122 エドガーの忠告
あれから私はリオンと一緒に剣技場に来ていた。以前お兄様との件があってから随分久しぶりだ。今日はヒューゴとセシリアも一緒に来ていて今は舞台の上でリオンとヒューゴが勝負をしている。セシリアはクラリスと一緒に応援している最中だ。そんな中、私は剣技教官として働いているエドガーにレイモンドの件について報告をしていた。
「――そうか。ありがとうね、リールー」
「それは良いんだけど……もしレイモンド君が放校になったら過酷な戦場に送られるってリオンが言ってたんだけど、本当なの?」
私がそう尋ねるとエドガーは苦笑して舞台で勝負をしている二人に視線を向ける。今日はレイモンドは来ていない。マリエルも同じで新規生はレクリエーションの真っ最中だ。
「……彼とトロメナスの戦場で知り合ったってリオンにバレちゃったんだね。あいつ、その割に怒ってなかったなあ……」
「……そこって大変な戦場だったの?」
「そりゃあね。英雄一族が派兵で赴くのは過酷な戦場だけだよ」
「……そっか。考えてみたらそうだよね……」
「ただ、トロメナスは本当に酷かった。アベル伯父さんを陽動で誘き寄せる為の戦場だったからね。平民の兵士だらけでかなりの数がいたんだけど軍部は軽視してこっち側の騎士は少なかった。僕とネイサンがいたから何とかなったけど。ネイサンは僕よりもかなり戦闘向けな英雄魔法で持久力が兎に角半端ないんだよ」
「……そうなんだ……」
「話を戻すけど、恐らく放校になんてなれば侯爵はレイモンドを更に厄介者扱いするだろうね。リオンが言う通り、死ぬ前提の戦場に優先的に送り込もうとするだろう」
「……何だか色々酷い話ね……」
「貴族ってそう言う人もいるんだよ。特に悪い評判が出れば命を落としてくれた方がマシだって考える貴族も多い。レイモンドの兄二人は結構優秀だから、その分彼も小さい頃から比較されたんだろうね」
具体的に使える英雄魔法について聞いた事はなかったけどどうやらジョナサンの魔法は持久力、継戦能力に関する物みたいだ。だけど練習や修行を少しだけ見た事があるけど普通に汗を掻いたりはしていたからお兄様と同じでスイッチを入れるトグル式の能力だと思う。
それに今なら何故お父様達がイースラフトのアレクトー家を本家として扱っているのか分かる気がする。実際に戦場に立つ事が多いから敬意を込めているんだろう。いざとなればきっとお父様やお兄様も戦場に足を運ぶ事になる。だけどふと思い出して私は尋ねた。
「……そう言えば、これもリオンが言ってたんだけど……」
「うん? リオンが何を言ってたんだい?」
「リオンは戦場に出された事がない、って。出して貰えない事が劣等感に繋がってるみたいな事を言ってたよ?」
だけど私がそう言うとエドガーは真剣な顔で首を垂れた。いつものエドお兄ちゃんなら笑って応える処なのに空気が重い。それで黙っているとエドガーは真面目な顔で私を見た。
「……まあ、黙っていてもルイーゼは答えに辿り着いてしまうだろうからこの際前もって言っておくけど。これはリオンにも、他の誰にも言っちゃいけないよ? 少し洒落にならない話だから」
「……え……う、うん……」
「……リオンが戦場に出ると殺し過ぎるから出さない。アベル伯父さんは以前、ネイサンと僕が尋ねた時にそう言ってた」
「え……殺し過ぎる?」
「リオンの強さははっきり言って異常だ。十二歳の時点で伯父さんと互角に戦える位の強さだったと思う。まあ伯父さんはリオンと勝負をしようとしなかったから推測だけどね?」
「…………」
「戦場ってさ、独特の空気と緊張感があるんだよ。例えどんなに強くても空気に飲まれるなんて日常茶飯事だ。アベル伯父さんだって相当力を抑えてるのにまだ若いリオンに同じ事が出来る筈がない。人間は死ねば終わりだ。でもそんな相手が必死に襲って来る。それを目の前にして力を抑えるだなんてリオンにはまだ無理だろうからね」
ああ……そうか。リオンは私を守る為なら相手を殺す。多分そんな覚悟をもう済ませている。あれってきっとリオンが言う劣等感の一つなんだと思う。きっと普通の人を相手に何人も戦場で殺してしまうとリオンの精神が保たない。だってリオンは穏やかで優しいから。
それに私はリオンの力が『経験喰らい』と呼ばれている事を知っている。私が知っているだなんてきっとエドガーだけじゃなくてアベル伯父様も気付いていないだろうし知らない筈だ。
英雄の魔法――ヒロイック・スペルははっきり言って異常過ぎる力だと思う。そんな物が使えてしまうと人間性にだって大きな影響が現れて当然だ。勿論それはリオンに限らず私にも言える。だって未来視なんて力は嫌でも人生に影響する。お兄様だって特別な存在である事で苦悩しただろうから。もしかしたら、だからこそ魔王と呼ばれた初代アレクトーは魔王だったのかも知れない。
「……分かったよ。エドお兄ちゃん、誰にも言わないよ」
「うん。まあリールーの性格なら黙っていても嗅ぎつけて勝手に知っちゃうだろうしね。それならこうして前もって話して釘を刺しておいた方が安全だろうから」
「……なんか私ってそんなに信用されてないの?」
「何言ってるの。リールーがアカデメイアに入ってからどれだけ問題を引き起こしたか、自覚してないとは言わせないよ?」
「……う……」
「僕は直接見てないけど、アンジェリン姫と勝負した時も英雄魔法を使って倒れたんだろ? そりゃあそんな事をしてれば結果の良し悪しに関わらず要注意人物に見られて当然だよ。英雄魔法なんてそんなに気軽に使って良い物じゃない。あれは人間を人間でなくしてしまう危険な力なんだから。リールーもリオンもそう言う部分で物凄く似てて皆はそれを心配してるんだよ。もっとちゃんと自覚しなさい」
「……は、はい……」
物凄く、藪蛇だった。まあでも今の処、私もリオンもまだ誰も死なせたりしてない。それが救いだと思う。何より誰かを助けられるのなら考えるより先に使ってしまうだろうし、兎に角まずは自分自身が死なずに済むのが最優先だ。
だけど……『人間を人間でなくしてしまう力』と言うエドガーの言葉はずっと私の頭の中から離れなかった。