101 ……どう言う事?
あれから私はフランク先生の診察を受けた。失声症は心が原因で起こる症状で突然治る事もよくあるらしい。今回の経緯を説明するとお兄様の問題が解消した事が大きいかも知れないと言われた。
そうやって結局私はアカデメイアが始まるまでの間、リオン、クラリスと一緒に実家で過ごす事になった。
お兄様は……あれから結構大変だったらしい。特に自殺を考えていた事がクラリスのお陰で発覚して、お母様が監視するみたいに毎晩抱いて一緒に寝ていたそうだ。お兄様は二十五歳。なのに母親が離れてくれず別の意味で精神的に追い詰められたらしい。もう二度とバカな事は考えないと約束してやっと解放されたそうだ。
叔母様と一緒にイースラフトに戻ってアベル伯父様の元で再び修行を続ける事になって、私はお兄様を見送った。だけど以前みたいに話せなくなる事も無かったし倒れる事も無かった。ただ、微妙な緊張とギクシャクした感じだけは拭えなかったけど。フランク先生が言った通りお兄様の事が話せなくなった一番の理由だったのかも知れない。
そして冬季休暇が終わって春。私は部屋を訪れたセシリアとルーシーの二人から問い詰められていた。
「――マリー、何か言う事、あるよね?」
「……えっ? ええと……特にないけど……?」
答えるとルーシーがジト目で詰め寄ってくる。
「はあ? そんな訳ないでしょ! ねえセシリア、さっきリオン君と会った時、明らかにマリーの態度おかしかったよね!」
「……うん、まあ……リオン君が来た途端、マリーがあからさまに視線外して俯いてたね。何かあったんだろうとは思ったけど……」
ルーシーに尋ねられてセシリアも苦笑して頷く。それで私も必死に言い訳を考えていた。
あの時、リオンに抱きしめられてから私は彼と目を合わせられなくなってしまった。勿論反射的にそうしてしまうだけで少しすれば普通に話せるけど顔を合わせた瞬間だけは顔を見られない。さっきもリオンがお菓子を持ってきてくれた時に目を逸らしてしまってからルーシーが物凄く胡散臭そうに私を見ている。
だけどどうしてそんな風になってしまうのか分からない。失声症の時と似た感じで抗えない。もしかしたらそう言う病気もあるのかも知れない。それで悩んでいると隣にいたクラリスが私の裾を摘んで軽く引っ張って耳打ちしてくる。
(――お姉ちゃん、婚約の事は言ってないんじゃないです?)
あ、そっか! そうじゃん、私とリオンの婚約式って冬季休暇中で皆実家に戻っていたし私も報告してない。その事を誰かから聞いて『まだ報告聞いてない』って意味で二人に責められているのかも知れない。
それに……婚約って凄く大人な感じだ。婚約したって言えばもうそれだけでルーシーよりお姉さんっぽい気がする。うんうん、婚約って特別な事だもんね。きっと二人共、私が大人の階段を一足先に登った事に物凄く驚くに違いない。ちょっと優越感あるかも。それで私は一度深呼吸をするとドヤ顔で二人に話した。
「……実は私、リオンと……婚約したの!」
だけどどうもおかしい。二人は一瞬黙ると同時に首を傾げる。そしてセシリアはちょっと遠慮がちに口を開いた。
「……はあ。まあ、それは予想してたけど……」
「えっ? セシリア、何で分かってたの⁉︎」
「いやだって……前からずっと二人、いつも一緒だったし……?」
「一緒だと婚約したって分かる物なの⁉︎ え、一体いつから⁉︎」
「そりゃあ……アカデメイアに来て初日から? だって男子と一緒にいるなんて普通、婚約しててもおかしくないし?」
だけどそれを聞いて今度は私が首を傾げた。だって私がリオンと婚約したのは今回の冬季休暇中だ。なのにアカデメイアに来て初日にって言うのが分からない。あ、もしかして休み明けの初日に一緒にいるのを見たからすぐ分かったって事? でもリオンと一緒なんて以前からずっとそうだしそれで分かる理由が分からない。それで悩んでいると今度はルーシーが口を開いた。
「……あのね……マリーが婚約してた事なんて皆とっくに知ってるのよ。私達準生徒だけじゃなくて正規生の人達だって分かってた事なんだからね?」
「え……え、なんでもうそこまで広まってるの⁉︎」
「そんなのもうずっと前から気付いてるに決まってるじゃん!」
「……え……ずっと、前?」
……なんだろう。微妙に話が噛み合ってない気がする。それで私が言い淀んでいるとルーシーが私を指さした。
「マリー、一つだけ教えといてあげるわ」
「え、何を?」
「女の子はね。他の女の自慢話を聞きたいんじゃなくて、告白を聞きたいのよ!」
「じ、自慢話?」
「そうよ! 女の子は友達の自慢とか惚気話を聞きたいんじゃなくて、友達が他の誰にも言いたくないけど友達だから相談に乗って欲しいって意味の『告白』を求めてるのよ!」
「の、惚気⁉︎ え、告白⁉︎ って何の話⁉︎」
それで私が本気で戸惑った顔になる中、セシリアが呟く。
「……うわ、ルーシー……身も蓋も無い……引くわー……」
「じゃあセシリアは惚気話聞いて嬉しいの⁉︎」
「あーまあそれはちょっと、私も嫌かもだけど……」
「でしょう⁉︎ 女の子は幸せな自慢話とか惚気話を聞きたいんじゃ無くて、野次馬っぽく告白とか本気の相談話を聞きたいの! さあほら、マリー! リオン君と何かあったんでしょ⁉︎ もっとこう、一線を越えちゃった的な! そういう『キャーマリーったらやァーらしいィー!』みたいに盛り上がる話が聞きたいのよ!」
「い、い、一線超えるって何よ⁉︎ 私とリオンで……やらしい事って一体何の事よ! そんなのある訳ないでしょ!」
思わず顔が熱くなる。それで私が怒鳴るとクラリスとセシリアの二人が素の顔になってドン引きしていた。
「……ルーシーお姉ちゃん、下世話過ぎです……」
「……うん、正直ルーシー、欲望に忠実過ぎてなんか怖い……」
「何言ってるのよ! だってあのマリーがリオン君と目があった途端に頬赤く染めて俯いてんのよ⁉︎ そんなの絶対に進展があったに決まってるじゃない! 何、二人共聞きたいって思わないの⁉︎」
それを聞いて、どうやらルーシーは盛大な勘違いをしているって事に私もやっと気がついた。それで私も思わず大声で言い返す。
「だ、だから! 今回、冬季休暇中に、リオンと私が婚約したって言ってるの! 別に、それ以上何かがあった訳じゃないから!」
だけど私が顔を赤くして言うと今度はセシリアまで首を傾げる。
「……え。マリー、ちょっと待って? それって……アカデメイアに入学するより前に婚約してなかったって事……?」
「だからそう言ってるでしょ!」
当然私は全力で否定する。だけどそのやり取りを聞いていたルーシーが今度は本気で驚いた顔に変わった。
「……え、マジで? え、そっちの方がヤバくね? 婚約もしてないのに男子を侍らせてたって事? え、マリーって悪女?」
「ちょ! なんでそれで私が悪女なのよ!」
「……ダメだわ。セシリア、公爵家の令嬢は箱入り娘過ぎて、今まで自分がやってた事がどう言う事か理解してない……」
「……うん、私も驚いた……マリーってそうだったんだ……」
「え、二人ともちょっと待って? 私、全然二人の話が見えないんだけど? ちゃんと説明して欲しいんだけど?」
私がそう言うと様子を見ていたクラリスが苦笑する。
「あの、お姉ちゃん達……今、隣の部屋でお兄ちゃん達が集まってるみたいですよ? なんだかちょっと騒がしいですし」
「……よし、男子達と一緒に擦り合わせしよう! セシリア、それにクラリス! マリーを連れて隣の部屋に行くわよ!」
「分かったわ」
「ええと、はーい」
「え、ちょ! なんで皆、無理矢理連行する感じで引っ張るの⁉︎ ちゃんと自分で歩けるから!」
そして私は両腕を掴まれて、まるで犯罪者みたいな扱いを受けながらリオンの部屋へと連れて行かれたのだった。