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11 ダンスのレッスン

 あれから随分時が流れて私は八歳になった。アリストクラッツへ入学するまで残り四年しかない。だけど五歳まで生きられないと言う予告は見事に覆す事が出来た。


 最近では随分体力も増えて軽く走る位なら平気だ。だけど相変わらず私は普通の子と比べて身長も低いし痩せているらしい。例の薬湯は今も飲み続けているけれど飲む量は減っている。今では一日一回飲む程度だ。


 それに三兄弟とも随分仲良くなった。長男のジョナサンは無愛想だけど真面目で何かと気を使ってくれる。無愛想なのはそう見えるだけで兄弟の中で一番叔父様に似ている。六歳も年上だから本当に末の妹を可愛がってくれる感じで何処となくレオボルトお兄様を思い出す。


 次男のエドガーは軽いけど配慮が出来る人だ。問題なのは少しだけ女誑しっぽい感じが強くなった処だけど私に対しては本当に妹を気遣う様に接してくれる。実は一番私に甘いのがエドガーだったりする。叔母様に叱られそうになった時にエドガーがそれを庇ってくれたり。少し過保護気味な処もあるけれど良いお兄ちゃんの一人だ。


 一番歳の近いリオンはいつも一緒にいる相談相手で自分の方がお兄さんだと主張する事が少し増えた。年齢が近い所為か喧嘩になりそうになる事も多いけどエドガーが毎回仲裁に入ってくれる。だけど基本的に私達は仲良しだ。


 そして叔父様と叔母様は最初から変わらず優しい。本当の両親みたいに接してくれるし叱ってもくれる。それに私が今後どうすべきか話す事も多い。そして八歳の誕生日を過ぎてしばらく経った頃、叔母様が切り出してきた。


「――ルイーゼもそろそろダンスの練習を始めないとね」

「えっ、ダンス?」


「そうよ。だってルイーゼは十二歳になったらアカデメイアに入学するんだから。大分体力も付いたしそろそろ始めておかないと入学してから後で大変な目に遭うわよ?」


 そう言われて思い出した。私は公爵家出身だから普通の貴族と違って十二歳で入学する。社交界デビューも入学も普通は十五歳からで学校ではダンスの授業もある。当然そうなると私は他の人より三年早くタイムテーブルが進む事になるからそろそろ始めないと不味い事になってしまう。


 だけどいざダンスを、と言われても凄く不安だ。確か社交界のダンスはコルセットを着ける必要がある。細い腰は女性の義務みたいになっていて人によってはそれが原因で体調を崩し易くなるらしい。そんな物を着けてダンスと言う運動をする自信が私には全く無い。


「……それってコルセットとか着けるんでしょう?」

「コルセット? ああ、キュイアコールね。まあ好きな女は余りいないと思うし着けるのにルイーゼはまだ早いけど試しに私の使ってたのを着けてみる?」


 叔母様にそう言われて私は少し悩んだ。この世界でコルセットの事をキュイアコールなんて言うとは知らなかったけれど純粋に興味はある。苦しければすぐに外して貰えば良いし、取り敢えず物は試しだ。


「……それじゃあちょっとだけ……」

「分かったわ。それじゃあ私の部屋に行きましょうか」


 それで私は叔母様の後をついて行った。叔母様の部屋は私の部屋のすぐ隣できっと私に何かあった時の為だ。今までに入った事がなくて少しドキドキしながら付いていくと案外すっきりした飾り気の無い部屋だった。女の人の部屋だと分かる程度に多少装飾はあるけどお母様と同じで案外素朴だ。綺麗だけど清潔感の方が強い。


 そうして私が部屋を見ていると叔母様はクローゼットの中から何やら取り出した。中程がくびれているけどとても硬そうには見えない。紐が取り付けられていて私が想像していた感じとはかなり違う。


「これは革製だからそんなに苦しくないわよ? それに私が昔使っていた物だからルイーゼ位の歳でも普通に使える筈だわ。それじゃあ着けてあげるから服を脱いでね」


 そう言われて私は服を脱いで下着姿になる。下着と言ってもスリップみたいな物で肌触りの良い薄い布で仕立てられた物だ。叔母様にその上から付けられて紐を引っ張られるものの少し腰の辺りが窮屈なだけで全然苦しさが無い。


「……あら? と言うか……これ……」

「え……何ですか、叔母様?」


「……ルイーゼ、あなた……これ、コールを着ける必要もないかも知れないわね。まあこの上からドレスを着るからシルエットを整えるのに着ける必要はあるんだけど……」


 それは……私が痩せ過ぎてるからか! まあ確かにまだ八歳だし腰のくびれなんて無いけど、それでも見下ろすと少しだけ腰回りがキュッと絞れてる気はする。それに胸元のすぐ下に沿って綺麗にくり抜かれているのはある程度胸を持ち上げる為かも知れない。だけど残念ながら八歳って日本で言うと小学三年生位で胸なんて当然まだ無い。


「……うん。まあ……これなら無くて良いかもね?」

「……えー……何だか思ってたのと違う……」


「まあまあ。これはルイーゼにあげるわ。きっと十二歳位になれば胸も大きくなるでしょうし。クレメンティアも胸は大きかったからルイーゼもきっと大人っぽくなれるわ」

「……叔母様、何故口を押さえて顔を背けているの?」


 叔母様はどう見ても笑いを堪えている。それに磨かれた姿見で自分を見ても背伸びをしている女の子にしか見えない。それはそれで何というか泣けてくる感じだ。


 だけど確かに言われてみるとお母様も叔母様も胸は結構大きい方だと思う。二人共スタイルも良いし私も同じ血筋な訳だから大人になれば似た感じになれると信じたい。


 そう思った処で私も思わず笑ってしまっていた。今まで私は自分が大人になれる事も考えていなかった。悪役令嬢マリールイーゼは大人になる前に死んでしまうからそんな事を考える余裕も無かった。その事を思うと胸が締め付けられて苦しい。私は思わず俯いてしまう。


「……え、ルイーゼ、泣いてるの? 大丈夫、まだあなたは子供なんだもの。大人になればきっと胸だって大きくなるし素敵な女の子になれるわ。だから心配しないで?」


 きっと叔母様は私が女の子らしい身体じゃない事で傷付いて泣いてしまったと思ったんだろう。少し慌てた様子で懸命に慰めてくれる。だけど涙は止まってはくれない。


 そんな私を叔母様は膝をついて抱き寄せてくれる。落ち着かせる様に背中を何度も撫でながら。私はここに来て本当に良かった。だってこんなによくして貰ったんだから。


「……叔母様、ありがとう……私、皆に会えて本当に良かった……皆大好き……だって私、凄く幸せだから……」


 叔母様の背中を抱き返しながら私は叔母様の耳元で小さく呟く。すると叔母様は少しだけ身体を離すと今もまだ涙の止まらない私の顔を見て微笑んだ。


「私達もあなたの事が大好きよ、ルイーゼ。だけどまさか胸が小さい事で泣き出すだなんてね。ルイーゼもやっぱり女の子なのね。大丈夫よ、心配しなくても大きくなるわ」

「――ち、違うもん!」


 そう言われて私は思わず声を上げてしまう。何と言うかもう色々と台無しだ。別に私は胸が小さい事で思い悩んでいた訳じゃない。だけど頬を赤くしながら声をあげてしまった所為でもう何を言った処で説得力が無い。


「――んー、これからはヤギの乳を使った食べ物とか飲み物も準備した方が良いのかしら? だけどルイーゼはお腹が弱いし体調を崩しちゃうかも知れないのよねぇ……」

「だーかーら! 叔母様、そう言うのとは違うから!」


「大丈夫、誰にも言わないから安心して。私はルイーゼの味方だから。だけどそうよねぇ……やっぱり女の子はそう言う事をどうしても気にしちゃうのよねぇ」

「ちーがーうー!」


 結局、私は女らしい身体付きじゃない事で泣く位悩んでいる女の子と言う事にされてしまった。自業自得だけど。


 だけどそれでも私は幸せだ。こうしてバカみたいな事で騒げるのもまだ生きているからだ。五歳の壁を越えられたみたいにこの先も私は生き延びて見せる。それでもっと幸せになってこれからも楽しく皆と一緒に生きるんだ。


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