118 ともだち
部屋で私とクラリス、セシリアとルーシー、マリエルの五人でお茶をしていると突然廊下を走る音が聞こえてくる。そのまま音は部屋の前で止まると勢いよく扉が開かれた。
立っていたのはバスティアンだ。いつになく緊張感を漂わせながらテーブルに座る私達の中にルーシーの姿を見つけて近付いて来る。
「――ルーシー、婚約しましょう!」
「……へ? え、誰と……?」
「僕に決まってるでしょう!」
「え……でも、どうして?」
「君を他の奴にやる位なら僕の物にしたいからですよ!」
「えっと……はい?」
だけどルーシーは突然の婚約申し込みに喜ぶ処か事情が理解出来ない様子で戸惑っている。当然ルーシーだけじゃなくてその場に居合わせたセシリアとマリエルも目が点だ。私とクラリスはリオンがバスティアンを呼びに行った事を知っているから驚いてないけど、それでも急過ぎる展開に頭が上手くついてこない。
その場にいる全員が黙り込む中、少し遅れてリオンとシルヴァン、ヒューゴの三人が追い付いて来た。だけどシルヴァンは肩で息をしているのにリオンとヒューゴは全く息切れしていない。そしてリオンが一歩前に出るとバスティアンに向かって声を掛けた。
「……バスティアン、ちょっと落ち着きなよ?」
「これが落ち着いていられる物ですか!」
「でもいきなり突撃して女の子全員、ドン引きしてるだろ?」
「――えっ?」
「バスティアンがルーシーの事を好きなのはよくわかったからさ」
「……あ、あああああっ! す、すいません! ルイーゼさんの、女性の部屋にノックもせず飛び込むだなんて、なんて失礼な事を!」
何と言うかバスティアンがここまで慌てふためいているのはかなり珍しい気がする。バスティアンはいわゆるインテリ気質でどんな時も一人だけ冷静でいる事が多い。まあ、ヒューゴも動じないって意味では同じなんだけど色々計算した上で冷静なのがバスティアンだ。
と言うか……何をどう聞いたらここまでバスティアンが慌てる事になったのかが分からない。それで私がクラリスと一緒にキッチンの扉前辺りまでいくとリオンが近付いて来て隣に立った。そこでこそこそと声を潜めて尋ねる。
「……リオン、バスティアンに何て言ったのよ?」
「……ん? 別に……リゼが言った事をそのままだけど?」
「そうじゃなくて……実際にどう言う言い方をしたの?」
「ええと――バスティアン、君が余りにも不甲斐なくてルーシーは君を好きでいる事に疲れたらしい。君への思いを全部忘れて将来は別の男と結婚する事を考え始めているらしいよ――って」
「……うっわ……リオン、煽り倒しててエッグい……」
「まあ、これくらい言わないと分からない物だよ。基本的に男は職務第一で恋愛は二の次だから」
「……そんな物なの?」
「そんな物だよ。特に貴族はね。だから親子位歳の差があっても結婚するし自分に選択権があると思ってる。女の子と違って男は行き遅れなんて言われない。だから恋愛も時間の余裕があると思ってるのさ」
うーん……だけどなるほどねえ。確かに女と男だと恋愛に対しての姿勢が凄く違うと思う。私も恋愛はよく分かって無いけど、そんな私から見ても男子の恋愛観は違う感じがする。極端な事を言えばここでは女は恋愛がないと生きていけない。男性と結ばれなければ人生自体が成り立たない。特に貴族女性はそれが顕著だ。だけどここでは男性は結婚しなくても働けるから生活自体が成立するし生きていける。
「……なんか、そう考えるとちょっと釈然としない……」
私がそうぼやいているとリオンはバスティアンとルーシーを眺めて笑う。少し嬉しそうと言うか、いつもより穏やかな目だ。
「だけど……リゼが初めて相談して、頼ってくれて嬉しかったよ」
「……え? 相談してるしいつも頼ってたでしょ?」
「……リゼはいつも勝手に決めて何でも自分でしようとする。それで何もかも一人で背負おうとして後で後悔するんだ」
「…………」
「もしリゼが本気で生き延びたいのならもっと僕を頼ってよ。運命に抗うにはきっとリゼ一人じゃ足りない。皆もきっとそう思ってる」
……これは今までにも何度も出た話だ。だけどそう言われるたびに毎回考えてしまう。私には返せる物がない――助けて欲しいと思ってもそのお礼が出来ない。その代償に私は何を差し出せば良いの?
勿論私も今は死ぬ前提で考えてない。だけど誰かに助けられないと生きていけない自分でもいたくない。誰かに手を差し伸べられてその手を取って頼り続けるなんて出来ない。だってそうじゃないと私は毎回助けられるだけのヒロインになってしまう。そうじゃなくて私は皆と対等の自分で、本当の意味で友達としてあり続けたいからだ。
「……リゼ、自分が頼ってるだけだと思ってるだろ?」
「……え?」
不意にそう言われて一瞬ドキッとする。思わず顔を上げて隣のリオンを見つめると彼はルーシーの正面でかしずくバスティアンを眺めて穏やかに笑った。
「リゼはもう皆を助けてるんだよ。今回はルーシーとバスティアン、それにセシリアを助けようとしてた。その為にどうすれば良いか分からなくなって僕に助けを求めた――そうだろ?」
「…………」
「貸し借りとかじゃなくて、そうやってお互いに助けたいと思うから友達なんじゃないかな。勿論僕はリゼの婚約者だから幾ら頼ってくれても良い。その為に僕はリゼと婚約したんだよ?」
それで私もルーシーに向かって顔を真っ赤にしながら手を差し出すバスティアンを見つめる。同じ様に頬を染めてその手を取るルーシーも嬉しそうだ。そしてそんな二人を見てシルヴァンの声が聞こえる。
「――バスティアン・シェーファーとルーシー・キュイスの婚約の見届け人としてこの僕、シルヴァン・アレックス・オー・グランリーフェンが承認する――とは言っても大人がいないから仮婚約だし、後日ちゃんと大人を交えて宣誓し直しなんだけどね?」
「シルヴァンってそう言う余計な事を言うのがダメダメだよね」
「うっ……ルーシーは相変わらず厳しいな……」
「それと、セシリアもちゃんとヒューゴの婚約を受けるんでしょ?」
「え、私? え、いいのかなあ……」
「うむ、俺もか? セシリアが正式に受けてくれると言うのなら俺は別に構わないぞ?」
「……ヒューゴ、是非お願いします。僕だけこんな風に扱われるのはとても厳しいです。一緒に生贄になりましょう」
「じゃあ決まりだね!」
そんな風に騒がしく話す皆の声が聞こえる。それはとても楽しそうで幸せな光景だ。自然と私は隣のリオンの袖を掴んでしまう。そんな私とリオンを見て、隣でクラリスが嬉しそうに笑っていた。