないから物凄く目立つんだよ。セシリアと私も最初、それが珍しかったんだよね」
「え、最初って……初めて教室で説明を聞いた時?」
「うん。シルヴァンや王女殿下も珍しかったんだけど公爵家って英雄の一族でしょ? 王家よりも下手に関わると危ないんじゃないかって言う子もいたんだよ。だって軍隊相手に一人で勝っちゃう訳だし」
そう、だったんだ……アレクトーは英雄公爵家って言われてるけど普通の人から見れば明らかな異物だ。いわば超人みたいな物で常識が通用しない。正規生に嫌われたのは私が目障りだった事もあるだろうけど異物を排除しようと言う意思が働いた所為なのかも知れない。
それに私は英雄一族とは言っても体力的には一般人にも劣る貧弱な女の子だ。お兄様みたいな男性なら強い事は尊ばれるけど強い女の子は煙たがられる。だって女の世界の強さは戦う強さとは違うから。
「……私、そう言う事にも全然気付けてなかったのね……」
「まあ仕方ないよ。皆、面と向かって『英雄一族だから怖い』だなんて言えないし。それにマリーと知り合った人は皆、マリーが優しい子だって知ってるもん。実際エマさんだってマリーに助けられたし私もマリーがいなかったらどうなってたか分からないよ。多分マリーがいてくれなかったら私、自殺してたかも知れないし……」
「……え……」
「恥ずかしいけどそれくらい思い詰めてたんだってば。マリーは何もしないんじゃなくてちゃんと助けてくれる英雄の令嬢だもん。だからちゃんと大事にしようとする人はいるよ。私だってそうだもん」
そう言われて不覚にも私は泣きそうになった。今まで頑張ってきた事が無駄だったと思っていたのに、ちゃんと無駄になってなかったって言って貰えたみたいだ。それに本来の私は英雄一族として誰かを助けたりしなかったから嫌われたのかも知れない。力がある癖に、権力がある癖に何もしなければ疎まれても仕方がない。そんなの別に英雄じゃなくても嫌われて当然だ。何もしない貴族は嫌われる物だから。悪役令嬢は誰も助けないから嫌われる。
「……本当に、ありがとうね……ルーシー……」
私がそう言うとルーシーは嬉しそうに笑う。
「んじゃあお茶会は私が開くよ。やってみたいと思ってたしマリーの知り合った人を教えてね。招待状を出さなきゃいけないから」
それでルーシーと私は早速、招待状の送り先について話し始めた。