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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
123/321

123 最後の一人

「――ヒューゴは本当に凄いな。どんなに負けても諦めずに立ち向かってくる。ああ言う奴がきっと、本当に強くなれるんだろうな……」


 あれから部屋に戻って夕食を摂っているとリオンが不意にそんな事を呟いた。それで私とクラリスは手を止めるけど戦いの事なんて分からないから何も言えない。エドガーから教えてくれた話を出す訳にもいかないし特に感想を口にする事も出来なかった。


 確かにヒューゴは凄いと思う。以前、彼から直接聞いた話だとリオンを特別にしない為に勝たなきゃいけないと考えてる処もストイックだと思う。きっとこの話はセシリアにもしてるんだろうなあ。


 そんな事を考えながらパンをちびちびと齧っているとリオンは私を見て真面目な顔になった。


「……ねえ、リゼ。リゼが言っていた五人だけどさ」

「え……うん。シルヴァン達の事?」


「うん。何となく思ったんだけど、その五人って恋愛絡みで対立する事になる運命だったんだよね?」

「そうなる未来だった、って言う方が正しいのかなあ?」


「でも僕にはそうは思えないんだよ。シルヴァンも良い奴だしヒューゴやバスティアンだって普通に良い奴らだ。レイモンドも侯爵家には悪い印象があったけど本人は悪い奴じゃない。あと一人も実際は良い奴なんじゃないかな、って……そんな気がしてるんだ」


「あー、まあ……皆、最初から良い人だと思うよ?」

「え……そうなの?」


 私が正直に応えるとリオンは少し驚いた顔に変わる。だって考えても見てよ。乙女ゲームの攻略対象は恋愛の対象な訳で、原則良い人しかいない訳です。結果として悪役令嬢の私には塩対応する様になるしマリエルと対立すれば皆マリエルの味方をするから私には風当たりが厳しくなるだけで基本的に善人だ。多分私が死ぬ事になるのも彼らが直接手を下すケースは少ない。それこそ私がマリエルを殺そうと考えれば本来の流れなら全員が私に殺意をぶつける可能性はあるけど。


 だけど元々は恋愛で女の子から好かれる対象だ。だから絶対に悪人はいないしむしろ人に好かれる人しかいない。あのレイモンドだって好きになる女の子は結構いると思う。基本的に全員が善人だから私を手に掛けるとしても余程の理由がなければしないだろう。


「……多分、問題はさ。そこから派生する影響なんだと思うよ」

「……派生する影響……?」


「うん。皆が直接殺さないとしても、周囲がそうは思ってなくて手を出して来る人がいるかも知れないって事。実際に色々あったけど私に悪意を向ける正規生の人もいたでしょ? そう言う人達の中には皆に忖度した結果私を嫌いになった人もいたかも知れない。例えばシルヴァンやアンジェリンお姉ちゃん――王家の敵になるって考えて前もって私を排除しようとした人もいないとは言えないでしょ?」


 そう――そしてお兄様も。何故お兄様の元に私に対する誓願や苦情が沢山届いたのか、きっとお兄様に対する恋慕もあった筈だ。お兄様の妹としてふさわしくないからお兄様が私を嫌う様にもっていこうと考えた人もいたかも知れない。


 こうして考えると恋愛って本当に怖い。だって私の数ある未来の中で自殺もかなり多い筈だから。私自身が誰かに恋焦がれた結果自殺を選んでしまう展開も結構あった筈だ。頭がおかしくなったり自暴自棄になったりして自害してしまう。それを知っているから私は恋愛には徹底的に近寄らない様にしてるし、今の処はそれが原因で身を滅ぼす事にはなっていない。


 恋愛が原因で死ぬ、と言うとまるでタチの悪い冗談に聞こえるかも知れないけど、だけど行動の動機として物凄く真っ直ぐだ。人が人を殺そうとするには損得勘定が必ずある。手に掛けた方が良いと思えば人は簡単に殺す選択をする。中でも思い込みや思い詰める恋愛は簡単に人を狂わせる。ルーシーだってバスティアンのベッドに裸で潜り込んだりしたし恋愛はブレーキが利かなくなる事が多い気がする。


「……そうか。皆は直接の原因じゃなくて、間接的にリゼを危険に追い込んでしまう可能性があるって事か。確かにレオボルト兄さんの件を考えると充分あり得る話だね。そんな事まで考えてなかったよ」


 リオンは少し気落ちした様な、だけどホッとした様子だ。きっと皆を手に掛ける必要はないって思ったんだろうな。あんなに皆と仲良くなってるし、そうしないで済めばリオンにとっても救いになる。


「まあ、だけど……五人の内、二人がああなったしね」

「ん? ああなった?」


「ほら、セシリアはヒューゴとくっついたしルーシーはバスティアンとくっついたでしょ? なら二人は私やマリエルに変に絡む事もないって事じゃない。特にマリエルと絡むと怖かったんだけど今はマリエルも私と仲良くしてるし、他の皆だって変になってないからね」


「あー……確かにセシリアもルーシーもあれから色々凄い事になってるみたいだね。男女別の授業になるとヒューゴもバスティアンも彼女の話ばかりしてる。ヒューゴはまだマシだけどバスティアンはかなり本気で入れ込んでる感じがするね」


「そうなんだ? まあセシリアとルーシーも似た感じかな。独占欲が一気に爆発したみたい。子供は何人欲しいとか二人で話してて私にも振ってくるんだよね。そんなの言われても私、分かんないって」


 だけど私がそう言ってため息を吐くとリオンはこめかみを指で押さえた。心なしか頬も少し赤くなっている様な気がする。


「……あのね。リゼ、多分だけど」

「ん? 何?」


「きっと、婚約したら普通は皆そうなんだと思うよ?」

「え、そうなの?」


「普通はさ、婚約って結婚を前提にした恋人だもの。周囲だって当然そういう風に見るし、だから婚約したら声を掛けたりしないんだよ」

「え、そういう風って?」


 だけどそこでリオンは言葉に詰まる。全然分からなくて首を傾げていると、それまで黙っていたクラリスが口を開いた。


「……リオンお兄ちゃん。多分ルイーゼお姉ちゃんはそう言う言い方だと分からないままだと思います」

「……え」


「要するにですね。婚約すると周囲はその女の子を新婚のお嫁さんと同じ扱いで見るって事なのです。流石に婚約の間は婚前交渉をする事はありませんけど、結婚すればそういうのも関係ないですからね」


 そんな言葉がクラリスから出てきて私は鼻白んだ。というよりギョッとしたと言うべきかも知れない。だってクラリスはまだ十一歳なのに婚前交渉なんて単語が出て来るとは思ってなかったからだ。


「え……あの、クラリス……?」

「はい、何ですか、お姉ちゃん?」


「その……婚前交渉って、意味、分かってる?」

「何を言ってるんですか。貴族なら子供でも知ってる事ですよ?」


「え……そ、そうなの?」

「当然です。だって貴族が結婚すれば真っ先に子供を作る事が重要になりますからね。うちは女系貴族ですからそうでもないですけど普通の貴族なら後継者に男の子を産む事が求められます。まあお兄ちゃんもお姉ちゃんも英雄の公爵家ですから関係ないかもですけどね?」


 うん、知ってた――と言うか考えない様にしてた。いやだってまだ恋愛自体全然意識出来ないのに子供を産む事を考えられる筈が無いじゃない? というか私、リオンとそういう事するの? いやまあ私もリオンの事は嫌いじゃないけどちょっとまだ想像出来ない。


 クラリスの言葉にリオンは頬を赤くして顔を背けている。私も気不味くて俯いてしまう。すると自分の身体が視線に入る。いやこれ、まだまだ子供って感じだし子供を産むなんて無理なんじゃ? そう言う行為がって意味じゃなくて子供を産める状態だとはとても思えない。


 ダメだこれ。とりあえず話題を変えないと。空気が気不味過ぎてどうにもならない。えーと、話題話題……。


「……まあ、取り敢えず……残りの一人、だよね?」

「……え? 残りの一人?」


 苦し紛れに私が口にした言葉にリオンが顔を上げて不思議そうに首を傾げる。それで私は思い出したかの様に続けた。


「うん、ほら……レイモンドで四人目でしょ? あと一人、騎士団長の子供のマティスが入学してる筈でしょ? どんな人なのかまだ全然分かってないし。一応調べておかないとダメかなって思って」

「ああ……そう言えばまだはっきりしてないんだよ」


「……え? リオン、調べてたの?」

「そりゃあね。でもマティスっていう名前も珍しい名前じゃないからはっきり分からないんだよ。一応新規生の中にマティスって五人位はいるからさ」


「……そうなんだ……」

「それに騎士団長って事は爵位をもってない可能性が高い。だから余り自分の家の名前を出したがらないんだよ。騎士は継承出来ないから父親が男爵以上じゃないと成長すれば貴族じゃなくなるからさ」


 そう言われて私は失念していた事を思い出していた。


 この世界の騎士は爵位ではなく称号だ。だから家として継承される事がない一代のみの物でしかない。末端貴族の男爵ですら泡沫貴族と呼ばれているし。マティスの父親は騎士団長まで登り詰めた訳だからこの先男爵位を叙爵するかも知れないけど現時点ではまだ父親が貴族なだけで子供は親の庇護下にいる間しか貴族扱いされない。


 アカデメイアのお陰で卒業するまでは貴族としていられるけど卒業すれば貴族ではいられない。本人が王国から騎士に叙任されなければ平民と同じ扱いにされてしまう。ここに剣技場があるのも在校中に騎士に叙任される為に修行する男子がいるからだ。女子の場合は兄や弟が騎士なら一応貴族として扱われるけど男子はそうはいかない。


「……そっか。マティスもレイモンドみたいに事情があるかもね」

「そうだね。それもきっと五人の中で一番過酷だと思う」


 私のため息混じりの言葉にリオンは小さく呟いた。


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