108 マリエル・フェイバー
あの廊下での事件以降、物凄い勢いで事態は進んでいた。
先ず、アカデメイアでは生徒達の強い要望から大陸南西部で使われる方言の授業が通常授業に追加される事になった。支持したのは大半が男子生徒だったらしい。特にあの時マリエルが口にした方言は希少性が高い事もあって保全する必要があると判断された。
次に南西部近隣からやってきている生徒達が自分達の方言を恥ずかしがらなくなった。元々かなりきつい言葉で口にする事も憚られていたみたいだけどアカデメイア内で大流行した。マリエル自身は使いたがらなかったけど多くの生徒が学ぶ事を求めて同郷出身者を中心に講習会が行われている。こちらは女性言葉もある所為か割と女子生徒にも好評らしい。
「――と言うか、なんでこんな事になってるのよ……」
思わず呟きが漏れてしまう。マリエルの人気はあれから凄い勢いで上がり続けている。アカデメイアの生徒達にも完全に認知されている。だけど何より怖いのがそれが『主人公の能力』に依る物じゃない事だ。
普通、乙女ゲームの主人公は交流によってのみ攻略対象達に好意を抱かれる様に見える。だけど貴族社会出身の男性にとって主人公が平民出身である限り結婚を目的とした恋愛にならない。何故なら貴族社会はそれほど甘くは無いからだ。家のしきたりや伝統が平民を受け入れない。だから恋愛出来る時点で特殊能力と言える。
だけどマリエルは違う。人気が出る理由が具体的ではっきりし過ぎている。ふわっとした理由じゃなくて何故注目を浴びて男性陣が集まるのかが明確だ。それ処か同じ女性までもが彼女を中心に集まっている。影響力が大き過ぎてとても普通には見えない。
自室で私が顔をしかめているとリオンが口を開く。
「……まあ、思ったより凄かったね。シルヴァンも事情を知った上でマリエルの処に通い詰めてる。勿論バスティアンとヒューゴも一緒にね? 流石は主人公と言って良いのかも知れないな」
「……にしても、何で三人共そうなってるのよ……」
「シルヴァン曰く、あの南西訛りの特定のリズムで普段使わない意味のある言葉ってのが刺さったらしい。同じく格好良いと感じた奴も多いみたいだよ? 特にあの時、バスティアンの言った『威圧言語』って名称に心惹かれてるらしいね」
……なんだそれ。それって厨二病全開って事? まあこの世界は実際に騎士もいるし格好良いのは確かだけど、それで言えばリオンや私のアレクトーなんて英雄一族でその最たる物だ。男子が英雄に憧れるのは当たり前――でもそれが方言って言うのが分からない。
「……ねえクラリス。クラリスはそれが格好良いって分かる?」
「いえ、全然分かんないです」
「だよねー。私も全然理解出来ないよ」
「一番怖いのが地方の方言が格好良いって感じる部分ですね」
そう言って苦笑する私とクラリスにリオンが肩を竦める。
「まあ女の子には分かり難いだろうね。要するに戦場での前口上が格好良いって話だよ。ああ言うのは今の言葉じゃなくて古典的な言い方だからさ。戯曲や舞台で使われる決め台詞も古い言い回しが多いし真似する人が多いだろ? それと同じなんだよ」
それを聞いてクラリスが胸の前で手をぽんと合わせた。
「……ああ! そう言う事ですか! 確かに演劇の舞台なんかでも古い言い方が多いですしね! 恋愛物とかでもそう言うのって物凄く多いですし告白の時に引用するって聞いた事があります!」
「……え。そうなの……?」
「ルイーゼお姉ちゃんは知りませんか? 結構有名なのが戦争に行く騎士様に向かって『貴方のお守りになって一緒に行きたい。そうすればずっと一緒にいて貴方を守れるから』とか言うんですよ」
「……ごめん。私、舞台って観た事ないから……」
「そう言う舞台のやり取りを相手の殿方と一緒に真似るのって結構好きな女の人も多いですよ? 昔、お父さんに連れていって貰った時も近くの席でそう言うやり取りをしてる人達がいましたから」
なるほどなー。確かにそう言うシーンと同じやり取りをして悦に入るって気持ちは理解出来なくはない。だけど私はそう言う借り物の言葉よりも本人の言葉で言って貰う方が嬉しい気がする。だって借り物よりオリジナルの方が絶対嬉しいと思うし。それで私はリオンをじっと見つめるとぼそっと尋ねた。
「……リオンもそう言うの、格好良いと思ったりするの?」
「……あのさ、リゼ。僕らはその『真似される側』なんだって事をちゃんと分かってる? もし人前で劇的でロマンチックなやり取りをすれば語り継がれて同じセリフを真似される側だよ?」
「うえっ……本当に?」
「決まってるだろ? 実際に舞踏会なんかでも新しいファッションが登場するのって大抵上流貴族からだし。リゼも公爵家の姫君だし目立つ事をすれば普通どんどん真似されるんだよ」
「……えー……なんかやだなー、それ……」
「何言ってるんだよ。実際にリゼの母さん――叔母さんに叔父さんが舞踏会で求婚した時も相当流行ったらしいよ? 確かうちの母さんがそう言ってた。興味なかったから詳しく聞いてないけど」
ま、マジかー……でもお母様は元王女だしなあ。注目度で言えば国内最高の筈だし。そう言うのもあるのかも知れない。
だけど今は何よりマリエルだ。本人は逃げ回っているらしいけど私を探しているらしい。そう言えば私の寮って教導寮だって知ってる人は案外少ないらしいから聞いても分からないかもだし。
それにシルヴァン達三人がマリエルにメロメロになってるのもかなり気になる。今はまだ好奇心かも知れないけどいつか恋愛に発展するかも知れない。それに確か、セシリアとルーシーの二人も三人に付いて行ってる筈だ。
「……そう言えばセシリアとルーシーも南西部の言葉に興味があるのかな? なんかシルヴァン達と一緒に行ってるみたいだけど?」
だけど私がそう言うとリオンとクラリスは首を横に振った。
「……いや、あの二人はそう言う感じじゃないらしい。一緒に行ってもあんまり講習とかに身を入れてないらしいよ?」
「……お姉ちゃん。ルーシーお姉ちゃんは格好良いから興味があるんじゃなくて、単に見張っていたいだけですよ?」
「え? ルーシーは一体何を見張ってるの?」
「それは……プライベートな話だから言えません」
だけど私が尋ねてもクラリスは教えてくれない。それで仕方なくそれ以上は聞かず、これからどうするのかを相談する事になった。