124 衝撃の展開
私達はあれから五人目の特定に成功していた。マティス・シュバリエ――騎士団長に就任したシュバリエ家の子供だ。騎士の子供らしく剣術を専攻しているらしい。私の記憶でも確か騎士になる道を目指していたから間違いないだろう。五人の中では唯一黒髪の男の子でストイックな性格って設定だった様な気がする。
私とリオン、クラリス、それとシルヴァンの四人で早速会ってみようとなって私達はマティスが授業を受けている教室に辿り着いたんだけど……実際に会ったのは、黒髪の女の子……だった。
「――あの……私に何か用ですか?」
「……えっ? ええと……?」
その女の子に逆に問い詰められる形になってシルヴァンは戸惑った顔に変わる。男の子だと思っていたら女の子だった訳だから当惑して当然だ。私だって余りにも余り過ぎて言葉が出て来ない。
基本的にアカデメイアは決まった教室がない。全部移動教室みたいな物だから特定の場所に行けば会える訳じゃない。だからリオンとシルヴァンが調べてくれたんだけど、この教室で授業を受けているのが騎士団長の子、マティスだと突き止めてくれた。なのにそのマティスが女の子だなんて予想の斜め上過ぎる。
「……マティス・シュバリエって名指しで呼んでおいて、何なんですか、貴方は?」
「え、あの……君がマティス、なのかい? お父上が騎士団長を務めている?」
「そうですよ。それが何だって言うんですか?」
「それはつまり……君はマティス・シュバリエって事で間違いないって事で良いのかな?」
シルヴァンは動揺しまくっていて同じ様な質問を繰り返している。流石にそれには彼女も相当怒り心頭な様子だ。
「……貴方、バカなんですか?」
「……え、いや、その……バカじゃないと信じたい……」
シルヴァンは今にも泣きそうな顔でリオンを振り返る。それで放って置けなかったのかリオンはこめかみを指で押さえて彼女に尋ねた。
「……ごめん。ええと……マティスさんで良いかな?」
「え……はい、構いませんけど?」
「失礼かも知れないけど、君には男兄弟っているのかな?」
「……何ですか、いきなり」
「僕らはシュバリエ騎士団長の息子さんに用事があって来たんだけど君が女の子でかなり驚いてる。そう聞いていたからね。君が騎士団長の娘さんならご子息もいらっしゃるのかなと思ったんだけど……」
だけどそんな時、教室から少しおどおどした声が聞こえてきた。
「……マティ、どうしたの? 用事、まだ……?」
「あ、セシル……何でもないよ?」
教室の中から現れたのは同じく黒髪の少年だ。だけど二人共とても似た顔つきでどちらも女の子に見える。服装と髪の長さが違うだけでパッと見ても見分けがつかない。それで私はやっと気がついた。
……この子達、きっと双子だ。だけど私の記憶と違う。マティスは男の子だった筈だ。イラストだって見た事がある。沈着冷静な美少年でもっと堅実な感じだった。今、目の前の二人は女の子の方は快活な印象で男の子の方は逆に凄く大人しそうだ。確かに足して二で割ればそれっぽくなりそうだし見た目もかなり可愛らしいとは思う。だけどそこでシルヴァンが要らない一言を呟いた。
「……え……マティスって男の名前だし、セシルって女の子の名前じゃないか……君ら、名前を取り替えてるんじゃないのか……?」
その瞬間、マティス嬢の柳眉が逆立つ。シルヴァンの一言は明らかに彼女を激怒させた。
「……何ですか貴方、もしかしてバカにしてるんですか?」
「え……あ、いや、そう言う訳じゃ……」
「人の名前をバカにするとか、まず自分の品性がおかしい事を疑った方が良いんじゃないですか? 本当に人をバカにしてる!」
それでリオンも額を押さえて渋い顔になっている。シルヴァンって悪い人じゃないけど要らない事をぼそっと言う癖がある。そう言う処は最初に会った時から変わらない。これはもう収集が付かないしダメかも知れない――そう思い始めていると私の後に隠れていたクラリスが袖を引っ張ってきて私は視線を向けた。
「……ん? どしたの、クラリス?」
「……お姉ちゃんはあの人とお話したいんですか?」
「え、うん……そうね。事情は聞いておきたいかな?」
「……分かりました。じゃあ、私と話を合わせてくださいね?」
そう言うとそれまで私の影に隠れていたクラリスが一歩前に出ると激昂する少女マティスに向かって穏やかに声を掛けた。
「あの、男女の名前を入れ替えるのって魔法的な魔除けですよね?」
「本当にもう――えっ?」
「確か双子は魔法的に二人分、攻撃される事があるからわざと異性の名前をつけて守るって聞いた事があります。王族とかの古い家系では今も受け継がれてるって、お爺ちゃんが言ってました」
クラリスがそう言った途端マティスの視線が向かう。驚いた様子でクラリスを見ると怒っていたのが嘘みたいに穏やかに変わる。
「……お嬢ちゃん、詳しいね? だけどアカデメイアって貴方みたいに小さい子はいない筈なんじゃ?」
「あ、ええと私、クラリスって言います。今はルイーゼお姉ちゃんと一緒のお部屋で暮らしてます。私は特別待遇生徒で特待生なんです」
「え? 特待生? そう言う制度とかあるの?」
「はい。私の家はちょっと普通と違うので、アカデメイアで実験的に試験を受けたのです。お爺ちゃんはお医者さんなのですよ?」
「あ、そうなんだ? そう言われてみるとお医者様ならそう言う名前の知識もありそうね。だけど知ってる人って初めて会ったわ?」
「ええとそれでですね。そのお話を聞けたら良いなってお姉ちゃんとお話してたのです。伝統的な物ですし余りお話を伺える機会がありませんから、もしよければお話を聞かせて頂けませんか?」
そう言って小首を傾げるクラリス。それを見ていたマティスの弟、セシルも遠慮がちに姉の袖を指でつまんで声を掛ける。
「……ねえ、マティ。こんな小さい女の子が聞きたいって言うんだしお話位は良いんじゃないかな……?」
「……セシル……」
「それに……僕も怒ってるマティを見たくないよ……」
それでマティスは考え込んでしまう。そこでクラリスが私の袖を引っ張る。私が見るとクラリスは何か言いたそうに見上げている。
「――あのね、マティスさんとセシルさん。よかったらお名前の意味とか私達に教えてくださらない? 私もこの子のお爺様と知り合いでお話を聞いた事があるの。ダメかしら?」
「……え、でも……」
「どうせだしお茶とお菓子を食べながらね。丁度良いし美味しいお茶とお勧めのお菓子も教えられるわよ? ここの食堂って王宮で料理を出す人の関係者が調理してるから凄くお勧め出来るんだけど……」
そう言うと双子は顔を見合わせる。まあ女の子なら美味しいお茶やお菓子って言われれば興味もある筈だしね。案の定二人は私を見ると頷いた。
「……分かったわ。ええと……」
「あ、私はマリールイーゼ。皆はマリーとかルイーゼって呼ぶわ?」
「そう、それじゃあ……マリーさん。そう言うお話なら構わないわ」
「良かった。それじゃあ早速行きましょうか?」
「あ、教練本とか荷物を取って来るから少しだけ待っててね」
そう言うとマティスとセシルの二人は教室の中に消えた。待っているとリオンが苦笑する。
「……クラリスのお陰で助かったよ。シルヴァンが下手な事を言い出した時は本当にもう、どうしようかと思った……」
「だけどクラリス、名前の魔除けなんて良く知ってたわね?」
私がそう尋ねるとクラリスは首を竦めて嬉しそうに笑う。
「あ、それは殿下が名前の話題を出してくれたからです。そのお陰であのお姉さんが名前の事を考えたんですよ。それで理由とか分かって言ってみました。特待生とか興味を持ってくれそうだったのでそれも言ってみただけなのです。凄いでしょう、えっへん!」
まさか魔眼を使ってそんな事が出来るなんて。と言うか明らかにクラリスの魔眼の使い方が以前より小慣れて来てる。魔法の授業って私は受けた事がないけど魔眼の使い方とか習ってるのかな。それに英雄の魔法より応用が効きそうだし。何て言うか、将来が末恐ろしい。
「――でもシルヴァン。君はもう少し世渡りをしっかり勉強した方が良いね。それと思った事を直接口にし過ぎだよ」
「……うう、すまない……そんなつもりじゃなかったんだよ……」
「取り敢えずマティス嬢にちゃんと謝った方が良いな。今のままだと印象が最悪過ぎてまともな話にすらならないだろうから」
「……本当にごめん……ちゃんと謝罪するよ……」
そうして双子がやってきて、私達は食堂に足を運ぶ事になった。