01 悪役なんてなりたくない
それは私が四歳になった頃だった。貴族の娘に生まれるとその歳から教育が始まるのが一般的だ。物心が付く頃で勿論内容はとても簡単だ。最初の先生はまだ外から来た人じゃなくて私自身のお母様だった。
「……さあマリールイーゼ。今日は最初だし、この国の事からお勉強しましょうね」
「はい、おかあさま」
「この国、グレートリーフ王国は――」
しかし私はそこでふと疑問に思ってしまった。それで手を上げるとお母様は言葉を止める。
「……どうしたの、マリールイーゼ?」
「おかあさま。どうして英語なの?」
「……えっ? エイゴって……一体何かしら?」
「だってグレートリーフって偉大なでっかい葉っぱって意味の英語でしょう?」
「ええと……そういう話は聞いた事がないけれど……」
お母様は私の言葉にとても戸惑った顔に変わる。でも私は自分の言った言葉で逆に思い出してしまった。
――あれ? 英語って……ここ、地球じゃないじゃん!
そこからはもう芋づる式に記憶が蘇った。私は地球の日本にいた気がする。そして『グレートリーフ』なんて王国名にも聞き覚えだけはあった。それは日本で発売されていた、とある乙女ゲームの舞台の名前だったからだ。
とは言っても私は遊んだ事はない。それなりに有名なゲームで舞台とかキャラの名前とか展開はネットで話題に挙がる事もあったから知っていただけだ。
そして私の名前、マリールイーゼはそのゲームに登場する有名キャラの一人で――いわゆる悪役令嬢だった。
この時点でもう嫌な予感しかしない。
顔が真っ青になった私を見てお母様は初めての授業を中止してすぐに自室のベッドに寝かせた。急遽うちの侍医が呼ばれて今日はそのまま休まされる事になった。そして私は目を閉じて必死に思考を巡らせていた。
マリールイーゼ・アル・オー・アレクトー。それが今の私の名前で、記憶の中では確かゲームに登場する悪役令嬢もそんな感じの名前だった筈だ。
イラストはピンク髪だったけど設定ではストロベリーブロンドで金髪と赤毛の混じった色だ。部屋に誰もいない事を確認して私は自分の髪を掴んで窓から差し込む陽光にかざして見た。
赤っぽい金髪がきらきらと光って見える。実際のストロベリーブロンドは知らないけどこれ、どう見てもあの話題になった悪役令嬢と同じ髪色……だよね?
王国の名前、自分の名前、それに髪の色。この時点で三つも該当してしまっている。更に公爵家の娘と言う部分まで完全一致だ。これはもう私があの悪役令嬢、と言う事でまず確定な気がする。
「……マジやばい。どうしよう……」
私は薄目を開けて天井を眺めながら思わず呟いた。
確かマリールイーゼは可愛い系だけど主人公に対して物凄く敵愾心を抱いている子だ。そして必ず壮絶な死を迎える事になる。確か一番マシなので溺死体。それもイケメンが主人公を選んで裏切られた結果、精神的に参ってしまい散歩中に足を滑らせて水路に落ちて溺れてしまう。
勿論これは「全身に傷一つ無い」という意味でマシなだけで他も酷い。屋敷に火をつけて焼死体で発見されるとか暴漢に襲われて滅多刺しとか、とにかく悲惨な死に様ばかりだ。ネットで有名だったのは水死体で発見される展開でシェイクスピアの「ハムレット」を彷彿とさせる物だったかららしい。
と言うか制作スタッフは、実はマリールイーゼ大好き疑惑なんて物まであった。余りにも文学的な死ばかりで展開によってはホラーじみた物もあったそうだ。なのにその非業の死だけはやけに詳細に描写される。主人公が知らない処で死んで、相手役のイケメンだけ彼女の死を知らされる展開もかなり多い。まあだからこそネットでもよく話題に挙がったんだと思うけど。
兎も角、マリールイーゼな私は主人公と関われば確実に死ぬ。イケメン達と接触するのもヤバい。基本的に生存ルートが無い。ゲーム未プレイでエアプレイヤーな私は回避出来る知識も無い――あ。あかん奴や、これ。
勝ち目の無い勝負は絶対しない。幾ら悪役令嬢が可愛くても死にたくない。ゲーム画面を見てるプレイヤーを感動させる為に殺されるなんて真っ平御免だ。
と言う訳で四歳の私は全力で逃げる事を決意した。