109 主人公の力
今やマリエルはアカデメイアの名物生徒だ。そんな有名人が友人だと言う私も巻き込まれて目立ってしまっている。元々英雄一族の人間で目立つのに一層注目されている。特に正規生の三、四年生は私が入学してすぐにアンジェリン姫との勝負を観ているから目から紫の炎が出ていた事も覚えられている。
更にマリエルもついに私の部屋を知って頻繁に訪れる。教導寮は生徒が近寄らないから完全に避難所状態だ。それもある所為かテレーズ先生もマリエルに関する事は私に尋ねてくる様になった。
そんなマリエル達、新規生が入学して早一月。だけど校内の盛り上がりは全く収まる様子がない。特に元準生徒組の中で私とリオン以外の全員が南西部言葉の講習に参加している事もあって生徒達も進んで習う。当然その主役であるマリエルと友人になりたい生徒も多いし私に近付こうとする人も増えた。
だけど教導寮は先生達の寮でもあるから自室にいればほぼ人はやって来ない。考えてみれば以前エマさんをお茶に招待した時に緊張していたのはそれも関係していたのかも知れない。そんな訳で授業以外では私とクラリスは自室で過ごす様になっているしマリエルも頻繁にやってくる。今日もやってきて一緒にお茶を飲んでいる時に私はちょっと疲れた感じで尋ねた。
「……マリエル。私の部屋に来るのは構わないんだけど……」
「えっ? ルイーゼちゃん、もしかして迷惑だった⁉︎」
「そうじゃなくて……どうして扉から来ないの?」
「えー……だってこの建物、入る時に入り口でサインしなきゃダメでしょ? そんなのしてたら他の人が付いてきちゃうから」
マリエルがやってくる事自体は別に構わないんだけど何故か彼女は毎回窓からやってくる。そして私は物凄く気になっている事があった。と言うのも……私の部屋、三階なんだよね。なのにどうやってマリエルは窓から入って来てるんだろう? それも制服のスカート姿のままだし。それに建物の近くに樹が植えられてはいるけど当然防犯の関係ですぐ傍じゃない。これはどの寮も同じで窓から室内を覗く事が出来ない様になっている。
「……マリエルってどうやってここの窓まで登ってくるの?」
「ん? それはほら、ぴょーん、って」
「……ぴょーん?」
「うん、ぴょーんって感じで」
……いや分かんないって。ぴょーんって擬音? と言う事はジャンプしてって事? いやいや、そんなの普通無理でしょ。そんなの男子にだって出来ないと思うんだけど。そんな時、リオンがお菓子を持って来てくれる。早速彼はマリエルと話し始めた。
「――お待たせ。お菓子持ってきたよ。だけどマリエルはいつもリゼの処に来てるね。学校の皆に追い回されて大変そうだ」
「うん、そうなんだよね。大体去年、ちゃんと言葉が話せなくて入学出来なかったのに今回はこれだもん。ルイーゼちゃんとバスティアン君に色々教えて貰って頑張って勉強したのに」
そしてそのやり取りに興味を持ったのかクラリスが尋ねる。
「去年って……そう言えばマリエルさんも私と同じで特待生の試験を受けてたんですよね。面接がダメだったんですか?」
「うん、そうだよー。筆記試験は合格だったんだけど面接で緊張し過ぎてお里言葉が出ちゃったの。それで落ちて落ち込んでる時にクラリスちゃんのお姉ちゃんと出会って色々教えて貰ったのよ」
「あー……あの面接って言葉遣いを確認する為の試験だったみたいですからね。普通の入学とは基準が別だったみたいなのですよ」
「え、そうなんだ? そう言えば今回の入学の時は面接って無かったなあ……あの時入学出来てたらルイーゼちゃんやクラリスちゃんともっと早く一緒にいられたのに、勿体ない事しちゃったなあ」
クラリスとマリエルが仲良く話している。最初は少し怖がっていたクラリスも今は魔眼が通用しない事を特に気にしてない。それで私はリオンに手招きをした。
「……何、リゼ?」
「……リオンってさ。地面からここの窓まで登ってこれる?」
「ん? そりゃまあ、出来なくはないけど……」
「え、マジで?」
「うん、マジで。やって見せようか?」
「え、でも……危なくない?」
「大丈夫だよ。英雄家の修行って城壁を超える練習をしたりするしこれくらいの普通の建物なら全然難しくないよ」
そう言ってリオンは窓際に行くと足を掛けて外へ飛び出す。慌てて下を見ると地面の上に綺麗に着地しているのが見えた。
「……うわ、すご……いけちゃうんだ……」
思わず声が出てしまう。それに気付いたマリエルが私の方を見て首を傾げている。
「え……リオン君、飛び降りれるの? 凄い、私と同じ事が出来る人って男の子でもいなかったのに。競争してみよ!」
そう言うとマリエルまで窓から飛び出す。だけどすぐ下にいたリオンが慌てた声を上げる。
「――うわ、ちょ⁉︎」
「――えー、何、リオン君?」
「――君は……自分がスカートって事を考えなさい!」
「――えっ……あっ! リオン君のえっち!」
「――勝手に降りてきたのは君だろ! もう……リゼ、危ないからちょっと窓から離れててね」
そう言うとリオンは助走もせずに壁を駆け上がってくる。とん、とんと言う軽い音が聞こえたのはどうやら建物の壁を蹴った音らしい。それで普通に窓から入ってくると、その後に続いて今度はマリエルが上がってきた。だけど今度はたん、たん、たたん、と聞こえてくる音が少し多い。それで窓から室内に入るとマリエルはリオンを驚いた顔で見つめる。
「……リオン君って何者? 私より登るのが早いんだけど……」
「まあ、僕は昔から修行してるからね。と言うか君みたいな女の子が同じ事が出来るって方が相当驚異だよ」
「と言うか……リオン君、私が降りる時、上見てたでしょ? 私のスカートの中、見てたよね? えっち!」
「な⁉︎ 見てる訳ないだろ⁉︎ 君が見えてすぐに顔を背けたし!」
なんか……物凄く普通に会話してるけど、私はもうこの時点で二人の会話には全く付いていけなかった。そんな私の隣ではクラリスが無言で青い顔をしている。どうやら危ないとか声を上げる暇もないまま二人が飛び降りるのを見た所為で言葉が出て来ないらしい。
だけどリオンはまだ分かる。昔から修行で地面を蹴って凄い速さでジョナサンやエドガーに近付くのを何度も見た事があった。リオン達は英雄としての修行をしていたし当然普通の男子には絶対不可能だ。
英雄一族の人間は超人的な身体能力がある。お父様やお兄様も私を抱いたまま普通に走れたりしてたし、叔母様も私を軽々と抱えたままスキップ出来たりする。勿論お母様には絶対無理だしアーサー伯父様にも真似出来ない芸当だろう。
だけどマリエルはそれと同じ事が出来る。英雄一族のアレクトーじゃないのに凄い身体能力を持っている。以前も水路の石壁から飛び降りるのを見た事があったけどそれ処じゃない。明らかに常人離れしている。し過ぎている。どう見ても普通の人間じゃない。
「――リゼ。マリエルはやっぱり普通とは違うね」
「……リオンも……そう、思う?」
リオンが私の隣に来ると小さな声で耳打ちしてくる。それに頷くと私はなんとか答えた。リオンは真面目な顔に変わる。
「修行していれば不可能じゃないよ。だけど女の子の筋肉で同じ事が出来るって言うのは驚異的だ。マリエルはそれ程身体を鍛えてる様には見えないし体重も軽い方だと思う。だから戦闘出来る程の力は無いだろうけど……これも例の主人公っていうのが関係してるのかもね」
それで私も黙ってマリエルを見つめた。彼女はクラリスに抱きついて何やら話をしている。それだけなら普通の女の子にしか見えない。
実は彼女の身内能力には理由があって、それは更に私達を驚かせる事になるんだけど、その事を知るのはもっと後になってからだった。